第16話『魔女狩り-Lucy Amelia Ver.-』
遠藤さん達が逮捕されたけれど、俺達は警察に行って事情聴取をしなくてはならなくなった。
10人以上の男性の気を失わせたことについては、魔女と吸血鬼の存在を出してはまずいと思い、俺が昔から柔道と空手をやっていて、恵と樋口先生の運動神経が良かったので何とかなったとごまかした。
全員の事情聴取が終わって、警察署を出ることができたのは午後9時を過ぎてからだった。外はすっかりと暗くなっていて、ちょっと肌寒かった。
これから、樋口先生と金倉さんはどうするんだろうか。まだ、2人の伝えたいことを伝えることができていない。
「……まだ、話は終わっていなかったね。私の家、ここから10分くらい歩いたところにあるから、今から来てくれないかな」
金倉さんがそう言うと、樋口先生はゆっくりと頷いて、
「分かった。みんなもそれでいいかな」
「いいですよ」
ルーシーのことがあるから、俺とエリュは樋口先生の側からは離れられない。恵も一緒に行くと言ったので、5人で金倉さんの家へと歩き始める。
無言のまま数分ほど歩くと、静かな住宅街に入る。午後9時過ぎでも全然人はいなくて、街灯によってぼんやりと光っている道がやけに寂しく思えた。
「……そういえば、さ。椎原君。研究室で魔女とか吸血鬼の話をしていたよね。ルーシーとも言っていたよね。それって、どういうことなの?」
そういえば、ルーシーに協力して欲しいと説得するとき、金倉さんには魔女のことを後で説明するって言ったな。
「信じられない話かもしれませんが、樋口先生の体の中にはルーシー・アメリアという魔女が憑依しているんです」
「じゃあ、早紀ちゃんの中には魔女が住んでいるの?」
「そういう感じですね。魔女は人の負の感情、つまり、悲しかったり、辛かったりする気持ちに入り込むんです」
「その原因って……何なの?」
金倉さんのその問いに俺は答えてしまっていいのだろうか。樋口先生の方をちらっと見ると、先生と目が合って、彼女は小さく頷いた。
「……金倉さん、あなたに関わっているんです」
「えっ……」
その瞬間、金倉さんの歩みがピタッと止まった。目を見開いて、彼女の眼からは涙が幾つもこぼれ落ちる。
「私、早紀ちゃんをずっと苦しめていたの?」
その場で金倉さんは泣き始め、しゃがみ込んでしまう。
「金倉さん、あなたが樋口先生に悪いことをしたわけではありません。あなたを想うがために先生は……」
「椎原君、あとは私に話させて。ここで伝えたい想いを伝えさせて」
樋口先生は俺の肩を軽く叩いて、うん、と一つ頷く。あとはもう本人達で気持ちに決着を付けるべきだな。
俺はエリュと恵が立っているところまで下がり、樋口先生と金倉さんの様子を静かに見守ることにする。
「麻衣。私ね、ずっと麻衣に言いたかったことがあったの。大切なことだから、私の方を見てくれるかな」
優しい口調で樋口先生が金倉さんに語りかけると、金倉さんはゆっくりと顔を上げて先生の方を向く。先生のことをちゃんと見るためなのか、腕で涙を拭う。
「……麻衣。私、ずっと麻衣のことが好きなんだよ」
その言葉はあまりにも素直だった。今まで何で伝えられなかったのだろうかと不思議になるくらいに、優しく穏やかな声に乗せられて。好きだという想いを金倉さんにようやく伝えた。
すると、金倉さんの手が樋口先生の腕に伸び、やがて彼女を抱きしめる。
「私もずっと早紀ちゃんのことが好きだよ。離れたくないよ……」
金倉さんも樋口先生に好きだという想いを伝えた。ただ、金倉さんの方は今までに募った寂しさも言葉にしていた。
「うん、ずっと側にいようね」
樋口先生が金倉さんに抱擁をした瞬間、2人の想いが重なったのだと、恋が実ったのだと俺達にもちゃんと分かった。
「麻衣、目を瞑って」
「えっ――」
樋口先生は金倉さんが目を瞑る前に、そっと口づけをした。
すると、急に光が樋口先生を包み込んでゆく。
「きゃっ、どうしたの?」
金倉さんの声は聞こえるけれど、先生は何も言わない。
そして、光の中から黒いロングヘアの女性が現れる。俺の知らない女性だ。女性の服装はかつて俺達の前に現れた魔女が着ていたものと同じようなものだった。彼女がルーシーなのか?
やがて、光は消えていき、樋口先生の姿が見え始めた。
「……樋口早紀さん」
魔女の服装をした女性が樋口先生に声を掛けると、先生は女性の方に振り向く。
「……ルーシー」
やはり、この女性がルーシーなんだな。
「ありがとう。ルーシーが背中を押してくれたから、麻衣に告白できたんだ」
樋口先生は嬉しそうに話すけど、ルーシーは静かな笑みを浮かべながら首を横に振った。
「……あたしは何もしていません。したことといえば、椎原結弦君に説得されてエリュ・H・メランと一緒にあの男達を倒したことくらいです。麻衣さんに告白できたのは、好きだという想いが強かったからじゃないでしょうか」
「それでも、私はルーシーが側にいてくれたから告白できたって思ってる。だから、本当にありがとう」
樋口先生は涙を流しながら、ルーシーと握手を交わした。そんな先生の姿に心が振わされたのか、ルーシーの方も涙を流している。
「……お礼を言うのはあたしの方です。あなたという人に憑依して、最初は人間界を征服しようと思いましたが、あなたの温かさに触れて、自分は魔女として何をすべきか分からなくなってしまいました」
「でも、ルーシーは私に魔女の正義を話してくれたじゃない」
「……それさえも正しいことなのかどうか分からなくなっていたんです。でも、金倉麻衣さんを思う気持ちや、椎原結弦君や灰塚恵さん達の優しさに触れて、種族は違ってもこんなにも優しい時間が一緒に過ごせるんだと知りました。あなたが金倉さんに告白すると決意してからはずっと応援していました」
思えば、俺への洗脳が失敗してから、ルーシーの意識がほとんど前に出なくなっていた。それは人間界の征服が正しいのか迷い、そして時間が経つにつれて、樋口先生の恋を応援することに決めたからだったんだな。
「吸血界を征服してこそ、魔界の幸福が訪れると教えられてきました。でも、それは違うんだと思います。おそらく、吸血鬼も魔女も、人間も……みんなが幸せでなければ、本当の幸福など永遠に訪れないのだと。それを教えてくれたのは早紀さんですよ」
「ルーシー……」
どうやら、樋口先生は魔女にも大切なことを教えることができたみたいだ。幸せとはどういうことなのかを。
「……もうすぐお別れをしなければなりません。人間界を征服しようと人間界にやってきて、一度は椎原結弦君を洗脳しようとしたのですから。これから、吸血界の方へ連れて行かれるのです」
「……そう、なんだね。いつか、また会える?」
樋口先生の切実な問いに対して、ルーシーは一度、下唇を噛むが……すぐに先生に笑顔を見せる。
「……どうでしょう。でも、会えたときには麻衣さんとの話を聞きたいです」
「……うん、分かった。約束だよ」
樋口先生とルーシーが会話をしている中、エリュが樋口先生の側まで行って、
「一応、処置をしたいので失礼しますね。ちょっとチクッとしますよ」
そう言って、エリュは樋口先生の首筋を噛む。唾液を流し込んで血の浄化を行なっているんだ。そのことで先生は意識がなくなっていく。
「早紀ちゃん」
意識が無くなった樋口先生のことを、金倉さんが受け止める。
「大丈夫です。10分ぐらいで意識を取り戻すと思いますから。ルーシー、吸血界に連行するからね」
「……分かりました」
エリュはルーシーの手を掴み、2人は白い光に包まれた。程なくしてその光が消えると2人の姿はなくなっていた。
「これで一件落着かしらね、結弦君」
「そうだな、恵」
「……興奮するかと思ったら、不思議としんみりしているわ」
「それだけ、先生達の想いに共感できるところがあったからじゃないか?」
「……そうかもね」
好きな人と結ばれたことの嬉しさと、ずっと側にいてくれた魔女との別れ。ただ、ルーシーとはまたいつか笑顔で会えるんじゃないだろうか。2人の話を聞きたいとルーシーは楽しみにしていたのだから。




