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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第3章
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第9話『プレゼント-前編-』

「へえ、ここが結弦の家なんだ」

 俺の家に来るのが初めてだからか、結衣は家に上がると興味津々な様子で家の中を見渡している。

 リビングに通すと結衣は急に立ち止まり、持っていたショルダーバッグから白色の小さな紙袋を出した。

「はい、誕生日プレゼント」

 そして、結衣は紙袋を俺に渡す。

「ありがとう。何が入っているの?」

「開けてみてのお楽しみ」

 ここまで小さくて薄い感じだと、逆に何が入っているのか想像できない。何かのチケットとかなのかな。

 紙袋を開けて、掌の上に中身を出してみると、黒いギターのピックが一つ出てきた。

「おっ、ピックだ。俺がギターを弾くのを知ってたんだ」

「だって、入学直後にギターを持って学校に来てたじゃん。一回だけだけど」

「軽音楽部があるって聞いて行こうとしたら、部員数が少なくて廃部になっていたからな。そういえば、あの日だけだったか」

 廃部であることを知ったときの悲しみといったら。家で弾けばいいと思って、翌日からギターを学校に持っていくのを止めた。

 父さんが趣味でギターをやっていて、俺も小さい頃から家に一人でいたときは、よく父親のギターを弾いてみて遊んでいた。中学生くらいの時に小遣いを貯めてギターを買って、そのギターは俺の寝室にある。

「へえ、結弦って音楽できるんだ。まあ、そんな雰囲気はあるけれど」

「まあ、アコースティックで自分の好きな曲を自由に弾くくらいだよ」

「そうなの。じゃあ、結弦の好きな曲を弾いてみてよ。どんな感じか聴いてみたいし、ギターを弾く結弦の姿も見てみたいし」

「いいわね。そのピックを使って弾いてくれると嬉しいな」

 気付けば、俺がギターを弾かなければならない空気になっていた。まあ、父さん以外の人を前にしてあまり弾いたことがないから緊張するけれど、今は久しぶりに弾いてみたい気持ちの方が強い。

「じゃあ、ソファーに座って待ってて」

 そういえば、豊栖に引っ越してきてからギターをまともに触るのはこれが初めてだな。久しぶりで指が鈍っていなければいいんだけれど。

 俺は寝室に行き、アコースティックギターを持ってリビングに戻る。

「あら、なかなか様になっているじゃない」

 たすき掛けのようにベルトをすると、エリュからそんなコメントを頂く。

 俺は結衣からプレゼントされたピックを使って、練習のつもりで軽く弾いてみる。

「……うん。使いやすいな。いいピックだよ、ありがとう」

「そっか。嬉しいな」

 結衣は嬉しそうな笑顔をしている。

 エリュと結衣にどんな誕生日プレゼントのお礼をしようかと思っていたけれど、その一つとして二人に音楽を届けよう。そして、二人にとって素敵な時間になれるように。

「エリュは今日、俺に楽しい時間を過ごさせてくれてありがとう。結衣も長い時間待って、俺にプレゼントをくれてありがとう。そんな二人にささやかなお礼をしたいと思います。ご近所さんがいるから歌えないけれど、インストゥルメンタルの曲を聴いてください」

 そして、俺は結衣からプレゼントで貰ったピックを使って、音楽を奏でる。

 一ヶ月以上もギターに触っていなかったけれど、弦を弾く感覚と、そのことによって聞こえてくる音。やっぱり、この感じは大好きだ。

 エリュがいなかったら、今のような時間を味わうことができなかったかもしれない。結衣がこのピックをプレゼントしていなかったら、ギターを触るのは遠い未来になっていたかもしれない。

 今、この瞬間に好きな音楽を楽しく弾けていることがとても嬉しかった。それも、エリュと結衣という最高なオーディエンスの前で。

 一曲弾き終わると、エリュと結衣は満足そうな表情をして拍手をしていた。

「……最高のお返しね、結弦」

「ピックをあげて良かったというか。結弦が楽しそうに弾いていたことがとても嬉しい。ていうか、凄く上手じゃない」

「そんなことないよ。二人が楽しんでくれたんだったら、一番嬉しいよ。本当に忘れられない誕生日になった。ありがとう」

 生きる、という当たり前のようなことが、実はとても尊くて価値のあることであると気付かせてくれた二人に、自分の好きな音楽という形で少しでも恩返しができていれば幸いである。

 二人からの拍手が鳴り止もうとしていたとき、廊下からまた別の拍手が聞こえた。

「素晴らしかったです。椎原様」

 そう言って、廊下から黒スーツ姿のアンドレアさんがリビングに入ってきた。

「結弦、こちらの女性は?」

「初めまして。私、吸血界の化粧品会社に勤めているアンドレア・ヴァイスと申します」

 アンドレアさんが自己紹介をすると、吸血鬼であるという事実に驚いているのか結衣は目を丸くして、少しの間言葉が出なかった。

「……きゅ、吸血鬼さんだったんですか。綺麗なお姉さんだなと思ったので、普通に人間の女性だと思っていました」

「ありがとうございます。人間の女性にそう言われると嬉しいですね」

 白く透き通ったアンドレアさんの頬にほんのりの赤みが帯びた。そんな彼女は本当に人間らしい。

「……ええと、名前を言っていなかったですね。藍川結衣です。高校生で結弦のクラスメイトです」

「クラスメイトの藍川様ですか。宜しくお願いします」

「でも、化粧品会社に勤めている吸血鬼さんがどうして人間界に?」

「エリュ様に当社の試作品である日焼け止めのテスターになってもらっていたのです。そして、今日一日使ってみてのアンケートを採りに来たのです」

 そういえば、今日のお出かけは日焼け止めのテストということでもあったんだよな。エリュとの遊園地があまりにも楽しかったので、今の今まで忘れてしまっていた。

「そういえば、日は結構暮れていたけれど、エリュさんはいつもと違って、日傘を差したり麦わら帽子を被ったりしていなかったわね」

「ええ。二人のお出かけをする際に、協力して貰っていたのです。エリュさん、さっそく聞かせてくれますか? 弊社の日焼け止めを使用してみてどうだったのかを」

 そして、アンドレアさんはテーブルに一枚の紙とボールペンを差し出した。

 今日一日、エリュは俺と遊園地で過ごしてどう思ったのか。日焼け止めを塗ったことでエリュは日差しのことを気にせずに楽しく過ごせたかどうか。それらが大事なポイントになりそうだ。

 エリュは静かにボールペンを手に取ったのであった。

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