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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第3章
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第11話『YOU』

 夕ご飯の準備をしようと思っていたけれど、ギターを寝室に戻し忘れていたことに気付いた。

 台所からリビングに戻るとエリュと結衣が美味しそうにチョコを食べていた。羨ましいけれど、俺は夕食後の楽しみにとっておくと決めたんだ。

 ギターと結衣から貰ったピックを持って寝室に行く。

「今日は最高の一日だったなぁ」

 エリュと一緒に遊園地に行って。

 結衣にピックを貰って。

 二人の前で俺の大好きな音楽を届けて。

 きっと、今後もなかなか越えることのできない素敵な誕生日になった。エリュや結衣にはあの演奏だけではまだまだお返しが足りないほど感謝している。

「よし、これで大丈夫かな」

 ギターとピックをケースに入れ、寝室から出ようとしたときだった。

「……結弦さぁん」

 俺を呼ぶエリュの声が聞こえる。しかし、それは普段よりも甘い声色。

 扉が開くとそこには頬を赤くして、とろんとした目で俺を見るエリュが立っていた。

「どうしたんだ、エリュ。お腹が空いたんだったら、すぐに夕飯を作るから――」

「結弦さぁん!」

 すると、エリュは勢いよく抱きついてきた。その衝撃で俺は尻餅をついてしまう。

「結弦さん……いい匂いです。もう、このままの状態でずっといたいです……」

 そう言って、エリュはすりすりぃ、と言いながら俺の胸で頭をすりすりしてきた。どうしたんだ? さっきまでのエリュと様子が違うぞ。

「エリュ、どうしたんだ!」

 エリュの両肩を掴んで、俺から彼女の体を離す。

「チョコを食べたら、急に気分がふわふわしてきちゃって。気付いたら結弦さんとこういうことをしたくなっちゃって」

 えへへっ、と言ってエリュは再び俺のことを抱きしめてきた。

 チョコを食べて、ってことは……アンドレアさんから貰ったチョコにはアルコールが入っていた可能性が高い。酒入りチョコは普通にあるから。

 念のために彼女の口元の匂いを嗅いでみると、チョコの甘い匂いとともにアルコールの匂いがした。やっぱり、酒入りチョコで酔っ払ったんだ。

「結弦さんはぁ、私が誕生日プレゼントだと言ってくれましたよね……? 私はずぅっと結弦さんのお側にいますから、結弦さんもずぅ……っと私の側にいないと駄目なんれすからねぇ」

「あああっ! やっぱりここにいたっ!」

 結衣の大きな声が寝室に轟く。そういえば、結衣もアンドレアさんからもらったチョコを食べていた。じゃあ、彼女も――。

「私のいない間に何いちゃついているのよ! 結弦は私のものになるんだから!」

 そう言うと、結衣は俺からエリュを引き離して、俺のことを抱きしめてくる。その際に、彼女からもチョコとアルコールの匂いが感じられたから、やっぱり結衣もチョコで酔っ払っているんだ。

「何をするんですかっ! 結弦さんは私のパートナーなんですっ! 今は人間と吸血鬼という意味でのパートナーですが、いずれはアンドレアさんの言うように、結弦さんと男女としての、パ、パートナーになるつもりなんですからっ!」

「聞き捨てならないわね! 結弦は私の恋人になるんだから! いくらエリュさんでも結弦だけは絶対に譲れない!」

 そして、エリュと結衣は頬を膨らまして互いのことを睨み付けている。まさか、二人とも酔っ払うとこんな風になるとは。まあ、俺のことだけに限るかもしれないけれど。

「二人とも、ちょっと落ち――」


「結弦は黙ってて!」

「結弦さんは黙っていてください!」


「す、すみません」

 エリュと結衣を止めようとしたけれど、二人の迫力に負けてしまった。

 もう、酔っ払ってしまったのは仕方ないから、二人が落ち着くまで待つしかないのかな。

 しっかし、結衣はまだ分かるけれど、エリュがこんなに俺のことでムキになるとは思わなかった。それほどに俺のことがパートナーとして大事なんだろうな。もしかして、今日一日を通して、結衣と同じような感情を抱いていたりするのかな。

「結弦さんは私のことをプレゼントだと言ってくれたんですっ! それは私のことを受け入れてくれた証拠ですもん。それに、私は結弦さんの血がないと生きていけないんです。結弦さんとは運命共同体なんですっ! それに、結弦さんと口づけしましたし」

「私だって結弦と口づけしたわよ? あなたよりも先に。しかも、結弦から! もし、結弦のことが好きだとしても、私の方が結弦のことを好きだと思う時間は長いし、結弦との付き合いだって長いんだからっ!」

「……私だって!」

 エリュはそう言ったところで、何故か急にはっとした表情になって両手で口を押さえた。何があったんだろう。

 そして、エリュはこほんっ、と可愛く咳払いをして、

「結弦さんにどっちがいいか決めてもらいましょう、結衣さん」

「そうね。何時までも言い争っていても仕方ないわね。ここは結弦に決めてもらいましょう」

 エリュと結衣は俺のことを、不機嫌な表情をしながらも見つめてくる。

「結弦は!」

「どっちがいいんですかっ!」

 俺の視界が二人の顔で包まれている中で俺は問いただされる。

 エリュと結衣、どちらの方がいいのか。

 いきなりそんなことを訊かれても、急に答えられるはずもない。こういうことこそじっくりと考えて決めるべきだと思う。エリュも結衣も大切な女の子だと思っているけれど、それ以上の感情はまだ持っていない。

「……ごめん。どっちがいいとかはまだ決められない。二人はとても素敵な女の子だと思うよ。でも、そんな不機嫌な顔をして訊かれたらどっちも選ばないかなぁ。俺はもっと二人が笑い合っている姿が見たいよ」

 俺は二人の笑顔がとても可愛らしいことを知っている。だからこそ、もうこれ以上、今のような不機嫌な表情をしてほしくなかった。今の話の内容を聞く限りでは俺にも原因があるから、そんなことを言える立場ではないんだろうけど。

「それにさ……そんなに大声で喧嘩すると、ご近所さんに迷惑になるからいい加減に止めなさい」

 これ以上ヒートアップしてしまったら、ご近所さん迷惑になりかねない。

 俺が注意すると、エリュと結衣は急に大人しくなって、涙目になった。

「うううっ、ごめんなさい、結弦さん……」

「もう二度とエリュさんと喧嘩しません……」

 二人はそう言うと泣き出してしまった。酔っ払っているからか、感情の起伏が普段よりも数段に激しくなってしまっているようだ。経緯はどうであれ、女の子を泣かせてしまうとは……かなり心が痛むな。

「分かってくれればいいから」

 そう言っても、二人が泣き止む気配は全くなかった。俺にきつく言われたのがショックだったのかな。

 俺は二人の頭を優しく撫で続ける。

 すると、二人は次第に泣き止むけれど、酔いに加えて泣いたことでの疲れで眠気が一気に襲ってきたのかそのまま眠ってしまった。

「寝ちゃったか……」

 俺はエリュと結衣をベッドに寝かせ、布団を掛ける。

「おやすみ。エリュ、結衣。本当に今日はありがとう」

 寝室の明かりを消して、リビングに戻る。

 リビングのテーブルの上には開けられていたチョコの箱と、広げられていた銀紙が二枚あった。

「あれを食べて二人は酔っ払ったのか」

 一粒だけで酔っ払ってしまうほど、アルコールが強いのか。それとも、二人がアルコールに弱いのか。

「……まずは夕ご飯を作ろう」

 二人がいつ起きるか分からないし、三人分ちゃんと作っておかないと。

 俺は三人分の夕食を作って、一人でテレビを見ながら夕ご飯を食べた。一人で食べるのは久しぶりだから寂しく思えた。今夜は三人で食べようと言っていたから尚更だ。

 そして、夕食後のコーヒーの時間に例のチョコを食べてみた。最初に優しい甘さが感じられて、その後にアルコールがチョコの甘みを包み込んでいく。酒入りチョコを何度も食べたことがある俺は体がちょっと温かくなるくらいで済んでいるけれど、これでは二人があんな風になってしまうのは仕方ない、か。

「……風呂にでも入って、寝るか」

 今日は遊園地に行って疲れたし、風呂に浸かってすぐに寝よう。さすがに寝室では寝られないからソファーで寝るか。

 風呂に入って眠気が襲ってきたので、ソファーでも普通に眠ることができると思っていたけれど、全然眠れない。今日はいつもよりもコーヒーを多く飲んだ所為なのか。それとも、隣にエリュがいないからなのか。

 今までは一人で過ごすことが全然苦じゃなかった。むしろ、好きだった。

 でも、気付けば一人で過ごすことが苦手になりつつあった。きっと、これもエリュがきっかけなのだろう。

「……コーヒーでも飲むか」

 エリュや結衣がいつ起きても大丈夫なように。彼女達のことを待っていたい。

 しかし、結局……二人が起きることのないまま、俺の十六歳の誕生日は静かに終わったのであった。

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