エピローグ『斜陽』
豊栖市に戻ってきて、結衣達と別れたときには時刻は午後五時を過ぎていた。豊栖の町並みが赤く染まっている。
豊栖市には一級河川の豊栖川が流れており、俺とエリュはそのほとりにあるベンチに座った。
「今回も色々とありましたね、結弦さん」
「そうだなぁ」
魔女が二人いて、その魔女は互いに好意を抱いていたこと。そして、彼女達が憑依していた人物同士も両想いだったこと。前回とはそこが一番の大きな違いであり、解決するのに難しいポイントであった。
梅澤と佐竹の洗脳を解くまでが難しかった。特に佐竹の場合は男子テニス部の不祥事の解決をしなければならなかった。
「……今回こそは皆さんの洗脳を解いたり、魔女を追い出したりすることに協力しようと頑張ってみたんですが、あまりできませんでしたね」
「何を言っているんだよ。佐竹の時に男子テニス部の一部始終を撮影したのはエリュの考えだったじゃないか。それに、エリュは……何時も俺のことを支えてくれているよ」
俺はエリュの頭を優しく撫でる。
「……結弦さんにそう言ってもらえて、とても嬉しいです」
エリュは彼女らしい優しい笑みを見せてくれる。そう、彼女が俺の側にいることで今回も無事に終えることができたんだ。
「もしかしたら、今も魔女がどこかにいるのかな」
「アンネとエリーゼはリーベが吸血界に連行されてすぐに人間界へやってきたみたいですからね。その可能性も考えて彼女達に訊いてみたのですが、他の魔女が人間界へ行くという話は聞いていないみたいです」
「そうか……」
「でも、こうしてまた魔女達が吸血界に連行されたんです。魔女界は再び人間界に新たな魔女を送り込んでくる可能性は非常に高いと思います。まだ、結弦さんのクラスメイトには負の感情を抱えた人がいらっしゃいますし」
「そう考えておいた方がいいだろうな」
クラスメイト、と言われてすぐに思い浮かんだのは池上大輝だ。彼こそ一年三組の中で一番の人気を誇り、実質的な権力を握っている人物。そして、俺に対する虐めの主犯格の中心にいる。
「その表情ですと、心当たりがあるようですね」
「ああ、一番厄介な人間が残っていると思ってさ」
池上の場合は言葉の選択が非常に上手く、周りに自分の考えをすり込むような人間だ。魔女に憑依されずとも周りの人間を味方に付けることに長けている。そんな彼が魔女に憑依されたら、結衣、松崎、風戸の時よりも厄介なことになりそうだ。
「魔女には気をつけなければいけませんが、まずはゴールデンウィークを楽しみましょうよ。結弦さん。学校がお休みなのですから」
「……そうだな」
そういえば、今回のことが早く解決できたら、どこかに遊びに行こうってエリュと話したっけ。六日まで休みなのであと三日間か。遊ぶには十分な時間だな。
「じゃあ、どこかに遊びに行こうか、エリュ」
「……はいっ!」
約束の通りになりそうだから、エリュは凄く嬉しそうにしている。
そして、彼女ははっ、と何かに気が付いた表情をして、
「……これって、所謂デートというものなのでしょうか。あううっ、そう思うと緊張してきました……」
彼女の顔が見る見るうちに赤く染まっていく。
「いつも俺の側にいるじゃないか」
まったく、可愛い吸血鬼さんだな。いつも一緒にいても、どこかに遊びに行くとなると緊張してしまうものなのかな。人間と吸血鬼で種族は違っても男と女だ。エリュが意識してしまうのも無理はないか。
「……だって、結弦さんと一緒に遊びに出かけるんですよ。それも、初めての」
「そういえば、魔女絡み以外ではどこにも行ってなかったな」
せいぜい、近所のスーパーに食材を買いに行くくらいだ。
「明日からの三日間が楽しみです。……そろそろ帰りましょうか」
そう言って、エリュは俺の手を引いた。彼女は俺がどんな風になっても、こうやって手を引いてくれるだろうか。
――あなたからはとんでもなく黒い感情が湧き出ている。
エリーゼに憑依されそうになったときに言われたあの言葉が、脳裏に焼き付いている。そのことで今回のことが無事に終わったのに、どこかスッキリしない。
「結弦さん? どうかましたか?」
「……いや、何でもないよ。一緒に帰ろう」
俺はエリュの手をしっかりと握った。
そうだ、俺は……エリュと一緒に魔女を倒す。エリュと出会った頃に決意した気持ちを忘れなければ、エリーゼが言う黒い感情を持っていてもきっと大丈夫なはずだ。
穏やかに吹く風は少し寒く感じたけれど、エリュの手から伝わる温もりと、沈んでゆく陽の光は俺を優しく包み込んでいるようであった。
第2章 おわり
第3章に続く。




