第12話『告白の練習』
午後4時半。
放課後になってすぐに、俺とエリュは豊栖大学のキャンパスへと向かう。このキャンパスを見るのは2度目だけれど、広大な敷地と立派な校舎を見るとここが教育機関であることが嘘のように思える。
早速、金倉さんのいる日本文学専攻研究室へと向かう。
――コンコン。
俺が扉をノックすると、すぐに扉が開かれる。
「椎原君、エリュちゃん、待ってたよ」
「今日は大丈夫でしたか?」
「……うん。昨日の椎原君の一撃が効いたのか、今日は遠藤先輩と一度も会ってない」
「そうですか」
覚えてろ、と言った割には諦めが早かったのか、それとも何かを企んでいる最中なのか。引き続き、彼には注意しておこう。
「さあ、中に入って。今日も誰も来ていないからここで練習しよう」
研究室ってあまり来ないものなのかな。俺は四六時中いるイメージがあるけれど。でも、あれは理系だけで文系はあまりいないのかも。
「学生の方は研究室に来ないんですか?」
「うん。殆ど来ないね。去年も私や早紀ちゃんは結構研究室に来る方だったけれど……まあ、ここじゃないと研究が進まないってわけじゃないからね。でも、卒論の時期になるとみんな必死にここで書いてるかな」
「なるほど。じゃあ、ここで練習しても大丈夫そうですね」
「そうだね。あと、4年生の子は就活で忙しいから」
ああ、そうか。今ぐらいの時期に採用試験とかがあるんだな。今はそんなすぐに就職先が決まらないらしいし。
「私は明日の告白を頑張らないとね。そのために、椎原君とエリュちゃんを呼んだの」
「そうですか。エリュを練習相手にするんですよね、当然」
女性に告白するわけだからな。
「ううん、違うよ。椎原君を練習相手にするんだよ」
「……えっ?」
「どうして驚いてるの?」
「いや、だって樋口先生は女性じゃないですか。だから、女性のエリュに告白の練習をするのが普通でしょう」
「それはそうだけど。でも、好きな人に告白するんだから、好きな人の方が練習相手にはいいんじゃないかな。緊張とかドキドキとか……」
「……あっ、えっと……」
好きな人に告白するんだから、練習相手も好きな人にする、か。確かに本番に近い緊張感を味わえるとは思えるけれど。それでいいのか?
「いいんじゃないですか。好きな人に告白するんですから、練習相手には好きな人である結弦さんの方がいいと思いますよ」
エリュは冷めた表情で俺のことを見ながらそう言った。何だか、金倉さんが俺のことが好きだと分かってから、エリュが冷たくなったような。
「ふふっ、エリュちゃんったら、可愛い。じゃあ、相手は椎原君で決まりね」
「は、はい……」
しょうがない。こうなったら、練習相手として頑張らないと。
「それじゃ、私が進行役をしますね。まずは結弦さんが金倉さんからの素直に告白を受け入れるパターンで」
「分かった」
「それでは、スタート!」
はいっ、とエリュは手を叩いて、告白の練習がスタート。まずは金倉さんの告白を受け入れるパターンとのこと。
金倉さんから告白されるのを待っているんだけど、金倉さんは俺のことをちらちらと見るだけで告白をしようとする感じが全く感じられないんだけど。こうなったら、
「金倉さん。俺に伝えたいことがあるって言っていましたけど、それって何ですか?」
金倉さんが告白の言葉を言いやすいように、こちらから切り出してみることにする。
「……あ、あのね……」
ようやく、金倉さんから声が発せられる。顔を真っ赤にして俺のことを見る彼女はとても可愛らしい。
「私、椎原君のことが好きなの! 私と……つ、付き合ってください!」
そんなに大きな声で言われると、本当の告白に思えてしまうな。
えっと、今回は告白を受け入れるパターンだったな。
「俺も金倉さんのことが好きです。だから、宜しくお願いします」
「……結弦君!」
そう言うと、金倉さんは俺のことを思い切り抱きしめてくる。そのときの表情から見て感極まった感じなんだけど、これで練習になっているんだろうか。
「はーい、終了です! ほら、金倉さんは結弦さんから離れてください!」
そして、金倉さんはエリュに引き離される形で、俺への抱擁を解いた。
「感極まっちゃって、椎原君のことを抱きしめちゃった。ごめんね」
「いえいえ、いいんですよ。その……練習になってますかね」
「うん、なってるよ! 好きだっていう前に、凄くドキドキしたし……でも、今回は椎原君が聞いてくれたから言えたっていうのもあったかな」
「じゃあ、今度は自分から言えるようにしましょうか」
明日、話したいことがあると切り出したのは金倉さんの方だ。樋口先生も話したいことがあると言っていたけれど、先生が何も言わずに金倉さんの言葉を待つ可能性だって考えられる。
「次は結弦さんが告白を受け入れないパターンですね。これは、とにかく粘り強く好きだと伝え続ける練習だと思ってください」
「分かったわ。じゃあ、椎原君、お願いね」
「はい」
まあ、実際には樋口先生も金倉さんのことが好きだから、受け入れないことはないんだけれど。好きだと口にすることを慣れさせる、という意味ではこの練習もありかな。
「それでは、スタート!」
はいっ、と先ほどと同じようにエリュが手を叩いて練習スタート。
俺と金倉さんは向かい合うようにして立つ。
「あのね、椎原君。私、椎原君のことが好きなの! 私と付き合ってください!」
おっ、さっきとは見違えるくらいに、告白の言葉を言えるようになったじゃないか。
えっと、今回は告白を受け入れないパターンだな。
「ごめんなさい。俺、好きな人がいて……」
「好きな人ってエリュちゃんのこと?」
「ふえっ?」
急に自分の名前が出てきたからか、エリュは驚いているようだ。
「そうです。金倉さんも素敵だと思っていますが、それでもエリュが好きなんです」
「諦められないよ!」
おっ、粘るパターンだ。根気強く想いを伝えていくことも重要か。
「金倉さんの気持ちはとても嬉しいです。それでも、エリュが好きだっていう気持ちは変わりません。ごめんなさい」
「それなら、エリュちゃんと口づけするところをはっきり見せてよ! そうしたら、私もきっぱりと諦めることができそうだから」
「えっ?」
「ふえっ、ゆ、結弦さんと口づけ……?」
「エリュちゃんのことが好きだったら、口づけできるよね。だったら、私の前ではっきりとして見せてよ。そうじゃないと、気持ちがスッキリしない」
練習なんだけど、かなり本気で言っているように思える。
「エ、エリュ……」
練習を終わらせるよう、エリュに視線を送ろうと思ったら、彼女はまるで口づけを待っているかのように目を閉じている。口づけをしたら練習終了ってことなのか?
しょうがない、これは練習だ。あくまでも練習の中で口づけをするんだ。カウントはしない。それにしても、今のエリュ、凄く可愛いな。
そして、金倉さんにはっきりと見えるように、俺はエリュと口づけをした。ただ、唇を重ねたのはほんの一瞬だけど。
「お、終わりですううっ!」
エリュの声が研究室内に響き渡る。エリュは顔を真っ赤にして、口づけに驚いたからなのか息を荒くしていた。
「いやぁ、つい気持ちが入っちゃって。エリュちゃんに口づけさせちゃったね」
「……べ、別に構いませんよ。結弦さんのことき、嫌いじゃないですし」
「ふうん……?」
金倉さんはニヤニヤとした表情で、恥ずかしそうにしているエリュのことを見ている。これじゃ、誰の告白の練習をしているんだか。ただ、今、口づけをしてしまってエリュに嫌われたかと思ったけれど、そうではなさそうで良かった。でも、後で謝っておこう。
「……ほ、ほら! まだまだ練習しますよ!」
そして、この後も告白の練習が続いた。途中、女の子を相手にするということで練習相手をエリュに変更したりして。
すると、段々と金倉さんも自分の気持ちをすんなりと言えるようになってきた。これが本番に活かされるといいけれど、練習をしている限りでは大丈夫だと思う。
さあ、明日、金倉さんと樋口先生の想いを成就させて、ルーシーも倒せるように俺達も頑張っていこう。




