第3話『てごわいこわい』
魔女が憑依しているのは生徒ではなく、樋口先生。
これは予想外だな。教師は初めてだぞ。慎重にやっていかないと、教師という立場を上手く利用されてこちらの行動を制限される可能性がある。
「どうしましょうか、結弦さん」
「そうだな……」
クラスメイトとは違って、いつも見張っていることなんてできない。俺やエリュの見えないところで誰かを洗脳する可能性がある。憑依されている樋口先生の立場を利用して、誰か生徒に洗脳するってことは十分にあり得る。
『洗脳って、オーラを見る以外には知る方法はないのか?』
ノートにエリュに対する質問を書く。
オーラを見ずとも知る方法があれば、エリュには常に誰か洗脳されてしまっているかどうかを監視してもらえるんだけれど。
「できますよ。洗脳されると特殊な力も生まれますからね。ただ、誰かが洗脳されているということだけで、オーラが見えないと誰に洗脳されているかは分かりません。まあ、強く洗脳されていれば、洗脳されている方の場所くらいの判断はできますね」
なるほど。それなら、授業中はエリュに洗脳されている人の有無を常に監視してもらおうかな。
『ちなみに、今は誰か洗脳されてる?』
既にいるのなら、その人物にも気をつけないといけない。特にこのクラスにいる生徒であれば。
エリュはゆっくりと目を閉じ、
「今は……誰もいないですね。樋口先生に憑依する魔女のオーラのみ確認できます」
良かった、今のところはいないか。でも、憑依してからまだ時間が経っていない可能性はあるから、これから洗脳される人が出てもおかしくない。
『授業中は、ここで洗脳されている人がいるかどうかを監視してくれ。もし、洗脳されている人がいて、樋口先生がうちのクラスで授業しているときは、学校内を巡回して洗脳されている人が誰なのかを調査してくれ。今日の現代文、3時限目にあるから』
「分かりました」
洗脳に関してはとりあえず、この方法で対処していくか。もし、洗脳されている人がいたら、昼休みや放課後に洗脳解除をしていけばいいか。
そして、もう1つ重要なのは……樋口先生が魔女に憑依されているということは、それなりに大きな負の感情を持っているということ。負の感情を抱いた原因と、その解決方法を探っていかないといけないな。
ただ、樋口先生は生徒ではない。生徒の誰かから樋口先生のことが聞ける可能性はほとんどないと思っていた方がいいだろう。そして、樋口先生は1年目だから、職員の中で以前の樋口先生のことを知っている人はおそらくいない。
「これは……やっかいだな」
どうやって、樋口先生のことを知っていけばいいんだ。既に知っていることと言えば、イベントに行くほど百合の漫画やアニメが好きというぐらいで。
俺が樋口先生のことをじっと見ながらそんなことを考えているせいか、樋口先生もこちらの方を見て、
「どうしたの? 椎原君。私のことをじっと見て。先生の顔に何か付いてる?」
「いえ、特についてないですけど」
魔女が先生に取り憑いているとはさすがに言えないしなぁ。
「人の話は目を見て聞くようにと親に教えられたので、つい」
「いい心掛けね。でも、ちょっと睨んでいる感じだったから、先生もドキドキしちゃったよ」
「そうですか……」
俺、そんなに目つきがきつかったかな。まあ、魔女のことを考えていて気が張っているから、それが目つきに出てしまったのかもしれない。
「じゃあ、これで朝礼は終わります。今日も授業を頑張ってね」
そして、朝礼が終わる。
それと同時に恵が席を立って、教壇にいる樋口先生の所に向かおうとする。もしかして、昨日の買ってもらった本の感想を聞きに行くのかな。
俺も樋口先生の所に向かう。
「あら、結弦君も先生からの感想を聞くの?」
「まあ、一緒に本を売ったし、俺も読んだからな。樋口先生がどういう感想を持っているのか、結構興味があってさ」
恵は1度、結衣に憑依したリーベに洗脳されて、エリュの唾液によって洗脳を解いてもらった経験があるけれど、2度目の洗脳もないとは言い切れない。恵と2人きりにさせるわけにはいかない。
「先生、昨日の本は読みましたか?」
「ええ、読んだわ。恨みがあるはずなのに、恋心も生まれて……個人的に、告白シーンよりも葛藤しているシーンが1番興奮したよ」
「そうですか! さすがは先生! 先生ならそう言ってくれると思っていましたよ!」
恵はとても喜んだ様子で、樋口先生の両手を掴んでいた。恵がここまで喜んでいるんだから、洗脳されるような心配は無いのかな。
「椎原君はどうだったの?」
「葛藤しながらも、好きだという本心に向き合えたところが良かったと思います」
まあ、元ネタでもあるアンネとエリーゼの一部始終を生で観ていたからな。そのときのことを思い出しながら読んだから、主人公の女の子には感情移入してしまったよ。鮮烈な元ネタはあったにしても、それを漫画に上手くできたんだから、恵はかなり凄いと思う。
「次の本を出すときも見せてね。楽しみにしているから」
「はい!」
「ただし、勉強にあまり影響のない範囲で漫画を描いてね。もし、赤点なんて出したら即刻創作NGにしちゃうから。来週は中間試験だけど、大丈夫? 椎原君も」
「大丈夫ですって!」
「俺も大丈夫ですね。でも、復習はちゃんとしておきます」
そういえば、来週は中間試験だったな。試験勉強ができるほど早く今回の魔女を倒すことができるだろうか。まさか、試験も見越して先生に憑依したのか?
「そろそろ1時限目の授業のクラスに行かないと。じゃあ、授業頑張ってね」
そう言って、樋口先生は教室を後にした。
「……感想を聞くだけじゃかったんでしょ?」
先生がいなくなったのを確認したからなのか、恵は急にそんなことを言う。
「朝礼の時エリュさんが魔女に憑依されている人がいるって言って、あの感じで指を差したってことは、憑依されたのは樋口先生なの?」
「ああ、そうだ。だから、恵が洗脳されないように俺もここに来たんだ」
「なるほどね。でも、リーベの洗脳を解くときに注入されたエリュさんの唾液……あれが予防薬になるんじゃなかったかしら?」
「確かにそうだけど、万が一のときに備えて」
それに、恵はクラスの中じゃ1番と言っていいほど、樋口先生と親交のある生徒だからな。洗脳だってしやすいはず。
「私は大丈夫よ。だって、先生に本を読んでもらって、感想まで言ってもらえたからとても幸せだもん」
「……それはさっきの笑顔で分かってたよ」
「ふふっ、そう? とりあえず、樋口先生が魔女に憑依されていることは、結衣達に伝えておいておくわ」
「分かった。ありがとう」
とりあえず、エリュが見えている生徒には樋口先生に魔女が憑依していることを伝えておいた方がいいだろう。
誰か洗脳されているかどうか、エリュに確かめてもらいながら俺は授業を受ける。しかし、洗脳されている人は1人も見つからなかった。
放課後の調査も、まずは樋口先生のことを知っていそうな職員にさりげなく彼女のことを聞き出そうとするけれど、これといった情報は1つも手に入らなかった。結衣や恵にも協力してもらっているけれど、彼女達も同じようで。
そして、当の本人が何か大きく動きを見せるようなこともない。これからの作戦を立てているのか、俺達の様子を見ている段階なのか。
とりあえず、今のところ言えるのは、これまでの魔女の中では1番手強いということだ。それはとても怖いことでもある。突破口が全然見つからないから。今は焦らずに先生の動向を見守りつつ、少しずつでも情報を得ていくことが、確実に前へと進む唯一の方法かもしれないな。




