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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第3章
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第1話『アンドレア・ヴァイス』

 アンドレア・ヴァイス。

 テーブルの上に突然現れた吸血鬼の彼女は、エリュに用事があるようだが一体どんなことなのか。アンネとエリーゼが吸血界に連行された翌日ということもあって、また新たな魔女が人間界にやってきた、とかだったら嫌だな。

「あの、私に用というのは、一体どのようなご用件で?」

 アンドレアさんがテーブルから降りたタイミングでエリュは彼女に問いかける。

「……こちらについてです」

 すると、アンドレアさんは持っていたバッグから、化粧品のようなボトルを取り出した。

「私、化粧品会社に勤めておりまして。ただ今、弊社では人間界に滞在する吸血鬼の方向けの日焼け止めを開発しているんです」

「ああ、話題になっているものですね。この夏に発売予定の」

「ご存じでしたか、ありがとうございます」

 なるほど、アンドレアさんの用事はエリュに日焼け止めの宣伝をしに来たってことか。

 日光に弱い吸血鬼にとって、日焼け止めが商品化されるのは嬉しいことだろうな。今まで必須だった麦わら帽子もいらなくなるのか。

「あれ、ちょっと待ってください。まだ発売前の商品がどうしてここにあるんです?」

 疑問に思っていたことをぶつけてみる。まさか、この疑問の答えが、アンドレアさんがエリュに対する本当の用事に繋がっているのかな。

「さすがはエリュ様の相棒さん。目の付け所が違いますね」

「いや、普通に疑問に思うでしょう」

「すかさずに突っ込むところもさすがです」

「……ど、どうもです」

 アンドレアさんは俺のことをエリュと一緒に魔女倒しをしていると知っているんだな。もしかしたら、俺の存在は吸血界にも魔女界にも知れ渡っているのかもしれない。

「実は弊社ではこのように日焼け止めの開発には成功したのですが、まだ、この日焼け止めを人間界で活動している吸血鬼の方に使用してもらったことがないのです。そこで、エリュ様にテスターとしてこの日焼け止めを試しに一日使っていただきたいのです」

 なるほど、それで発売前の商品がここにあるってことか。人間界での日焼け止めであれば、実際に人間界で活動している吸血鬼に試してもらう、というのは自然な流れだろう。

「一日使用して頂き、軽いアンケートと感想を聞かせていただくだけで宜しいです。もちろん報酬もありますが、いかがでしょう」

「分かりました。私でよければ」

 エリュは二つ返事で了承した。

「……今日は雨が降っているので、明日……使ってもいいですか? 明日は晴れみたいですし、隣にいる結弦さんと一緒にお出かけをする予定ですから」

「テストには絶好の条件ですね。是非、明日でこの日焼け止めのテストをお願いできますか」

「はい、分かりました」

 そう言うエリュはとても嬉しそうだった。

 確かに、明日は日焼け止めを試してみるのに絶好の機会だろう。日焼け止めのテストではあるけれど、日差しのことを気にせずにお出かけを楽しめるのはエリュにとって嬉しいことだろう。明日は麦わら帽子や日傘のいらないエリュが見られるのかな。

「エリュ様、とても嬉しそうですね。この日焼け止めを塗れば、椎原様とのデートもより一層楽しめますよ」

「デ、デート!?」

 アンドレアさんにデートと言われてエリュはあうあう、と喘ぎ始めた。

「あら、デートではないのですか?」

「え、ええと……男性と女性が一緒にお出かけをするのでデートというのかもしれませんが、私達はこ、恋人とかそういう関係ではありませんからっ! 私と結弦さんは……そうです! 結弦さんとはパートナーさん同士なんです!」

 エリュはあたふたしながらも、俺との関係性をアンドレアさんに一生懸命伝えた。エリュに恋愛感情があるわけじゃないけれど、慌てて恋愛関係を否定されると何ともいえない気分になる。まあ、魔女と立ち向かう意味でエリュのパートナーという自覚はあるので、彼女と同じ認識であることは素直に嬉しい。

「パートナー、ですか……」

 すると、アンドレアさんは何かに気付いたかの如く、急ににこっ、と笑って、


「ご結婚おめでとうございます。エリュ様、椎原様」


 パートナーって夫婦という意味で捉えたのか! このお方は!

「ふえええっ! 結弦さんとは結婚していません!」

「そ、そうなのですか? エリュ様が椎原様のことをパートナーさんと仰るので、てっきりご夫婦なのかと……」

「そんなことありません! 仮に結弦さんと結婚関係でも……そ。それは嫌ではありませんが、実際には違うんです!」

「そうだったのですか。お二人の物理的な距離感もそうですし、短い時間ですがお二人を見て、お互いのことを信頼し合っているように見えましたので……」

 俺達の様子を見て夫婦であると信じ込むなんて、それほどエリュと仲良く見えているのかな。それ自体は嬉しいことである。

「それに、日本の男性は十八歳にならないと結婚できないです! 結弦さんっておいくつでしたっけ。十五、六歳ですよね?」

「ああ。まだ、十……五だ」

「そうなんです。結弦さんとは夫婦関係ではないのです。パートナーといっても、それは魔女と対決する上であって。で、でも……人間界で生きていくには、定期的に結弦さんの血を補給しないといけませんから、そういう意味では結弦さんが必要……あううっ」

 エリュはより一層顔を赤くした。どうやら、彼女の頭がオーバーヒートしてしまっているみたいだ。その証拠に、彼女から熱を凄く感じる。

「要するに俺とエリュはアンドレアさんの想像しているような関係ではありません。ただ、彼女のことを信頼しているのは本当ですが」

「……そうなのですか」

 どうして、そこでがっかりするんですか、アンドレアさん。そんなに俺とエリュが夫婦関係であってほしいのかねぇ。

「ただ、この日焼け止めが発売されれば、人間界で活動する吸血鬼には嬉しいと思いますよ。エリュは俺と一緒に学校に行きますが、長袖の服装で、晴れているときは麦わら帽子を被るか、日傘を差さなければいけないので。それが、この日焼け止めだけで、人間のように過ごせるんですから」

 日焼け止めを塗るだけで、怖いものを気にせずに過ごせるというのは大きいことだ。

「……この日焼け止めを塗れば、椎原様の言うとおりになる自信がございます。まずは明日、宜しくお願いいたします」

 そう言って、アンドレアさんは頭を下げた。

 エリュもようやく普段のような落ち着きを取り戻してきて、

「分かりました、アンドレアさん。この日焼け止めを塗って、明日は結弦さんとのデー……お出かけを楽しんできますね」

 彼女らしい優しい笑みを浮かべながらアンドレアさんに言った。

「楽しい一日になることを願っております」

 どうやら、この日焼け止めをテストするにあたって、判断基準の一つに明日のお出かけが楽しめるかどうかも入ってきそうだな。でも、思う存分に楽しむには日光を気にせずに過ごせることが重要だから、その基準は意外と妥当なのかも。

「それでは、明日の夜に再びここに伺わせていただきます。失礼いたします」

 アンドレアさんは白い光に包まれて、姿を消した。

「何というか、突然現れて、突然消えていったな」

「そうですね。きっと、アンドレアさんもお忙しいのでしょう」

 お肌にお悩みの吸血鬼がたくさんいるのか? それとも、エリュのように人間界で活動する吸血鬼に、日焼け止めのテスターを頼んでいるのかな。

「でも、良かったじゃないか。明日はお試しだけれど、日差しを気にせずに過ごすことができるんだから」

「そうですね。これがあれば、今まで人間界で着てこなかったお洋服を試せそうですし。明日がより一層、楽しみになってきました」

 エリュは日焼け止め入っているボトルを持って嬉しそうに笑っている。この様子からして日光がどれだけ吸血鬼の体に影響を及ぼしているのかが分かる。

 エリュがこんなにも笑顔でいるんだから、明日は晴れることを願うばかりである。どうか、今日みたいにがっかりしてしまうような空模様にはならないでほしい。

「……結弦さん、さっきよりも雨が弱まっていませんか?」

「どれどれ?」

 窓の外を見て確認してみるけれど、さっきとあまり雨の強さは変わっていないように思えるんだが。もしかしたら、明日が楽しみな気持ちが、エリュの心の中で降っている雨を弱くさせているのかな。

「結弦さん、約束通り、喫茶店に行ってスイーツを食べに行きましょうよ!」

「ああ、そうだな」

 そして、喫茶店に行こうとマンションの外を出たときには、本当に雨が弱くなっていたのであった。

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