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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第4章
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第1話『百合』

 5月11日、日曜日。

 俺はエリュと一緒に、2週間前に恵が参加していた『しろつゆ』という漫画のオンリーイベントが開催された会場に来ている。今日もガールズラブの漫画を頒布するイベントが開催されるため、恵のサークル『パイオン』の売り子に駆り出されたわけだ。結衣は女子テニス部の練習があって来ることができない。

 午前10時半。金曜日に渡されたサークル入場券を使って、俺とエリュはイベント開始前の会場に入る。イベントが始まっていないので、さすがに落ち着いているんだな。

 サークル『パイオン』のスペースに行くと、そこにはテーブルに頒布する本を並べている恵の姿があった。

「今日もよろしくね! 結弦君にエリュさん!」

「はい! 結弦さんがいればすぐに完売ですよ!」

「俺頼みかよ……」

 まあ、2週間前のイベントでは俺達が協力して同人誌は完売することができた。その実績があって俺とエリュに頼んだのだろう。

「結弦君はとてもイケメンだからね。このイベントは女性がたくさん来るから、結弦君がいれば完売できると思って、この前の倍刷ってきたわよ」

「おいおい、かなり売れ残る結果になっても俺は責任取れないからな」

 百合漫画を売るために、男の俺に頼るというのも何とも言えないな。

「大丈夫、完売できるから。それに、この本には百合への愛情が詰まってるから。この前のアンネ・ローザとエリーゼ・ヴィオレットの2人の魔女を見て構想を思いついたから」

「確かに、アンネとエリーゼは互いに好き合っていたもんな……」

 そこから構想を得て、僅か1週間でこうして製本まで辿り着くんだからたいしたものだ。俺には絶対にできない。昔はよく1人だったこともあって絵は描けるけれど。

 頒布する漫画を読ませてもらうと、片方の女性が幼なじみの女性に、過去に大切な人を自殺に追い込んだ恨みとそれに反して恋心もどんどん膨らんでいく……という物語。アンネとエリーゼの関係から構想を練ったことが頷ける。

「本当は結衣に来てもらって、エリュさんとイチャイチャシーンの実演して欲しかったんだけど……まあ、結衣は部活があるから仕方ないわよね」

「まったく、何をさせようとしていたんですか!」

 エリュの顔は真っ赤っかである。

 そんなエリュの服装はゴールデンウィークに遊園地へ出かけたときと一緒で、白を基調としたワンピースを着ている。吸血界で発売された日焼け止めのおかげで、ちょっと肌の露出が多めの服を着ても、日傘を差さずに過ごすことができている。

「というわけで、今日の頼みの綱は結弦君しかいないのよ。だから、よろしくね!」

 肩を叩かれてウインクをされても、ね。まあ、俺のできることを精一杯頑張って、完売できたら恵に缶コーヒーの1つでも奢って貰おう。

 そして、午前11時。

 イベントが開始されると入り口の方からたくさんの参加者が入ってきた。恵の言うように、男性もいるけれども女性の比率がかなり高い。

「結弦君は私の隣の席に座ってて。あと、爽やかに笑ってて! あと、エリュさんは行列ができたときの対応をお願いね」

「分かりました!」

「分かったから興奮するな」

 イベントが始まって早くも気持ちが高ぶっている恵。百合の漫画も面白いと思うけれど、まだそこまでハマっていない俺にはついていけない。のめり込んでしまうと、恵と同じ調子で盛り上がることができるのだろうか。

 俺は恵の隣に座ると、恵の言った通り女性の参加者がこちらの方に集まってきたぞ。

「サークル『パイオン』の頒布本をお求めの方はこちらに2列で並んでください」

 エリュのきびきびとした働きのおかげで、『パイオン』の前には綺麗な2列の待機列ができている。その列はほとんど女性でできている。これなら、恵の強気に刷った量も完売できるかもしれない。


「この本はあなたが描いたんですか? とてもお上手ですね!」

「いえ、描いたのは隣にいる彼女です」


「あなたも百合にのめり込んでいるんですか?」

「いえ、隣の彼女に布教されているところです。百合は素敵だと思っています」


「百合が大好きなんですけど、あなたを見た途端、百合よりもあなたが好きになっちゃいました!」

「その気持ちは嬉しいんですが、俺には大切な存在がいますので。ごめんなさい。ただ、百合はこれからも好きでいてください」


 女性の方が本を買ったとき、結構な確率で僕に対して質問が来るんだけど。本の制作者でありサークルのメンバーは隣にいる恵なんだぞ。俺は単なる売り子さんで。あと、時々、列を整理しているエリュから送られてくる視線が恐い。夜モードならまだしも、昼モードの穏やかなエリュなのに。

「ありがとうございました! もし良かったら、Twitterで感想聞かせてくださいね!」

 基本、恵はそう言うだけである。

 多く刷った本は順当に減っていき、残り10冊を切ったところで、

「あっ、買えそうで良かった。……って、椎原君と灰塚さん?」

 樋口先生が並んでいたのだ。そういえば、先生は2週間前の『しろつゆ』のオンリーイベントではコスプレ参加していたな。作中に出てくる高校の制服を着ていたっけ。

「こんにちは、先生」

「こんにちは。結構並んでいたから、きっと面白い本が頒布されているんだと思って並んでみたんだけど、灰塚さんのサークルだったのね。パイオンか」

 覚えておこう、と樋口先生はパンフレットに何やら書き込んでいる。樋口先生は百合の漫画が好きだもんな。

「1冊ください」

「ありがとうございます、先生。500円になります」

「はい、500円。それで、この本は2人のどっちが描いているの?」

「私の方です。椎原君は売り子さんをお願いしているんです。彼のおかげで女性のお客さんがたくさん来ていますよ」

「椎原君、かっこいいもんね」

「何故か分かりませんが、俺ばっかりお客さんに話しかけられる事態になってます。特に女性の方からは」

 そういうものなのかな、一般的に。俺のイメージだと見本誌を見て、面白いと思ったら1冊くださいと言って購入して終わりのような気がするんだけど。しかも、こんなに並んでいるようなサークルでは。

「結構面白そう。家に帰ったら早速読むよ。明日、学校で感想を言うね」

「ありがとうございます。楽しみにしてます」

「それじゃ、また明日ね。椎原君も売り子さん頑張ってね」

「はい。あとちょっと頑張ります」

 これはもしかしたら、恵のサークルの売り子を任されたときには、必ず樋口先生が現れた方が良さそうな気がするな。特に百合に関連するイベントの場合は。

 そして、先生が来てから程なくして、サークル『パイオン』の頒布する本は完売した。まさか、恵の言うとおりになるとは。

「ありがとう、結弦君」

「ああ。恵もお疲れ様」

「完売できたんですね! おめでとうございます!」

「ありがとう。エリュさんの列整理のおかげで、終始、何の問題も無く本を売ることができたわ。本当にありがとう」

「いえいえ。参加された皆さんのマナーが良かったからですよ」

 エリュの言うとおり、終始、穏やかだったのは参加している人のマナーが良かったのも1つの理由かも。

 今の時刻は午後1時過ぎ。恵が他のサークルに遊びに行ったので、俺はエリュと一緒にゆっくりとお昼ご飯を食べようと思ったんだけど、エリュに俺が女性客と何を話していたのか問い詰められ、結局、昼食を食べることのないままイベント終了の午後2時を迎えてしまったのであった。

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