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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第4章
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第2話『緊急魔女速報』

 5月12日、月曜日。

 ゴールデンウィークが明けてから1週間。エリュのおかげもあってか、5月病にならずに毎日学校に通うことができている。

 アンネとエリーゼを倒してからは魔女とは出くわしていないし、魔女に憑依されているような人もいない。このまま何事も無ければいいんだけれど、人の抱える負の感情につけ込んで憑依するから、またすぐに魔女が現れるかもしれない。

 午前8時前。俺はエリュと一緒に家を出発する。

 エリュはこれまで日中は日傘が必要だったけれど、日焼け止めを塗ることでその必要もなくなっている。ただし、服装はいつもの吸血鬼の黒い服である。

「日焼け止めのおかげで大分楽になったんじゃないか?」

「そうですね。あの日焼け止め、吸血鬼にとっては革命的です。これさえ塗れば、最大の弱点である日光を気にすることなく動けるんですから。日中に魔女が来ても、エネルギーをすぐに溜めることもできますからね」

 なるほど。実生活だけではなく、魔女との戦いにも大いに役立つということか。それは確かに革命的かもしれない。

「結弦さん、途中まででいいので手を繋いでいいですか?」

「うん。あと、言わずに手を繋いでいいんだよ」

「……何だか緊張しちゃうんです」

 エリュはちょっと照れくさそうに笑っている。

 ゴールデンウィーク明けから、学校の行き帰りでは必ずと言っていいほどエリュと手を繋いでいる。そして、手を繋ぐ前には必ず僕に一声をかける。

 あの時、観覧車で血の補給と言って、口づけをする形でエリュは僕の唇から血を吸い取っていた。まさか、あのことでエリュの心境に変化があったのかな。といっても、あれ以降の血の補給は首か腕のどちらかである。

 でも、昨日は恵の作った本を売った後に、買ってくれた女性からどんな話をしたのかをしつこく訊かれたっけ。告白されたって言ったらショックを受けていたし。

「ねえ、エリュ。1つ聞いてもいい?」

「なんでしょうか?」

「……エリュってさ、俺のことをどう思ってる? 昨日も俺が恵の本を買ってくれた女性とどんな話をしていたのか訊いていたから」

「えっ、ええとですね……」

 急にエリュの顔が赤くなり出す。まさか、エリュ……家を出発してちょっとしか経っていないけれど、日差しに当たって火照っているのか?

「エリュ、気分が悪かったら無理はするなよ。エリュは吸血鬼なんだし」

「大丈夫ですよ、結弦さん。それで、結弦さんの質問ですが……私、結弦さんにはずっと側にいてほしいんです。そ、それは決して……好きだとかそういう理由じゃなくて! 吸血鬼が人間に好意を持ってはいけないですから。種族も違いますし。 ただ、人間界にいるためには結弦さんの血が必要ですから……」

「なるほど、そういうことか」

 確かに、俺がいなくなったら、俺の血を定期的に補給しなければならないエリュは人間界にいられなくなるんだよな。

「でも、好意を抱くことに種族なんて関係ないと思うけどな。俺は自由だと思うよ」

「……そ、そうですか?」

 エリュは嬉しそうだ。

 そんなことを話していると、高校の校舎が見えてくる。

「あっ、そろそろ姿を消さないと」

 そう言って、エリュはおそらく姿を消している。俺や結衣、恵などエリュに関わった一部の人間には見えている。

 周りの生徒に変に思われないよう、エリュと繋いでいる手を俺のブレザーのポケットに入れる。その時のエリュはさっきよりも嬉しそうな笑顔になっている。

 学校に到着して、俺とエリュは1年3組の教室に向かう。

「結弦、エリュさん、おはよう!」

「おはよう、結衣」

「おはようございます、結衣さん」

 教室に入ろうとした瞬間、後ろから結衣に声を掛けられる。今日も結衣は女子テニス部の朝練があったのかな。

 教室に入ると、恵が何かを持って俺達の所にやってくる。……って、あれは昨日イベントで売っていた本じゃないか。結衣の分を取っておいたんだな。

「おはよう、みんな」

「おはよう、恵。それ、もしかして昨日、イベントで販売した本?」

「うん。結衣の分を取っておいたの」

「そうなんだ、ありがとう」

 結衣は恵から本を受け取ってじっくりと読んでいる。漫画だからか結構な速度でページをめくっているけれど。

「……これ、元ネタはこの前のアンネとエリーゼよね」

「さすがは結衣! よく分かったわね」

「恨みと恋心の葛藤だからもしかして、って思ったけれど……やっぱりそうだったのね。でも、結構面白いと思うわ」

「ありがとう、結衣。結衣ならそう言ってくれると思っていたわ」

 恵、こんなに嬉しそうな顔……昨日のイベントではしなかったな。やっぱり、一番嬉しいのは面白いって言われたときなんだろうな。

「本当は昨日、結衣とエリュさんが百合シーンの実演をして欲しかったんだけど……」

「どうしてよ! エ、エリュさんと口づけなんて……」

 昨日のエリュとほとんど変わらない反応だな。いきなり口づけしろ、って言われたら困惑するのは当たり前だ。

「ええ、2人とも可愛いのに。凄く素敵に見えると思うんだけれど……」

 素敵に「見える」というのがミソだな。エリュも結衣も可愛いし、きっと絵にはなると思う。ただ、本人達が好き合っていない限り、口づけはすべきじゃないかな。

「口づけっていうのは好き合ってするからいいんじゃないの? エリュさんが嫌いなわけじゃないけれど、きっとエリュさんと口づけをしても、百合が好きな方がいいとは思ってくれないんじゃないかな……」

「結衣さんと同感です」

 そう言って、エリュは結衣と目が合うと……恵に口づけしろと言われたせいか、更に顔が赤くなってしまう。

「恥ずかしがる2人、いいわ……」

 恵はこういう状況でも萌えてしまうというのか。

「エリュちゃんも結衣ちゃんも顔を赤くしてどうしたの?」

 今のこの状況に興味を持ったのか、真緒が俺達の所にやってくる。

「ねえ、直見さん。結衣とエリュさんが口づけをしたら最高だと思わない?」

「えっ? 付き合ってるの?」

 目を見開いた真緒がそう言うと、


「付き合ってないわ!」

「付き合ってません!」


 おお、エリュと結衣の声が見事にシンクロした。

「こんな時に声が合うなんて、2人はやっぱり運命の繋がりを持っているのよ!」

 もう、こうなってしまったら恵の暴走は誰にも止められそうにないな。時間が彼女を収まらせてくれることを祈ろう。

 ――キーンコーンカーンコーン。

 ああ、もう朝礼の時間なのか。チャイムが鳴っている。

 俺達がそれぞれの席に座ると、すぐに樋口先生が入ってくる。

「みんな、おはよう!」

 スーツ姿で教壇に立っている樋口先生は、さすがに昨日とは雰囲気が違うな。スーツ姿できっちりと決めていて。


「結弦さん、この中に1人、魔女に憑依されている方がいます!」


 エリュがいきなりそんなことを言うので体がビクついてしまった。

「ほ、本当なのか?」

 皆に気付かれないように、俺は小さな声でエリュにそう言う。

 けれど、エリュの声が大きかったせいか、結衣や恵などエリュのことが見えているクラスメイトは全員、俺の方に振り向いてくる。

「どうしたの? みんな……」

 複数の生徒が俺の方に振り向いたからか、樋口先生はそう口にする。そして、注目の的である俺のことを見る。

「いえ、何でもないです。続けてください」

「それならいいけれど」

 そう言って、樋口先生は再び連絡事項を話し始める。


『誰なのか、指で差してくれないか』


 ノートに書いたこの文章をエリュに見せる。

 エリュには憑依された人から出ている魔女のオーラを見る能力がある。今度来た魔女はどの生徒に憑依したっていうんだ? まさか、このクラスのカースト最上位に君臨している池上か? あいつとはまだ距離が生じたままで、俺のことを敵対視している。

「あの方から出ています」

 エリュが指さした相手は生徒ではなく、このクラスの担任である樋口早紀先生なのであった。

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