第12話『ガールズナイト』
「んっ……」
あたしの意識で目覚めるなんて珍しい。普段はもう太陽が出始めた後だから、あっちのあたしになるから。
ベッドの所にある置き時計で時刻を確認すると、今は午前三時。これじゃ、まだまだ外が明るくなるのは先だ。
そういえば、あたし……昨日の服のままで寝たんだっけ。ううん、正確に言えばいつの間にか意識を失っていた。確か、眠る直前に結衣さんと一緒に泣いていた気がする。
「すぅ……」
結衣さんはあたしの隣で気持ち良さそうに寝ている。ふふっ、結衣さんの寝顔って結構可愛いのね。あ、あたしの寝顔も結弦に見られていたりしているのかしら。そう思うと体中が熱くなる。
「……シャワーでも浴びようかな」
結衣さんを起こさないよう、静かに廊下へと出た。
すると、リビングの電気が点いていることに気付いた。まさか、結弦……あたしや結衣さんが起きるのを今でも待っているのかしら。
そっとリビングに行ってみると、そこには寝間着姿でソファーに座ったまま眠っている結弦がいた。眠っている結弦の顔は意外と可愛いらしいのね。普段はその、かっこいい方だから。これが所謂ギャップっていうやつなのかしら。
そして、そんな彼の側にあるテーブルの上には、コーヒーの汚れが付いているマグカップがあった。コーヒーを飲みながら、あたしや結衣さんが起きるのを待っていてくれたんだ。凄く嬉しい。
「……あれっ」
嬉しい気持ちと同時に、胸がきゅん、ってなった。これまでも結弦と一緒にいると時々、こんな感じがしたけれど、今のが一番強かった。
「結弦……」
ずっと、そうなんじゃないかって思ってる。
結弦と一緒にいると嬉しくて、落ち着いて、今みたいに胸が高鳴って。体が熱くなることもあって。
今みたいにあたしと二人きりだと凄く嬉しくて、他の女の子がいると嫌な気分になることがあって。特に、結衣さんみたいに、結弦のことが好きな女の子と一緒に話していると不安になることもあって。
昨日、アンドレアさんから貰ったチョコを食べて、酔っ払ってしまったことの記憶だってある。悔しくて、結衣さんのことが羨ましく思うこともあった。
「そういえば、あたし……結弦から口づけしてもらったこと、なかったな」
リーベを追い出すため、という理由があったにしても、結弦から口づけをしてもらった経験のある結衣さんがいいな、って思うようになってしまった。
どうして、そんなことを思うのかって?
だって、あたしは――。
「結弦、好きよ」
あたしは眠っている結弦にそっと口づけをする。とある物語のように、口づけで目が覚めてしまわないように気をつけながら。
「……エリュ、さん?」
「……!」
結衣さんの声がしたから、驚いた。でも、結弦が起きてしまわないようにと声を必死に抑えた。
廊下に続く扉のところに結衣さんが立っていた。
「物音がして目が覚めたの。そうしたら、寝室のベッドに寝ていることに気付いて。廊下に出たらここの電気が点いているから見にきたんだけど……」
「えっと、こ、これは……」
恥ずかしい。物凄く恥ずかしい。結衣さんに見られてしまった。あたしが眠っている結弦に口づけをした瞬間を。
「……別にいいよ。やっぱりそうだったんだ、っていう感じだし」
「結衣さん……」
どうして、あなたはそんなに笑顔でいられるの? 好きな結弦に他の女が口づけしているのを見たのに。どうして、あなたは私に微笑んでくれるの?
「結弦を起こしちゃいけないから、寝室で話しましょう?」
「ええ……」
明かりを消して、結弦が起きないように、そっとリビングを出た。
寝室に戻り、ベッドに腰を下ろす結衣さんの隣に座った。
「……何時から、あたしが結弦のことが好きだって思ったの?」
「アンネのことについて動き始めたときぐらいかしら」
「……そうなの。さすがは結衣さん、だわ。結弦のことがその……お、男として気になり始めたのが、リーベのことが解決したときくらいだもの」
そう、リーベに殺されそうになったとき、身を挺してあたしのことを守ってくれたり、結衣さんに口づけをしたところを見て嫌な気分になったり。その頃からきっと、結弦のことが好きに始めていたんだと思う。
「結弦は優しくて、かっこよくて、でも、周りのことばかり考えていて。明確にこういう理由で、とは言えないんだけれど、気付いたら気になってた」
「……そうなの。それが恋心まで発展したと」
「うん」
「私と同じだ」
結衣さんは爽やかな笑みを浮かべながらそう言った。
「同じじゃないわ。だって、結衣さんは好きだっていう気持ちを結弦に伝えているじゃない。あたしはそんなの全然……むしろ、恥ずかしくて否定してばっかりで……」
結弦にどう反応されるのかが怖くて、自分の気持ちを結弦に打ち明けられずにいる。昨日は酔っ払って、結弦のことで結衣さんと言い争いになってしまったけれど、そのことで結弦があたしの気持ちに気付くかどうか分からないし。
「結衣さんは凄いわ。一度振られたのに、今でもこうして結弦と接しているんだもの」
「褒められているのは分かるけれど、振られた事実を言われるとちょっと複雑な気分」
あははっ、と結衣さんは苦笑いをした。
「……でも、私はエリュさんと同じ場所にいると思っているよ。結弦のことが好きだっていう気持ちを持っている、っていう意味でね」
「結衣さん……」
「……エリュさんとはライバル同士ね。結弦を巡って」
ライバル、という言葉を聞いて、ようやくあたしは結衣さんと同じところに立っているんだと実感する。
けれど、そんな結衣さんよりもあたしを選んでもらえる自信がない。結衣さんの心はとても強くて、その……スタイルだって凄くいいし。
「エリュさんが結弦と一緒に暮らしていても、私は私のペースで結弦と接していくわ。そして、いつかは改めて結弦に告白する」
「あ、あたしだって。今はまだ結弦に告白する勇気は出ないけれど、でもいつか絶対に結弦に告白するんだから。だから、油断しないでよね」
今のあたしにできることは、強がりを言うことだけだった。
「当たり前じゃない。だって、一緒に住んでいるんだし。昨日も言ったけれど、現時点で二人は結構親しい感じに見えるし」
「でも、それって結衣さんにとってハンデになるんじゃ?」
結弦と一緒に暮らしている、という一点だけでも、結衣さんとライバル関係であると言ってしまっていいのか疑問に思う。
「……何言ってるのよ。私のことを甘く見ないでよ。例え、エリュさんが一緒に住んでいることがハンデだとしても、それをひっくり返すのが楽しいんじゃない。それに、この時点で色々考えたところで、結果なんて絶対に分からないわ。その時にならないと、ね」
あたしの懸念を笑顔で一蹴されてしまった。さすがにテニスをやっているだけあって、どんな環境下でも、勝負事には真っ直ぐに取り組む姿勢が伺える。
「だから、お互いに正々堂々と頑張りましょう。ね?」
「……ええ、そうね。あたしはあたしなりに頑張ってみる」
「うん。それが一番いいよ」
結衣さんの笑顔につられて、私もつい笑ってしまう。きっと、あたしは結衣さんが結弦の恋人になってもきっと、今みたいに笑顔を振りまくことができる気がする。当然、悔しい気持ちや悲しい気持ちは抱くと思うけれど。これがライバルっていうものなのかしら。
「そういえば、エリュさん。何かあってリビングにいたんじゃない?」
「……あっ、シャワーを浴びるつもりだったんだ」
口づけを結衣さんに見られた衝撃で、すっかりと本来の目的を忘れてしまっていた。
「そうだったんだ。ごめんなさい。結弦のことだからつい話し込んじゃって」
「いいのよ、気にしないで。……じゃあ、シャワーを浴びてくるわね」
「うん、いってらっしゃい」
あたしは手を振る結衣さんに、小さく手を振って、寝室から出る。
更衣室に行き、扉を閉めたところで、
「……はあっ」
思わずため息が漏れた。
――あたしは結弦のことが好き。
その気持ちに正直でありたくて、この恋心を成就させたい気持ちもある。けれど、吸血鬼であるあたしがそんなことをしてしまっていいのか。
ねえ。
あなたはあたしのことをどう想っているの?




