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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第3章
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第5話『暗闇クライシス』

 一発目のジェットコースターが文字通りの絶叫系アトラクションであり、マシンを降りたときには少し気持ち悪くなっていた。今は近くのベンチで休んでいる。

「はい、結弦さん。お茶でも飲んでゆっくりしましょう」

「ああ、ありがとう」

 俺はエリュからペットボトルの緑茶を受け取り、一口飲む。そのおかげで降りた直後に比べると気分もだいぶ良くなってきた。

「すみません、結弦さん。私の我が儘で……」

「気にするなよ。俺もあのジェットコースターを楽しめたし、思った以上に絶叫しちゃったから。速いしぐるぐる回るし凄かったな」

「ええ。とても楽しかったです」

 やっぱり、エリュの笑顔を見るのが一番気分が良くなるな。エリュが楽しんでいるのが分かるから、またあのジェットコースターに乗ってもいいかなと思える。

「気分が落ち着いたら、次の場所に行きましょうか。今度は是非、結弦さんの行きたい場所にしたいのですが」

「……そうだなぁ。じゃあ、今度はお化け屋敷にしようか。最寄り駅でお化け屋敷の話題が出たときに行ってみたいなって思っていたんだよ」

「は、はい。わ、分かりました」

 そう言うエリュの顔は青ざめていた。もしかして。

「大丈夫か? 日差しの所為なら、今すぐにどこか屋根のあるところへ……」

「いえいえ、そうではありません。ただ、お化け屋敷に行くのでちょっと緊張してしまっているだけです。あううっ……」

 喘いで脚をガクガクと震えさせているのに、ちょっとだけ緊張しているとかあり得ないだろう。さっきはお化け屋敷のことを楽しそうに話していたけれど、実はお化け屋敷が苦手だったりするのかな。

「もし、お化け屋敷が苦手だったら、空中ブランコとかゴーカートとかも……」

「だ、大丈夫ですっ! まずはお化け屋敷に行きましょう。ちょっと怖いですけど……」

「さっきはお化け屋敷のことを楽しそうに話していたじゃないか」

「……吸血界のお化け屋敷は好きです。ただ、人間界のお化け屋敷はとても怖く作られていると聞いていますので……」

「遊園地によって怖いところと怖くないところがあるからなぁ」

 でも、天井と側壁が血のりで塗りたくられている吸血界のお化け屋敷はかなり怖いと思うんだけれど。それを楽しそうに言えるくらいだから、今から行くお化け屋敷だって大丈夫な気がするけれどな。

「……絶叫系は好きですが、怖い方での絶叫系はちょっとだけ苦手というか」

「そっか。あまり怖くないことを祈るしかないな」

「そうですね」

 そう言いながらも、ちょっと顔が青白いってことは、やっぱりエリュはお化け屋敷が苦手な方に入るみたいだな。まあ、俺はお化け屋敷は割と好きな方なので、エリュのことをリードしていくか。

「……お互いに気分が落ち着いたら、お化け屋敷に行ってみようか。大丈夫だよ、俺と一緒に行くし、手だって繋いでいるからさ」

「……絶対に手を離さないでくださいね」

 そう言って、エリュは俺の手をそっと掴んできた。本当に……可愛い人間の女の子にしか見えないな。吸血鬼です、って言っても誰も信じないだろう。

「はあっ、今から緊張してしまいます」

「気分が変わってお化け屋敷以外に行きたくなったら遠慮無く言ってくれていいんだぞ? 正直、俺も色々と行ってみたいなって思っているアトラクションがあるし」

「……それは、お化け屋敷を乗り越えないと楽しめない気がします。なので、まずはお化け屋敷に行きたいと思います!」

 乗り越える、って。お化け屋敷がエリュにとって一つの試練のように聞こえてくるな。エリュのためにもそろそろお化け屋敷に行くか。

「俺はもう大丈夫だけれど、エリュも心の準備はできた?」

「はい。結弦さんと一緒なら大丈夫だと思います!」

 力強い声でそう言うなら、俺と一緒なら大丈夫そうだな。

 何があっても彼女と離れないように俺はエリュの手を少し強めに握った。

「それじゃ、行こうか」

 そして、俺とエリュはお化け屋敷の方へと向かう。

 木造のお化け屋敷の外観は古ぼけており、現時点で恐怖心を煽らせてくる。これはさっきのジェットコースターと一緒で、油断すると意外なところでかなり驚かされる展開になるかもしれない。

 幸か不幸か、入り口前には待機列ができておらず、俺とエリュは待つことなくすぐにお化け屋敷の中に入ることができた。

「結弦さん……」

 エリュは一度手を離して、腕を絡ませてきた。そして、怖いからか前に進んでいく度に俺との密着度が増していく。エリュの甘い匂いが段々とはっきりとしたものになる。

「エリュ、大丈夫だ。俺から離れるな」

 お化け屋敷の中は薄暗く、外に比べるとちょっと寒かった。順路が分かるように照らされる光が仄かに赤いところが怖さを演出している。

「……な、何で暗いからってあたしを前に出すのよ、まったく!」

 エリュの声だけど、この口調ってことは夜モードのエリュになったのか?

「暗いところに入ると、夜モードになっちまうのか?」

「……えっ? ま、まあ……ね。それに、今日は日焼け止めを塗っていたから日差しを浴びても力が奪われたりすることがないから」

「そうなんだ」

「それよりも、結弦。あんた、絶対にあたしから離れないでよね。万が一、あたしから離れたりしたら、次から吸血するときに物凄く痛くしちゃうし、血の補給薬だってあげないんだからね」

「離れないって約束するから安心しろ」

 まったく、お化け屋敷で一番恐いのは今のエリュだな。それに、エリュから離れるつもりはないさ。夜モードのエリュが暗いところを怖がっているのを知っているから。

『恨めしや……』

 女性の掠れた声が聞こえてくる。そして、

「きゃああっ!」

 エリュはそう叫ぶと俺に抱きついてきた。

「いやっ! 離してっ!」

 見てみると、誰かがエリュの脚を掴んでいた。彼女の足を掴む手の先を辿ってみると、そこには白い着物を着た長髪の女性がいた。頭には白い三角の布のようなものもあるし、どうやら、女性の幽霊さんのようだ。

「恨めしや……」

 俺達のことを見上げる女性の幽霊さんは悲しい表情を浮かべている。演技だとは分かっているけれど、まじまじと見ると結構恐いな。

「あたし、戦争で魔女をたくさん殺しちゃったけれど……」

「エリュ、落ち着け。これは幽霊に扮した人間だ」

「幽霊はこういう恰好をしているらしいじゃない!」

 ああっ、恐怖のあまり、この女性のことを本当の幽霊だと勘違いしてしまっているようだ。

「何よ……」

 幽霊役の女性がそう言うと、彼女はエリュの脚を離してばっ、と立ち上がった。

「私の前で堂々とイチャついてくれちゃってさあ! 本当に恨めしいわ! ゴールデンウィークなんだから、本当はこんな幽霊役のアルバイトなんてせずに、一度でもいいから誰か男と遊園地デートしてみたいわよ、まったく! とっととここからいなくなって!」

 狂気に満ちた表情放たれた女性の嘆きがお化け屋敷の中に響き渡る。

 正直、これが一番恐いんだけれど。男性に関してご縁のない悲運や恨みから生まれたこの女性の生き霊ってことは……さすがにないか。

「う、うううっ。ごめんなさい……」

 女性のあまりの迫力に怖じ気づいてしまったのか、エリュは俺の胸の中で泣き出してしまった。ここからはさっさと立ち去った方が良さそうだ。

「……ええと、夏休みまでに彼氏ができて、成仏できるといいですね」

「本当よ!」

 そう言って、幽霊役の女性は側壁の隙間にある待機スペースらしき方に戻っていった。その後ろ姿はとても人間らしかった。

「ほら、怖い幽霊さんがいなくなったから大丈夫だよ」

「うっ、うっ……」

 さっきよりは収まっているけれど、今の幽霊さんが怖かったせいか、顔を俺の胸に埋めたままである。

「エリュ、このままじゃ歩けないよ」

「だって……」

「……じゃあ、背中にしがみついてて。そうすれば、顔を埋めたまま歩けるだろうから」

「うん、そうする」

 エリュはそう言うと、子供っぽい泣き顔を俺に見せて、俺の背後に回った。そして、俺の背中に寄り添う。

「じゃあ、先に進むぞ」

「……うん。ゆっくりでお願い」

「了解」

 その後もエリュはずっと俺の背中で泣き続けていた。そして、色々なお化けが出てくるけれど、幽霊役の女性が放った嘆きのインパクトがあまりにも強すぎて、全然怖いとは思わなかった。

 お化け屋敷を出た後も、エリュは俺の背中に顔を埋める体勢を崩さなかった。

「……ねえ、結弦」

「うん?」

「……離れずにいてくれてありがとう。感謝してる」

「……いえいえ」

 背中にしがみついたままで礼を言うところが夜モードのエリュらしいな。

 想像とはかけ離れたお化け屋敷で何だか微妙だったけれど、エリュからお礼というご褒美もいただけたので、こういうお化け屋敷もありだと思っておくことにしよう。

 気付けば、もう時刻は午後一時になろうとしていた。

「お昼ご飯を食べるにはちょうどいい時間だな。気分が落ち着いたら、フードコートに行ってお昼ご飯にしようか」

「……うん」

 まだ、俺の背中にしがみついているよ。俺にとっては今のお化け屋敷は思い出になったけれど、エリュにとっても何かしらの形で思い出になっただろうか。そんなことを思いながら、お化け屋敷を後にしたのであった。

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