第6話『本命の娘』
樋口先生は好きな人は俺。ただし、それは男性の中で。
本命には別の女性がいるとのこと。女性が女性を好きということなので――。
「うおおおっ! 百合きたあああっ!」
恵、大歓喜。
こういうときでも百合に出会うと喜べるんだから、彼女は凄い。もしかしたら、魔女にとって一番の脅威は俺じゃなくて恵なんじゃないか?
「樋口先生は実生活でも百合だったのね! それで、樋口先生はどういった女性に好意を抱いているの? 早く教えなさい!」
「お、教えるから体を激しく揺らさないでください! き、気持ち悪くなってきた……」
ルーシーの顔……正確には樋口先生の顔なんだけど、とにかく青白くなっている。
「ごめんなさい。私のすぐ側に百合があると思うと凄く興奮しちゃって」
はあっ、はあっ、と恵は激しく呼吸しながら笑っている。うん、今の恵に会ったらどんな魔女でも回れ右をして逃げそうだ。
「今後、女性同士のことだったら恵さんに大いに協力してもらいましょう」
「そうだな」
エリュも俺と同じ考えのようだ。
「それで、ルーシー。樋口先生はどういった女性に恋心を抱いているのかしら?」
「……ちょっと待ってください。樋口さんに……語りかけますね」
先生に語りかけるってどういうことなんだ? 憑依しているから、樋口先生のことは全て知っているんじゃないのか? 知らなくても、先生の心を探ればすぐに分かりそうなことだと思うんだけれど。
「……樋口さん自身があなた達に話したいことなので、あたしの意識は一旦、後ろに下がるとしましょう。では……」
ルーシーは一旦目を閉じ、数秒ほど経ってから再び目を開けた。
「何だか、久しぶりって感じだね。椎原君」
「どうやら、意識が樋口先生に戻ったみたいですね」
「うん。初めてルーシーに心の中で話されたときは驚いたけれど、魔女には魔女の事情があるみたいで。だから、私の中に住んでもらっているんだけど、やっぱりまずかったのかな」
「魔女は人間界を侵攻しようとしていますからね。それは吸血界の征服するためにやっているそうなんですけどね」
さすがに、夜モードでも樋口先生には敬語で話すんだな、エリュ。
「エリュさんって、椎原君の家にホームステイしているギリシャの女の子のじゃなくて、吸血鬼の女の子だったのね」
「……すみません、今まで騙してしまっていて。必要最低限の人にしかあたしが吸血鬼だと教えていなかったんです。学校では、吸血鬼だと知らない人には見えないようにもしていました」
「そうだったの。ルーシーに教えられたときは驚いたなぁ」
なるほど、ルーシーからエリュのことを聞いたのか。しかし、今の話を聞いている限り、ルーシーは樋口先生に上手く言って今も憑依させてもらっている感じだな。
「先生! 先生の好きな女性は誰なのですか!」
「リアルな百合でも興奮するのね、灰塚さんは。私の好きな女性は……大学時代の友人でね。名前は金倉麻衣。先月、大学院に進学したの」
「つまり、先生と同級生ということですか」
「そうよ、椎原君。同じ学部学科で、4年間ずっと一緒にいたの。研究室も同じでね。でも、私は教師になって、麻衣は大学院に進学した」
「卒業してからは一度も会っていないんですか?」
「うん。麻衣は学生だからまだしも、私の方が忙しくて。たまに休みがあっても、麻衣の方が気を遣っちゃって。社会人なんだから、休みの日は趣味を楽しんだ方がいいって」
その言葉もあって、先生は漫画のイベントには参加しているってことか。
「先生。その金倉さんって女性には何時から好意を抱いていたんですか?」
「……気付いた時には、好きになってた」
何とも素敵な答えを返してくれるなぁ。さすがは現代文の先生というか。
「さすがは現代文の先生です、樋口先生。それで、金倉さんには告白したのですか!」
「ううん、まだ……」
「ということはまだ、金倉さんは先生の好意に気付いていないかもしれないわね、椎原君!」
リアル百合がすぐそこにあるからって、何を興奮してメモをしているんだか。もしかして、次に制作する本のネタにしようとしているのか?
「つまり、好意を伝えることのないまま大学を卒業してしまい、今に至ると」
「そうね」
「逆に金倉さんが先生に好意を抱いているように感じたことはありますか。あと、金倉さんに恋人がいるかどうか」
「麻衣に恋人はいないわ。学生の時は一緒に居すぎたから、好意を抱いていそうな場面があったかどうか覚えてないや……」
先生は照れくさそうに笑っている。この様子だと、少なくとも友人としては金倉さんとの関係は良好だった。そして、金倉さんには恋人がいない、と。
「……今すぐに金倉さんに連絡して告白すればいいんじゃないですか? 金倉さんに恋人はいないんですよね」
「えええっ! いきなりなんて無理だよ。緊張して告白なんてできないよ。それに、卒業してから1ヶ月半も経つし、麻衣は可愛いからもしかしたら誰かと付き合っているかもしれないし……」
樋口先生は顔を真っ赤にしながら、しゅんとした表情になってしまう。
「迷惑をかけてしまうかもしれない、ということですか……」
「それに、告白したらそれまでの関係が壊れそうで怖いの」
友人としてだからこそ、大学の4年間を過ごすことができたかもしれないと思っているのか。友人だからこそ、告白するのは勇気がいるのかもしれない。
「じゃあ、金倉さんの気持ちを知ることができればいいんじゃないの?」
「それを先生本人が聞けるわけがないだろ」
「……あたし達が聞けばいいじゃない」
「……な、なるほど」
といっても、俺達がどうやって金倉さんに話を聞き出せばいいんだか。それに、金倉さんがどこの大学の大学院に進学しているのかは知らないし。
「エリュがこう言っているんですが、俺達が金倉さんの気持ちを探ってみてもいいですか?」
「……お願いできるかな。でも、平日は私、放課後も仕事があるし……」
「金倉さんの通っている大学院と研究室を教えていただければ、実際に金倉さんにお会いして話してみたいと思います」
「うん、分かった。いきなり今日行くのもまずいだろうから、明日の夕方に椎原君達が研究室に遊びに行くって麻衣に言っておくわ。まあ、理由としては現代文に興味があって、そういうことを学べる大学ってどういう雰囲気なのか知りたいってことで」
「じゃあ、そういう方向でやっていきましょうか」
樋口先生の好きな金倉さんっていう女性は、どういう人なのか。そして、樋口先生にどんな想いを抱いているのか。樋口先生の思いがバレることなく上手く聞き出せるだろうか。かなり重要な役割を俺達は任されている。気を抜かずにやっていかないといけないな。




