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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第3章
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第2話『スキンケア』

 五月五日、月曜日。

 午前七時半。今日はこどもの日で祝日なので、普段の月曜日よりも遅めの起床をする。

 カーテンから日光が差し込むくらいなので分かりきっていたけれど、カーテンを開けて窓の外を見ると青い空が広がっていた。絶好のお出かけ日和だな。

「結弦さん、起きましたか?」

「ああ、エリュ。おはよう」

「おはようございます、結弦さん。今日は予報通り晴れましたね」

 そう言うエリュはとても嬉しそうにしていた。昨日はてるてる坊主を作ろうとしていたほどだったからなぁ。

「あれ、今はまだ普段の恰好なんだ」

 今のエリュは普段の吸血鬼の服の上にエプロンをしている。ちなみに、このエプロン姿は昼モードのエリュでしか見ることができない。人間の女の子が着るような服も試したいと言っていた気がしたんだけれど。

「朝ご飯を作らないといけませんし。お出かけする前に着替えようと思っていまして。……もしかして、私の私服姿を早く見たかったですか?」

 エリュはもじもじしながらそんなことを訊いてくる。

「まあね。エリュの私服姿がどんな感じなのか気になるかな。でも、普段の恰好のエリュもとても可愛いと思うよ」

 素直にエリュへ気持ちを伝えると、既にほんのりと赤くなっていた顔が一気に真っ赤に変わる。ぽっ、と湯気が出るのが見えたような。

「ふえっ、そ、そうですか……」

 本当は今のエプロン姿も可愛らしいけれど、これ以上可愛いと言ったら発熱しすぎてエリュがどうにかなっちゃいそうなので控えておこう。

「結弦さん」

「ん?」

「……今すぐに着替えた方がいいですか? もう、着ようと思っている服は用意してありますけど」

「それはお出かけまでのお楽しみにしておくよ」

「……そうですか。分かりました」

 エリュは笑いながらも少しがっかりしている様子だった。早く、俺に私服姿を見せたかったのかな。

「結弦さん、朝ご飯ができていますよ。顔を洗って、歯を磨いたら一緒に食べましょう」

「ああ、そうだな」

 顔を洗い、歯を磨いて、私服に着替えて、エリュと一緒にゆっくりと朝食を摂る。そして、朝食後にコーヒーを一杯飲む。これが、エリュとの休日の朝の過ごし方になった。実に優雅な朝である。

 ゆったりとしていたら、時刻は午前九時近くになっていた。

「結弦さん。私、お出かけのために、寝室で服を着替えてくるのでリビングで待っていてください。あと、日焼け止めを塗ってきますね」

「分かった。コーヒーをもう一杯飲みながら待ってるよ。慌てないでいいから」

「分かりました。ありがとうございます」

 そう言って、エリュはリビング出て行った。

 俺はおかわりのコーヒーを作って、バルコニーに出る。

「できれば、今日だけは魔女と出会いたくないな……」

 エリュとのせっかくのお出かけだ。彼女もとても楽しみにしていたし、今日だけは平和に過ごさせてほしい。

 日差しを直接浴びて段々と暑くなっていく中、吹き抜けていく爽やかな風がとても気持ち良く感じる。そんな今の季節の気候が一年の中で一番好きだ。

 昨日は雨だったから喫茶店の中で飲んだけれど、外で風を感じながら飲むコーヒーもなかなか乙である。

「美味いな」

 そういえば、コーヒーを飲んだエリュはあまり見たことがないな。飲むとしてもカフェオレくらいで、昨日の喫茶店ではミルクティーを飲んでいた。

 そんなことを考えながら飲んでいたら、あっという間に二杯目が終わってしまった。

「……もう一杯作ろうかな」

 朝からこんなに飲むのは初めてだな。もう一杯飲んでしまったら、今夜はなかなか眠れないかもしれない。

 三杯目のコーヒーを作ろうとバルコニーからリビングへ戻ったときだった。

「結弦さん」

 エリュが恥ずかしそうに廊下へ続く扉の前に立っていた。そんな彼女は白いワンピースを着ていた。胸元がやや広めに開いており、袖は殆ど無く、スカートの丈も膝上まであるので結構な露出度である。

「似合ってるな。可愛いよ」

「あ、ありがとうございます」

 エリュはあたふたしてそう言うと、大げさに頭を下げた。

 白いワンピースか。シンプルだけれど、清楚な感じがしていいな。昼モードのエリュには特によく似合っていると思う。

 それにしても、私服姿だと人間の女の子と変わりないな。高校生くらいだろうか。赤峰高校の制服を着たらどうなるのかも気になってきた。

「あの、結弦さん。お願いがあるのですが……」

「ん?」

「……日焼け止めを塗っていたのですが、どうしても自分では塗ることができない箇所がありまして。結弦さんに塗って欲しいんです……」

「……わ、分かった」

 俺がエリュの体に触ってしまってはまずい気がするけれど、エリュからのご指命だ。ここは鋼の心を持って塗らせて頂こう。

 エリュは一度、寝室に戻って、日焼け止めのボトルを持って出てきた。

「背中の一部分が塗れなくて。なので、結弦さんにお願いしたくて……」

「分かった。とりあえず、椅子に座ろうか」

 エリュを椅子に座らせて、俺はエリュの背後に立つ。

「……ファスナーを下ろしてくれますか?」

「分かった」

 エリュの支持通り、ワンピースのファスナーを下ろすとエリュの白い肌が露わになる。日焼け止めが塗ってあるからか、しっとりしているように見える。そして、桃色のし、下着までもが露わになってしまう。本当に俺がしてしまっていいのだろうか。

「よし、下ろしたぞ。どこら辺が塗れないんだ?」

「……下着の周辺です」

 よりによって、一番触れてはいけない箇所じゃないか。

「なるほど。ちなみに、服の下まで日差しの影響ってあるものなのか?」

「黒色であれば紫外線の影響はあまり受けないのですが、白いと紫外線を結構通してしまうらしくて。着たい服を選んだのですが、これは失敗だったかもしれません」

「でも、着たい服を着るっていうのは大切だと思うぞ。しかも、楽しみにしているお出かけなんだから」

「……そうですね。結弦さん、お願いします」

 恥ずかしいからか涙目になって俺の方に振り返っているエリュが、とても艶めかしく見える。エリュのためにも素早く、そして優しく日焼け止めを塗らないと。

 ボトルから日焼け止めを少量出す。ちょっと冷たい。

「それじゃ、塗るぞ」

「はい、お願いします……」

 エリュの肌をよく見れば、何も塗られてなさそうな範囲があるのが分かる。ここに塗っていけばいいんだな。

 掌の上で日焼け止めを軽く伸ばして、エリュの肌に触れる。

「ひゃあっ!」

 びくんっ、とエリュの体が反応した。

「ごめん、エリュ」

「いえ、大丈夫です。ただ、日焼け止めがちょっと冷たかったのと、男の方に背中を直に触られたのが初めてだったので、ちょっと驚いちゃっただけです」

 そう言うエリュの背中は結構熱くなっており、その熱は増していくばかり。このままだと日焼け止めがすぐに蒸発してしまうんじゃないかというくらいの勢いだ。

「そうか。できるだけ優しくするように心がけて塗っていくから」

「は、はい……」

 その後もエリュの背中に日焼け止めを塗っていくが、優しくすることを心がけたあまり時間がかかってしまった。

 そして、一通り塗り終わった頃にはエリュはぐったりとしてしまっていた。時折、体をびくっ、と動かしては喘ぎ声を出していた。

「これで大丈夫かな。ごめん、時間がかかっちゃって」

「いえいえ、気にしないでください。それに、結弦さんに塗ってもらえたことがとても嬉しかったですし……」

「……そ、そうか」

 何はともあれ、俺が日焼け止めを塗ったことに満足してくれて良かった。

 エリュの肌は何というか、柔らかかったな。日焼け止めを塗っているからしっとりとしていたけれど、普段はすべすべなんだろう。何てこと考えているんだろう。

「……今度からも結弦さんにお願いしてもいいですか?」

「俺で良ければ構わないよ」

 二つ返事でOKを出してしまったけれど、かなりの大役を任されてしまったような。でも、これもエリュが人間界で日光を気にせずに過ごすためだ。そのためなら、エリュに日焼け止めを塗ることを手伝うことくらいは、ね。

「結弦さん。日焼け止めを塗って頂いて申し訳ないのですが、ちょっとだけ休憩してからお出かけに行きませんか?」

「そうしようか」

「ありがとうございます。でも、この日焼け止めのおかげで、素敵な体験ができちゃいました。本当に……」

 エリュは俺のことを見つめて嬉しそうな顔をした。

 素敵な体験って……もちろん、俺に日焼け止めを塗ってもらうことだよな。俺に塗られることが気に入ったの……かな?

「でも、さっきのようなことを頼むのは、男の方では結弦さんだけですからね」

 そう言って微笑むエリュはとても可愛らしかった。

「エリュのパートナーとして、そう言ってくれるととても嬉しいよ」

 どんなことでも、俺を頼りにしてくれることが素直に嬉しかった。吸血鬼のパートナーとして。そして、一人の人間として。

 俺は三杯目のコーヒーを作って、エリュの隣の椅子に座る。

 コーヒーを飲みながら横目でエリュのことを見るけれど、同年代の可愛らしい人間の女の子が座っているようにしか見えなかったのであった。

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