第3話『繋ぐもの』
午前十時。
俺とエリュはマンションの外に出る。普段とは違って、エリュは私服姿であり、日光から身を守るために麦わら帽子を被ったり、日傘を差したりするようなことはしない。そして、
「今日は結弦さんとの二人きりのお出かけですから、手を繋いでもいいですか?」
「もちろん」
「では、失礼しますね」
そう言うと、エリュは俺と手を繋いできた。しかも、指を絡ませる恋人繋ぎという繋ぎ方である。エリュの顔を見てみると、段々と頬が赤くなっていくのが分かる。俺と二人きりでお出かけすることに緊張しているのかな。
「じゃあ、まずは駅に行きましょうか」
俺達は豊洲駅の方に向かって歩き始める。
本当なら男の俺がエリュをリードすべきなんだろうけれど、今回はエリュが俺と行きたい場所があるとのことなので、彼女についていくことにしよう。
「そういえば、エリュはどこに行きたいんだ? 俺と行きたいと思っていた場所があったんだよな」
「ええ。今日は……遊園地に行こうと思いまして」
「遊園地か」
それじゃ、雨が降っていては行けない場所だな。昨日、エリュががっかりとしていたのも納得できる。
「ここから小一時間くらいの場所にある遊園地です」
「そっか。……ちなみにさ、その情報ってどうやって仕入れているんだ?」
俺のスマートフォンや家にあるパソコンも、立ち上げるときには俺しか知らないパスワードを入れる必要があるから、エリュ一人では使えない。家に豊栖近辺の観光スポットの本なんて置いていないし。
すると、エリュは彼女持参のブラウンのショルダーバッグから、黒色のスマートフォンのような奇怪を取り出す。
「これで調べたんですよ」
「それって、スマートフォン?」
「はい。人間界対応のスマートフォンなんです」
「へえ、吸血界にもスマートフォンってあるんだ。」
人間界と同じような技術があるってことなんだな。でも、人間界にも対応するものを作っている吸血界の方が技術が進んでいる、か。
「人間界対応なので結弦さんのスマートフォンにも電話やメールができますよ」
「そっか。じゃあ、電話番号とメールアドレスを交換しよう。まあ、いつも側にいるから出番はないかもしれないけれどさ」
それに、吸血鬼の女の子がスマートフォンを持っているとは思わなかったので、エリュと電話番号やメールアドレスを交換するという発想に至らなかった。
「……はい! 是非、お願いします!」
エリュはとても嬉しそうに、電話番号とメールアドレスを交換した。さすがに人間界対応のスマートフォンのものだけあって、番号もメアドも奇怪なものではなかった。
「ちょっと電話ができるかどうか試してみますね」
エリュはさっそくスマートフォンを操作し、
――ブルルッ。
おっ、ちゃんと電話がきた。発信者が『エリュ・H・メラン』になっている。
「ちゃんと繋がりましたね」
「そうだな。これで何かあって離れちゃっても連絡できるな」
「そうですね。でも、結弦さんとはいつも一緒ですから、連絡する機会はほぼないと思います。そうだ、連休が明けたら、結衣さんや恵さん達とも交換しましょう」
そう言うエリュはにっこりと笑顔を浮かべていた。それだけ、俺との連絡先を交換できたことが嬉しいのかな。ちょっと子供っぽくて可愛らしい。
そして、気付けば豊栖駅が見えていた。ゴールデンウィーク真っ只中ということで駅周辺には人がたくさんいる。その中には男女のカップルらしき人達もいる。
「……私達って、周りからカ、カップルのように見られているのでしょうか」
「そうかもしれないな。今のエリュはとても可愛い人間の女の子にしか見えないし」
「ふえっ」
エリュが喘いだ瞬間、俺の手を握っている彼女の手が突然熱くなり、手汗のようなものも感じられる。
「そ、そうですよね! 今の私はとても吸血鬼には見えませんよね! それなら、カップルに見えますよね!」
あははっ、とエリュは何かをごまかすように笑う。
そう、今のエリュは人間の女の子も同然だ。だから、俺が周りの男女をカップルなのかと思うように、周りの人も俺達のことを見てカップルかもと思っていることだろう。
この場にいることが気まずくなってしまったのか、エリュに手を引かれて豊栖駅の中に入っていった。
「結弦さんは交通系のICカードを持っていますか?」
「ああ、俺は持っているよ。エリュは持っているの?」
「はい、もちろんです」
準備をしっかりとしているんだな。いつの間に用意したんだろう。人間界対応の交通系ICカードでも持っているのかな。
「人間界対応のICカードがありますので」
と、黒いICカードが入った桃色のパスケースを取り出した。まさかとは思っていたけれど、やっぱりそうだったのか。というか、吸血界のものって黒色がデフォルトなのかな。
俺とエリュは改札を通って、エリュの案内ですぐに到着した快速電車に乗る。
「遊園地の最寄り駅までは三十分ほどです」
「ああ、分かった」
座れる場所が結構あったので、俺とエリュは隣同士に座る。
すると、エリュは可愛らしく欠伸をした。
「……結弦さん、私、昨晩はあまり眠ることができなかったので、座った途端に眠くなってきてしまいました」
「今日のことが楽しみすぎて眠れなかったのか?」
「……ええ」
エリュは照れくさそうに笑う。
昨日、あんなにがっかりしていたんだ。今日のことが楽しみで眠れなくなってしまう気持ちも分かる。
「眠かったら楽しいものも楽しめない。最寄り駅に着く直前になったら起こすから、少しの間でも寝てな」
俺の提案に対して眠そうなエリュはちょっと迷っているようだった。せっかくのお出かけなのに寝たくない、と思っているのかな。
「……では、お言葉に甘えて」
眠気には勝てなかったのか、エリュははにかみながらそう言った。
そして、俺に最寄り駅を教えると、すぐに目を瞑って眠りについた。そんな彼女は腕を絡ませながら、俺の方に寄りかかり、俺の肩付近を枕にしている。
「結弦さん……」
可愛らしい寝顔をして、俺の名前を呟いてくる。どうやら、彼女の夢の中に俺が登場しているようだ。
「……結弦さんはもっと血液がサラサラな方がいいですよ……」
何というか、吸血鬼にとって切実な内容だな。俺の血が必要なエリュにとって、健康な俺の血を飲みたいよなぁ。
「……結弦さん、私の血を飲もうとしないでくださいよ……」
えへへっ、とエリュは緩んだ笑みを浮かべている。昼夜問わず、こんなエリュの表情は見たことがない。というか、夢の中の俺はエリュに何をしようとしているんだ。彼女の血を飲もうだなんて。……どうやって?
エリュが寝ている約三十分間、俺は彼女の寝言が気になって仕方がなかった。彼女の夢の中での俺にはツッコミ所満載だったんだけど、夢の中でもエリュの側に俺がいるということが素直に嬉しかったのであった。




