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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第3章
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第6話『観覧車サンセット』

 お昼ご飯を食べる直前にエリュは昼モードに戻った。

 そして、お昼ご飯を食べて、午後は空中ブランコやゴーカート、フリーフォールな遊園地の定番アトラクションを回った。

 一通り遊んでいたら、日も段々と傾いてきていて、日差しの色も茜色に変わっている。帰る時間に差し掛かってきているので、お客さんの人数も段々と減り始めている。

「だいたいのところは遊んだな」

「そうですね」

「エリュはどこか行きたいところとかある? 一度行ったところでも構わないけれど」

「……では、最後にあそこへ……」

 そう言って、エリュが指さした先にあったのは大きな観覧車だった。そういえば、こんなに存在感があったのに観覧車に行こうとは思わなかったな。

「観覧車か、いいな」

「……実は最後に観覧車へ行こうと決めていたんです。せっかく乗るんでしたら、夕焼けが綺麗なときがいいと思いまして」

「そうだったのか」

 確かにこんなにも晴れている日の夕焼けは綺麗だろう。また、限られた時間にしか味わえないというのが憧れる大きな一つの要素だと思う。

「じゃあ、さっそく行こうか」

「はい」

 俺とエリュは最後の場所として選んだ観覧車へと向かう。

 改めて目の前で見てみると、観覧車の大きさを実感する。近くの案内板によると、一周するのに三十分ほどかかるようだ。これなら十分にゆったりとした時間が味わえそうだ。

 待機列がなかったので、俺とエリュはすぐに観覧車に乗ることができた。そして、互いに向かい合う形で座る。

「……綺麗ですね」

「ああ」

 上がっていく観覧車からは広大な景色が見えている。俺とエリュが住んでいる豊栖市の方に目を向ければ遠くの方に町並みが見える。そして、反対側の方を見れば意外と近くに夕焼けに照らされている山があり、その景色もなかなか綺麗だ。

「今日はここでたくさん遊ぶことができました」

「そうだな。途中、夜のエリュになっていたけれど」

「お、お化け屋敷の時ですよね。それは暗かったからですよ」

 そういえば、お化け屋敷以外ではエリュは昼モードだったな。

「なあ、エリュ。お化け屋敷の時の記憶ってある?」

「……ありますよ。途中、幽霊役のバイトの女性が私達に嘆いていましたよね。あれが一番恐かったです……」

 エリュは苦笑いをしながらそう言った。

「どうして、そんなことを訊くんですか?」

 不思議そうにするエリュは首をちょっと傾げる。

 今は俺とエリュ以外に誰もいないから、思い切って訊いてみよう。

「……いや、前にも言ったことがあるかもしれないけどさ」

 俺は時折、エリュについてこう思っているんだ。


「エリュってさ、二重人格じゃなくて……二人が同じ体に入っているんじゃないのかな、と思ってて」


 俺の考えすぎかもしれないけれど。

「仮に俺の言ったとおりでもさ、エリュとはこれまでと変わらずに付き合っていくつもりだけれど」

 事実がどうであろうとも、俺の目の前にいる少女がエリュ・H・メランであることに変わりはないのだから。

 そして、当の本人であるエリュは、

「……もう、面白いことを言いますね、結弦さんは」

 くすくすと笑っていた。特に動揺している様子もないから、同じ体の中に二人の意識があるっていう俺の推測は間違いだったのかな。

「いや、エリュのことを見ていると、時々、一つの体に二人分の意識があるのかなと思ってさ。もしそうだったら、夜のエリュにも楽しかったぞ、って伝えてほしいと思って」

「そういうことですか。二人いるんじゃないの、って言われたときは何を言っているんだろうって思いましたよ」

「……あははっ、ごめんな。変なことを言っちゃって」

 俺の考えすぎだったか。仮に二人いたとしても、どうして一つの体に二人の人格が入り込む必要があるのか分からないし。このことについてはあまり考えないようにしよう。

 何だか変な空気にしてしまったので、別のことを離そう。

「実は、この遊園地に来たとき……何だか懐かしい感覚があったんだ」

「懐かしい?」

「ああ。ここが初めてじゃないっていうか。そんな感じがして。それで、今日一日……エリュとここで遊んでさ、思い出したんだよ。俺、小学生くらいの時に家族でこの遊園地に来たことがあったんだよ」

 母さんが生きていた頃に一回だけ、家族でこの遊園地に遊びに来たことがあった。懐かしさや安心感があったのはそれが要員だったんだ。

「そうだったんですか。当時のことを思い出したりしました?」

「……ああ、朧気にだけれど。ジェットコースターに乗れるんだって強がって、いざ乗ったら気持ち悪くなって。死んだ母さんに介抱してもらってさ」

「今日の結弦さんみたいですね」

「あんまり成長してないな。十年近く経っているのにな」

 ただ、当時は絶叫系マシンにそれ一回きりだったけれど、今回はフリーフォールも乗って気持ち悪くならなかったからちょっとは成長しているはずだ。

「ああ、あと……途中で迷子の女の子がいて、案内所まで連れて行ってあげたな。俺と同じくらいの女の子だったかな……」

 どんな顔だっただろう。そこがあまり思い出せないんだよな。その女の子の手を引いて、案内所に連れて行ったから。確か、普通に黒い髪で――。

「……あぅ」

 エリュの微かな喘ぎ声が聞こえたので彼女の方を見てみると、彼女は顔を真っ赤に染めていて、視線をちらつかせていた。

「どうした? 夕陽を浴びて気分が悪くなってきたのか?」

「い、いえいえっ! 体調の方は大丈夫ですっ!」

「そうか、だったらいいけれど。いや、エリュの顔が赤くなっていたから、一日経って日焼け止めの効果がなくなってきているかなと思ってさ」

「いえいえ、そんなことはありませんよ。本当に……」

 それだったら、どうしてエリュは顔を赤くしていたのか気になるところだけれど。もしかして、こんなに狭い空間で俺と二人きりで緊張しているのかな。あとは、実は高いところが苦手とか。

「……結弦さんの昔の思い出が聞けて嬉しいです。今日はとても楽しかったです。本当に素敵な一日になりました」

「こちらこそ。今日は思い出深い一日になったよ。ありがとう」

「私はただ……結弦さんと一緒にここへ来たかっただけですから。あと、結弦さんの思い出が蘇って良かった」

「ああ、本当に良かったよ」

 今日という特別な日に、幼かった頃の記憶を呼び起こすことができて。

 そうだ、もう夕方だし……エリュにあのことを伝えてもいいかな。

「エリュ、実はエリュに伝えたいことがあるんだ」

「えっ……」

 俺はエリュのことを見つめる。

 エリュは俺のことを見つめているけれど、気恥ずかしいのか引き始めていた頬の赤みが復活していた。

 エリュに伝えたいこと。それは――。


「今日は俺の誕生日だったんだ」

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