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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第4章
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第9話『つながり』

 遠藤卓也。豊栖大学大学院の2年生で、英文学専攻研究室に所属している。俺やエリュが分かっているのはそれだけだ。ああ、あとは金倉さんのことが好きで、しつこく交際を迫っている厄介な人間ってことか。

「遠藤卓也さん、大学院2年生ってことは、金倉さんが入学してすぐにはもう知っていたということですか?」

「私の方は知らなかったんだけど、遠藤先輩の方は知っていたみたい。可愛いからって」

「……なるほど」

「遠藤さんっていう先輩がいるなぁ、っていうのは結構前から知っていたけれど、ちゃんと話したのは4年生になって卒業研究を始めたときぐらいかな」

「じゃあ、樋口先生も遠藤さんのことを知っていたんですか?」

「うん。早紀ちゃんとも話したことがあるよ」

 樋口先生も面識があるのか。それなら明日、金倉さんの報告をするついでに先生にも遠藤さんのことを聞いてみるか。

「ちゃんと話したのは卒業研究を始めた後、ってことは同じサークルや部活とかではなかったんですね」

「うん。私は早紀ちゃんと一緒に漫画研究会に入っていて、遠藤先輩は確か映画研究会に入っていたと思うよ」

 それなら、卒業研究を始めてから初めてちゃんと話したのも頷ける。あと、樋口先生……大学では漫画研究会だったのか。ということは、当時から漫画系のイベントには参加していたのかも。

「遠藤さんにしつこく交際を迫られていたということですが、最初に告白されたのはいつだったんですか?」

 ああ、確かに最初に告白された時期は重要かもしれないな。樋口先生によると、学部生のときは金倉さんと常に一緒にいたって言っていたし。

 エリュに質問されると、金倉さんはう~んと考え、

「思い出してみると、大学の卒業式が終わった後だった。卒業論文の発表が終わってからも、私は大学院に進学するから時々、ここに来ていたの。もちろん、それは3月の下旬にあった卒業式を迎えた後もね。私がここに1人でいるとき、さっきみたいに突然、遠藤先輩が研究室に入ってきて告白されたの」

「そうだったんですね」

 もしかしたら、遠藤さんにとって、金倉さんといつも一緒にいた樋口先生のことが邪魔だったのかもしれない。彼女が大学院に進学するのは分かっていたから、卒業式を終わった直後という時期にアタックを始めたということか。

 でも、遠藤さんに告白されたという話を金倉さんから聞いていたら、おそらく先生は俺達にそのことも話しているはずだ。多分、先生はこのことを金倉さんから聞いていないんじゃないだろうか。むしろ、先生は金倉さんの今の状況を全然分かっていないからこそ、俺達に調査をお願いしているような感じだった。

「ちなみにですけど、遠藤さんに交際を迫られていることを、樋口先生には相談とかはしたんですか?」

「ううん、してない。初めて交際を迫られたのは3月末で、その時は早紀ちゃん……きっと教師になることで気持ちがいっぱいになっていると思ったの。早紀ちゃん、人の悩みをとことん聞いてくれて、親身になって考えてくれるから、不安な時期に私のことで頭を使わせちゃいけないと思って。新しい生活が始まって1ヶ月半くらい経つけど、働いている早紀ちゃんには休日はしっかりと休んでほしくて」

「そうだったんですか……」

 樋口先生の言うとおりだな。この前の週末に金倉さんに連絡をしてみたら、休日なんだからゆっくりと休めって言われたんだよね。

「何だか今の話を聞いていると、遠藤さんは金倉さんと樋口先生の性格を知った上で、3月末というタイミングで交際を迫り始めた。私にはそう思えるんですが」

「そうだな……」

 最も信頼している人に相談できないとなると、金倉さんはきっと一人で悩むことになる。金倉さんの友人事情はよく知らないけれど、4月から新社会人になる友人には相談しづらいだろう。

「遠藤さんに交際を迫られ始めたときって、おそらく1人で悩む状況に陥りやすい時期だったんじゃないでしょうか」

「……うん。大学院に進学する同級生はほとんどいなかったし、友達はみんな4月に就職したからね。後輩で親しくしていたのは主に3年生だから、就職活動関係で忙しくなっていたし。実際に今日、椎原君が追い払ってくれるまでずっと1人で抱え込んでいたよ」

 そう言って、俺のことを見つめながら嬉しそうに微笑んでくれる。本当にさっきのことをきっかけに俺を好きになったみたいだな。

「おそらく、そんな状況の金倉さんに交際を迫り続ければ、きっと自分の想いを押し通せると思ったんじゃないでしょうか。ところが、今日になって結弦さんという高校生の男の子が現れてしまったわけですが……」

 エリュの言っていることは筋が通っている。おそらく、遠藤さんはそういうことを計算に入れて、卒業式を終えた後の3月末から金倉さんに交際を迫り始めたんだ。

「まあ、これからは俺がいるので、何かあったら連絡を……と言いたいところですが、交換していなかったですね」

「そうだね。椎原君ってLINEはやってる?」

「最近になってようやくダウンロードしました」

「じゃあ、LINEのアカウントも交換しようか。エリュちゃんは?」

「私、持っていないんです。結弦さんと常に一緒にいますし、持っている必要がありませので」

 まあ、何かあったら能力を使って瞬間移動もできるからなぁ。本人が言うように携帯電話やスマートフォンを持つ必要はないだろう。

「椎原君と手を繋いでいるから大丈夫ってことかな?」

「……そんな感じです」

「じゃあ、椎原君、さっそく交換しようか」

「はい」

 そして、俺は金倉さんと連絡先の交換をする。これで、彼女に何かあってもすぐに連絡できる。そういえば、樋口先生とは連絡先を交換していなかったから、明日にでも交換しようかな。

「ありがとう、椎原君。これでいつでも君に連絡できると思うと安心するよ」

「そうですか。俺でもいいですけど、樋口先生にも連絡しても大丈夫だと思いますよ。休日には趣味を楽しんでいると聞いていますし」

「……そうかな。今度の週末に久しぶりに会ってみるのもいいかも」

「そうですよ」

 一応、遠藤さんのことについても明日、樋口先生に伝えておこう。

 これで、金倉さんから聞きたいことは一通り聞けたかな。

「大分、日も傾いてきましたし、俺とエリュはそろそろ帰ろうと思います」

「そう。今日はごめんね。大学がどんな感じかを聞きたいって話なのに、早紀ちゃんのことや遠藤先輩のことであまり話せなくて」

「いえ、金倉さんと話すことができて良かったです。それに、遠藤さんのことについては、俺の存在があることで安心できたと言っていただけて俺は嬉しいですよ。それだけでも今日はここに来た甲斐があったと言えます」

 この1ヶ月半、ずっと不安だったんだ。そして、遠藤さんに交際を迫られる度に恐い想いもしてきたはずだ。それが少しでもなくなったのなら、俺は嬉しい。

「……さすがは、1ヶ月半に20人以上の女の子に告白されるだけあるね。私もその1人に入れてくれるかな。好きだよ」

 金倉さんはそう言うと、僕に顔を近づけて、

 ――ちゅっ。

 頬にそっとキスをしてきた。そして、唇を離したときの金倉さんは今までの中で一番可愛らしい笑みをしていた。こういうことを樋口先生にもできる日が来るようにしないと。

「じゃあ、またね。早紀ちゃんのことを宜しくね」

「はい。では、失礼します」

「……失礼します」

 俺とエリュは研究室を後にする。時刻も午後5時半を過ぎているからか、廊下には茜色の陽が差し込んでいた。

「もう、結弦ったら金倉さんにキスされたからってにやけちゃって」

「にやけてたか……って、あれ。陽がまだ沈んでないのに、もう夜モードになってるのか」

「……まあ、あの遠藤っていう男が何かしでかすかもしれないと思って、いつでも助けられるように力を溜めてたの。だから、日が傾き始めた今の時点で夜のモードになったわけ」

「そっか」

 確かに、夜モードのエリュになれば普通の人間なんて相手でもないか。

「そういえば、髪が赤くなった今のエリュも制服姿、似合っているね」

「……そ、そう?」

「うん。制服の色が赤系だからかな。結構可愛いと思うよ」

「……あ、当たり前じゃない。昼のあたしだって似合っていたんだから」

 そういう風に言いながらも、エリュ、物凄く嬉しそうな顔をしているぞ。人間でも、吸血鬼でも可愛いって言われると女の子は嬉しくなるんだな。可愛いは正義か。

「今日はあたしが夕ご飯作ってあげるわ」

「……楽しみにしているよ」

 最初こそは料理が下手だったけれど、俺と練習をしたこともあって、最近は彼女が1人で作っても美味しくなってきている。

「さあ、帰るわよ」

 そう言って、エリュが手を差し出してきたので、来たときと同じように手を繋いでキャンパスを後にするのであった。

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