エピローグ『スイート』
いい匂いがする。何かに包まれているような。
ゆっくりと目が覚める。
「……あれ」
確か、リビングのソファーで寝ていたはずなのに、背中に感じている感覚が違う。そして、
『すぅ……』
左右から女の子の寝息が聞こえる。
確認すると、左側にエリュ、右側に結衣が俺に寄り添いながら寝ていた。昨晩とは違って寝間着姿であることと、髪からシャンプーの香りがするということは二人とも一度、目が覚めたってことか。
「しかし、俺をよくここまで連れてきたな……」
エリュの力を使えば容易に運べたりするのかな。
というよりも、ベッドの横に布団を敷いて川の字で眠ろうと考えたな。そこまで俺と一緒に寝たかったのかな。エリュは普段一緒に寝ているし、結衣は俺のことが好きだし。というよりも、よく一枚の布団で三人収まったな。その影響か、体の密着度が凄いことになっているけれど。
「まさか、こんな朝を迎える日が来るとは思わなかったよ」
一年前。十五歳の誕生日を迎えたとき、俺が女の子と一緒に寝るなんて想像もしていなかった。まさか、そのうちの一人が吸血鬼の女の子だなんて。
薄暗い中、部屋の時計で時刻を確認すると、針は午前八時を指していた。日を跨いだぐらいまで起きていたのは覚えているから、少なくても七時間は眠っていたのか。うん、ぐっすりと眠れた。
「ふああっ……」
「もう朝なの……?」
そう言って、エリュと結衣は目を覚ますとゆっくりと体を起こした。
「おはようございます、結弦さん、結衣さん」
「おはよう、結弦、エリュさん」
「おはよう、エリュ、結衣。起こしちゃったかな」
「いえいえ、いいんですよ。私達こそリビングのソファーで寝ていた結弦さんを、勝手にここまで連れてきてしまってすみませんでした」
「私達と一緒だったからよく眠れなかったとかなかった?」
「……いや、特には。むしろ、今まで一度も起きなかったし。二人のおかげでぐっすりと眠ることができたよ」
やっぱり、布団の上で眠るのが一番だ。ソファーで寝続けていたら、きっと夜中に起きてしまっていたんじゃないかと思う。
「二人が頑張ってここに連れてきてくれたの?」
「結衣さんが布団を敷いてくださって、私がちょっと力を使って結弦さんをここまで連れてきたんです」
「なるほどね」
それじゃ、全く気付かないわけだ。
「ってことは、二人で俺の作った夕食を食べたの?」
「ええ。ほとんど同じタイミングで起きたからね。まずは結弦をここに寝かせて、その後にエリュさんと一緒に夕食……というか夜食を食べたわね。とても美味しかったよ」
「そっか。それなら良かった」
一緒に食べることができなかったのが心残りだけれど、美味しく食べてくれたのなら十分だ。
「でも、最初は三人で食べようっていう話だったから、ちょっともったいなかったかな」
「では、結衣さんも私達と一緒にスイーツ巡りをしませんか? 結弦さん発案なんですけれど」
「スイーツ巡り? 結弦から?」
結衣はちょっと驚いているようだった。なんだ、俺ってスイーツ好きっていうイメージではないのか?
「今日もお休みなのでどこかにお出かけしようかという流れから……」
「そうなんだ。てっきり、エリュさんからだと思ってた。昨日もチョコを食べているときに凄く嬉しそうな表情をしていたから……」
「実は結弦さんだったんです」
エリュがチョコを食べているときの表情を見てみたかったな。でも、またあのチョコを食べさせたらどうなるか分からないので、それを口にするのは止めておこう。
「エリュがいいって言うなら、俺は結衣と一緒で構わないけれど」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。私も一緒に行こうかしら」
「では、三人でスイーツ巡りをしましょう!」
エリュは結衣と一緒に行くことになって、とても嬉しそうだった。
俺達は朝食を食べた後、スイーツ巡りに出かける準備をする。
エリュと結衣は吸血界から持ってきたというお揃いの桃色のワンピースを着ていた。また、エリュの日焼け止めは結衣に塗ってもらったとのこと。
そして、俺達はマンションの外に出る。
今日も空は快晴だ。絶好のスイーツ巡り日和だな。
「さあ、今日は食いまくるぞ!」
豊栖市に引っ越してから一ヶ月余りの中で目を付けたスイーツ店にどれだけ行くことができるか。そこが今日のポイントになる。
「結弦、気合いが入っているわね……」
「当然だよ。GWのどこかでは今日みたいな日を作るって考えていたくらいだ」
「筋金入りのスイーツ男子なのね。そういうところ私、好きだよ」
「わ、私だってスイーツ好きなところは素敵だと思いますっ!」
結衣が好きだと言った瞬間、エリュはムキになった。酔っ払っているときならまだしも、素面のときにこんな反応を見せるなんて。もしかして、エリュは俺のことが好きだったりするのだろうか。
「ねえ、結弦。まずはどこから行くの?」
そう言って、結衣は俺に腕を絡ませてくる。
「私は結弦さんについていくつもりですよ。どこでもお供します」
まるで結衣に対抗するように、エリュも俺に腕を絡ませてきた。
右に結衣。左にエリュ。両手に花というのはまさにこういうことをいうかもしれない。両側から二人の柔らかな感触と女の子の甘い匂いを感じる。
「行く店はだいたい決めてある。二人とも、今日は俺についてこい」
今日、行こうとしている店はリストアップしておいた。きっと、二人にも満足してくれるスイーツ巡りになると確信している。
「それじゃ、行くか」
そして、俺達はスイーツ巡りに繰り出した。
どの店でも、エリュも結衣も満足そうにスイーツを堪能している。そんな彼女達を見て、きっと一人で巡っていては感じることのできない喜びを感じている。三人でスイーツ巡りをして正解だったようだ。
ただ、そんな中、思うことがあった。
俺達は何時まで、このような時間を過ごすことができるのか。特に吸血鬼であるエリュとは。いつかは今のような日々が送れなくなることは分かっている。分かっているけれど、やっぱり切なくて寂しい。
「ふえっ、結弦さん?」
「結弦……?」
気付けば、俺は二人の手を自分から掴んでいた。
「俺から離れないでほしい」
そして、気付けば想いが言葉に乗っかっていた。
「何を言っているんですか、結弦さん」
「ついてこいって言ったのは結弦の方じゃない。離れるわけないでしょ。ね、エリュさん」
「もちろんです。結弦さんこそ、一緒にいてくださいね」
エリュと結衣の笑顔はとても煌びやかだった。俺はきっと、今のような表情をずっと見ていたいんだと思う。その証拠に今、ほっとしている。
「もちろんだ。二人の側にいるよ」
俺がそう言うと、エリュと結衣の頬がほんのりと赤くなった。そして、二人から伝わってくる熱が若干上がった気がする。
本当にこの一年……いや、この一ヶ月ほどで俺は変わった。
まさか、一人でいることが寂しさを覚えるようになるなんて。エリュと結衣がいなくなると想像するだけでこんなにも切ない気持ちなるなんて。
そう、俺はきっと……何時しか二人が特別な存在になっていたんだ。そんな二人に対して抱いている気持ちを一言で表すとするなら。
――愛。
これ以外には考えられないだろう。
「何を笑っているの、結弦」
「……何でもないよ。ただ、スイーツがたくさん食べられて嬉しいだけだ」
「結弦さんが一番食べていますもんね。ふふっ、可愛いです」
「まだまだ食べるぞ。エリュも結衣も何か食べたいスイーツがあったら遠慮なく言ってくれ」
二人の食べたいスイーツも気になるから。
そして、その後も三人でスイーツを食べまくって、高校最初のゴールデンウィークは幕を閉じたのであった。
第3章 終わり
第4章に続く。




