第4話『楽園ノスタルジー』
最寄り駅の近くになったのでエリュを起こすと、彼女は俺に起こされたにもかかわらずとても気持ち良さそうに目を覚ました。
「ぐっすりと眠っちゃいました」
ふああっ、とエリュは可愛らしくあくびをする。
「……気持ち良さそうに寝ていたな」
「そうですね。結弦さんの隣で寝ていたからか、何だかいい夢を見たような気がします。忘れてしまうのが残念に思えてしまうほどの」
そんなエリュの夢には俺が出ているけれど。俺に血を吸われることが彼女にとっては嬉しかったことなのかな。
ただ、そんなことをエリュに言ってしまったら、背中に日焼け止めを塗ったとき以上の赤面と狼狽を公衆の面前で晒すことになってしまう。
「そっか。でも、気持ち良く眠れて何よりだよ」
「……はい。結弦さんが起こしてくれると言っていたので、こんなに短い時間でもぐっすりと眠れたんだと思います。ありがとうございます」
「……そうかい」
俺はただ、エリュのことを起こすだけと約束したんだけどな。それに、礼を言われるのであれば、それは夢の中に出てきた俺な気がする。でも、それを言ったら赤面ルートに突入間違いなしなので伏せておこう。
目覚めのエリュとそんなことを話していたら、電車は遊園地の最寄り駅に到着した。
電車を降りると俺達と同じように男女の二人組だったり、家族連れだったり、遊園地へ行きそうな人達が電車から多く降りていた。ゴールデンウィークだからなぁ。
「皆さん、考えることは一緒なのかもしれませんね。ゴールデンウィークですし」
「そうだな」
遊園地ってこういうときじゃないとなかなか来ないような気がする。母さんが生きていた頃は行っていたけれど、小学生の頃に母さんが亡くなってからは、このような場所には殆ど行かなくなってしまった。
だからかもしれない。エリュに遊園地に行くと言われてから、幼い頃に抱いていたような、何かを楽しみにしているワクワクとした気持ちが湧いてきている。
「行こう、エリュ」
エリュが楽しみにしていることを、俺は彼女と一緒に楽しもうと思う。今日という日の思い出をエリュでいっぱいにする勢いで。
エリュの手を掴み直して、彼女と一緒に遊園地へと歩き出す。ちなみに、ちょっと遠くの方に観覧車やジェットコースターのレーンが見えている。
「結弦さん、実は遊園地が物凄く楽しみだったりします?」
「久しぶりだからな。楽しみだよ」
俺がそう言うと、エリュは安堵の笑みを浮かべていた。
「そうですか。家を出てから結弦さんの雰囲気がいつもと違う気がして」
「……そう、かな」
それじゃ、まるで普段は楽しくないように聞こえるけれど。まあ、高校に入学してからは虐めや不登校を経験し、今となっては魔女と対峙するという普通の高校生には体験できないことをしてきているからな。久しぶりに心も体もゆっくりできて、これから人並みの楽しさを味わえることが嬉しいのかもしれない。
「今日は遊園地でとことん楽しみましょうね!」
「ああ、もちろんだ」
最寄り駅についても天気は快晴のまま。空模様を心配せずに今日はエリュとたくさん遊べそうだ。
「そういえば、日差しの方はどうだ? 日焼け止めの効果はある?」
「はい。日差しも全然気になりませんし、体調も悪くなっていませんよ」
「だったら良かった。でも、何かあったときには遠慮無く言ってくれよ」
「分かりました、結弦さん」
エリュの快活な笑顔を見る限り、日焼け止めの効果はバッチリという感じか。この調子なら日差しのことをそこまで気にしなくても大丈夫かな。
「もうそろそろ着きますよ、結弦さん」
「そうか」
気付けば、正面に小さく見えていた観覧車やジェットコースターのレーンが、気付けば目の前に大きくそびえ立っていた。
人はそれなりに多いものの、チケットはあまり待つこと無く購入することができ、すんなりと遊園地に入場することができた。
しかし、この遊園地……人は結構いるし、賑わってはいるんだけど、どこか落ち着いた感じの遊園地に思えた。それに、まるで一度来たかのような安心感があるというか。懐かしさを覚えさせる場所だ。
「ついに辿り着けました、この場所に」
「大げさだなぁ。吸血界には遊園地はないのか?」
「あることにはありますよ。家族と何度か行ったこともありますし。でも、ここの方がずっと楽しそうな感じです」
「そっか」
吸血界での遊園地がどんな雰囲気なのかは興味があるな。でも、吸血鬼の遊園地だけあって、どこのアトラクションでも血が絡んでいそうな気がする。まあ、人間界には水しぶきを浴びる絶叫系もあるけれど、まさか血しぶきを浴びるアクションまではないと思うけれど。
「今、血しぶきを浴びるアクションがあると思いませんでした?」
「……吸血界といえばやっぱり血だとおもってさ」
「そうですか。いえ、結弦さんの顔が青くなっているのでもしかしたらと思って。安心してください。そんな絶叫アトラクションなんてありませんから。ただ、天井と側壁の殆どに血のりが塗りたくられているお化け屋敷はありますけれどね。ですので、驚いて壁にぶつかると服が赤黒く汚れちゃうんですよ」
楽しそうにエリュは話すけれど、それはかなり怖いお化け屋敷なのでは。出口を抜けても恐ろしさが残る仕掛けになっているのが恐ろしい。
遊園地の中を歩きながらエリュと話しているけれど、そろそろ一つ目のアトラクションに行きたいところだ。
「エリュ、何か行きたいアトラクションとかある?」
「そうですね。結弦さんが大丈夫であれば、まずは絶叫系に行きたいですね」
エリュは迷い無くそう答えた。
「……い、いきなりガツンと来るヤツを選ぶんだな」
夜モードのエリュなら絶叫系とか大好きそうだけど、昼モードである今のエリュが初っ端から絶叫系を選んでくるとは思わなかった。
「結弦さんは絶叫系アトラクションが大丈夫ですか?」
「別に嫌いじゃないし、見た感じだとジェットコースターはそこまできつくなさそうな気がするから一発目でも大丈夫だと思う」
俺がそう答えると、エリュは嬉しそうにして、
「じゃあ、さっそくジェットコースターに行ってみましょう!」
俺の手を引いてジェットコースターの入り口の方へと向かった。この様子からしてかなりの絶叫系好きであることが分かる。意外だ。
まだ心の準備ができていなかったけれど、待機列ができていたので一安心。十五分ぐらい待てば乗れるとのこと。助かった。
「結弦さん、ちょっと安心してるようですけど」
「大丈夫だとは言ったけれど、待ち時間なしでいきなり乗ったら、色々な意味で絶叫モノになりかねないからな」
「そうですか。私は大好きなので早く乗りたいくらいです」
何時になく、エリュはどこか落ち着きがなかった。自分の楽しいことが目の前にしてワクワクする子供のようで可愛らしい。
正直、俺は一発目で絶叫系はかなり不安だ。この遊園地のジェットコースターはまだ穏やかそうだから乗ることに決めたけれど、これが、スリルと怖さが全国有数のアトラクションだったら一発目に乗ることだけは避ける。
「あっ、私達も乗れますよ」
「……いよいよか」
俺とエリュはスタッフの人に案内され、ジェットコースターの真ん中よりもちょっと後ろの席に座る。先頭じゃないだけマシだな。
「エリュ、絶対に俺の手を離すんじゃないぞ」
「分かりました。……ふふっ、結弦さんって意外と怖がりなんですね」
エリュに笑われているけれど、特に恥ずかしさなんて感じなかった。安全バーを下ろされたと同時に降臨した恐怖心の方が勝っている。
『それではスタートです!』
始まりの音声アナウンスの声がした瞬間、マシンは進み始めた。
お決まりなのか、ちょっと前に進んだ後に上昇していく。ここで怖い気持ちをかき立てる寸法か。
と思っていたら、意外とそこまで高く上がらなかった。やっぱり、俺の思っていたとおりここのジェットコースターはそんなに――。
と、油断した瞬間だった! マシンが急に高速で動き始めた!
「きゃあああっ!」
「うおおおっ!」
エリュも俺も叫びまくった。そして、エリュは俺の手を痛いくらいに掴んできた。
物事は見た目だけで判断してはならないと思い知らされる。このジェットコースター、もの凄く怖い。落差があまりない代わりに、スピードはかなり出ているし、回転するコースが何度も出てきて絶叫ポイントが幾つも潜んでいる。
そして、そんなジェットコースターが終わったときのエリュは、とても満足そうな笑みを浮かべていたのであった。




