第8話『厄介者』
――早紀ちゃんのことがずっと好きなんだ。
笑顔の金倉さんからそう言われる。
これはいい情報を手に入れることができたぞ。しかも、金倉さんには恋人がいないという最高の状況じゃないか。恵がいたら発狂しそうだ。
「樋口先生のことが好きなんですか」
「……うん。大学2年生になった頃には完全に好きになってた」
「なるほど」
少なくとも3年間は樋口先生に好意を抱き続けているのか。
「女の子に恋をするって、おかしいことなのかな……?」
「いえ、そんなことないと思いますよ。とても素敵だと思います」
恵をここに連れて来れば良かったと心底思う。彼女ならきっと女性同士の恋愛の尊さを思う存分に語ってくれるはずだから。
「ちなみに、樋口先生はこのことを知っているんですか?」
「……知ってるわけないよ。むしろ、好きだってことがばれないようにしていたくらいで。好意を抱いているって知られたら、友達の関係も壊れちゃうような気がして……」
と、金倉さんは不安げな表情を浮かべている。友人の関係まで壊れそうだから好きだと言えないなんて見事に先生と気持ちがシンクロしているな。
「完全に両想いですね。気持ちを相手に伝えることができていないだけで」
エリュがそう耳元で囁いてくる。
これは……次の週末にでも会って告白すれば今回の件、解決するんじゃないか? 今、恵が樋口先生に告白の練習をしているから、先生から告白するのを待つのもありかもしれないけれど。
どうするか。先生が金倉さんのことが好きであることを伝えて、金倉さんの方から告白する方法に持っていくかどうか。
「……金倉さん。仮に樋口先生が――」
「麻衣ちゃん、早く返事頂戴……って、こいつらは?」
入り口の方に振り返ると、そこにはワイシャツ姿の男性が立っていた。俺よりも背が少し低くて、そこまでイケメンでもないな。ここの研究室の人なのかな。
「この2人は同級生の教え子で……」
「私立赤峰高校に通っている椎原結弦といいます。隣の彼女は俺の家にホームステイしているエリュ・H・メランといいます。今日は大学を見学したいと思いまして、ここの研究室に遊びに来たんですよ」
「そうだったのか。俺は遠藤卓也。大学院修士課程の2年だ。俺は英文学専攻なんだ」
「そうなんですか」
英文学ってことは、ここの研究室の人間ではないのか。
「どうしたんですか? 金倉さん、顔色が悪そうですが……」
「そう? 私は大丈夫だけれど……」
いや、エリュの言うとおり、さっきと違って顔色が良くない。顔色以上に表情も悪くなっているけれど。この遠藤という男性が現れてから。
「……そういえば、遠藤さん。さっき、返事を頂戴と金倉さんに言っているようですが、差し支えなければどのようなことなのか教えて頂けますか?」
「告白の返事だよ。はっきりとした返事をくれなくてさ……」
「付き合うつもりはないと何度も言っているじゃないですか!」
「つもりはないだけで、付き合わないとは言っていないよね」
おおおっ、何という屁理屈だ。金倉さんに恋人がいないとは言っていたけれど、彼女に好意を寄せている人はいたか。しかも、かなり厄介そうだ。でも、金倉さんの表情を見れば遠藤さんとは付き合いたくないのは容易に想像できると思うんだけど。
「あの、遠藤さん。表情を見て、彼女の気持ちを想像できないんですかね。俺、今日初めて金倉さんと会いましたけど、どう考えてもあなたと付き合いたくないっていうのはすぐに分かりますけど」
俺がそう言って話に割り込むと、遠藤さんは露骨に嫌がりそうな表情をする。
「何だよ、お前、高校生のくせに……」
「年齢はあまり関係ないと思いますけどね。あと、相手が嫌がっているのにしつこく付き合えと迫るとより嫌がられますよ」
「何なんだよ、女のことをよく分かったような口ぶりで!」
「では、あなたは1ヶ月半で20人以上の女性から告白されたことはあるんですか?」
「な、ないけど……」
「じゃあ、俺の方が女性のことをよく分かっていますね」
自分で適当に言っておいて、このヘンテコな理論に頭を抱えそうになる。
「ちなみに、言っておきますが俺は金倉さんから一目惚れされましたし、告白もされました。その時にしつこく交際を迫られていて嫌だと言っていたんですが、そうですか……あなたでしたか」
「何だって……麻衣! それは本当なのかよ!」
荒げた声を出して、自分の思い通りにさせようってわけか。
金倉さんと視線を合わせ、話を合わせてくれるようにこちらからウインクをすると、金倉さんはそのサインを分かってくれたのか頷いてくれた。
「……そうだよ。私、椎原君に一目惚れしたの。それで、告白もした」
「突然のことだったので、答えは待ってもらっていますが、あなたがそういう態度を取るのであれば話は違う。俺が金倉さんを守っていきます。金倉さんと交際したいのなら、まずは俺を納得させてからにしてくれませんか」
「……くそっ……」
「……今日はお引き取りください。これ以上、金倉さんにしつこい態度を取るなら、ストーカーということで警察に通報してもいいんですよ?」
執拗に言い寄るのは立派なストーカー行為の一つだ。金倉さんと俺の証言があれば、遠藤さんには警察のお世話になってもらうことも可能だろう。
「くそっ……覚えてろよ!」
という捨て台詞を吐き捨て、遠藤さんは研究室を出て行った。とりあえず、この場をやり過ごすことはできたかな。
「……まあ、これで今後、鐘倉さんのことについてはまず、俺の方に来るでしょう。すみません、金倉さんが俺に好意を抱いているという話にしてしまって。そんな話に合わせていただいてありがとうございます」
「ううん、いいよ。それに今のことで、本当に椎原君に好意を持っちゃったから。一目惚れしたっていうのも実は間違ってもなくて。でも、男の人の中では一番好きなだけで、本命は早紀ちゃんだからね! そこは勘違いしないでくれると嬉しいな……」
「……分かっていますよ」
本当に、どこまで樋口先生と同じような気持ちを抱いているんだか。エリュも同じことを思ったのか、今の金倉さんの話を聞いて笑っている。
金倉さんも樋口先生のことが好きで両想いであることが分かったから、このまますんなり行くと思ったらそうでもなさそうだ。遠藤さんという大学院生、おそらく今後何かをしてくるに違いない。まずは、彼のことについて金倉さんから訊いた方が良さそうかな。




