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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第2章
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第27話『松崎亮太』

 風戸からの松崎に対する愛の告白。

 それさえ素直にできていれば、俺は松崎に虐められることがなかったかもしれないし、松崎と風戸はそれぞれアンネとエリーゼに憑依されることはなかったかもしれない。

 しかし、告白できなかった事実があったからこそ、佐竹はテニスを取り戻すことができて、アンネとエリーゼは過去の過ちについて和解ができて、恋愛関係を築くことができるようになった。

 好きだ、というたった一言を言えるかどうかで、ここまで周りを左右するとは。それだけこの言葉に込められている力は強いものなのだと思う。

 とても長い回り道をして、風戸は松崎に好きだという想いを伝えた。どんな答えが松崎から帰ってくるのかは分かりきっているのに、独特の緊張感があった。

 風戸の告白を受けた松崎の答えは――。


「……俺も美紀のことが好きだ。だから、ずっと一緒にいよう」


 笑顔で返事をすると、松崎は風戸のことを思い切り抱きしめた。初めて恋をしたときからの想いを今、ここに全て弾けだしたかのように、二人は熱い抱擁を交わす。

 そして、至近距離でお互いのことを見つめ合うところで二人の顔が真っ赤になった。あぁ、俺達はお邪魔だったかもしれない。

「ここまでお熱いものを見せられてしまっては、もう次にすることは決まっていますよね? 当然、しますよね?」

 恵は興奮して二人のことを見ているぞ。もう、恋愛事なら何でも興奮できる体になったんだな、こいつ。

「お前ら、イチャつくところを堂々と見せつけてくれちゃってさ! ここまで来たらさっさと口づけしちまえよ!」

 そして、二人の共通の友人である佐竹は面白半分で二人をからかう。あの男子テニス部のときでは絶対に考えられなかった笑顔をしている。佐竹と恵は周りに人がいても気にせずに今と同じようなことができそうな気がする。

「何というか、微笑ましいけれど……今のは見ている方が恥ずかしくなるわね」

「そうだね、結衣ちゃん」

 結衣と真緒は恥ずかしく感じる方か。

 もし、エリュがこの光景を見ていたらどんな反応をしたんだろうな。個人的には昼モードなら頬を赤くしてじっと見ていて、夜モードなら場所を考えなさいよ、って怒ってそうなイメージだ。

 そんなことを考えていたら、急に二人の近くで白く光り始め、光の中から昼モードのエリュが姿を現した。

「ただいま帰りました。アンネとエリーゼは無事に吸血界の方に身柄を渡してきました……って、皆さん、どうしたんですか?」

「いや、何とも言えないタイミングで帰ってきたなぁ、と思って」

 一応、今の状況を知らせるために抱きしめ合っている松崎と風戸の方を指さした。

「……もう少し遅く帰ってきた方がよろしかったでしょうか」

 どうやら、状況を把握したようで、エリュは一言そう言うと、ちょっと恥ずかしそうにして俺の所に駆け寄ってきた。まあ、想定通りだったな。

 今のエリュの反応を受けて、松崎と風戸は抱擁を止める。

「みんな、色々と迷惑をかけてすまなかったな。特に椎原は」

「……そう想うなら、風戸のことを幸せにしてやれよ」

 今回のようなことはもう二度と起こしちゃいけない。そのためには自分の気持ちを言葉に乗せて伝えようとすることが大切なのだと想う。

「……しかし、椎原がもてる理由が分かった気がした。本当にお前って自分よりも周りの人間のことを第一に考えているよな。そうじゃなきゃ、自分のことを虐める奴に対してここまでのことはしないだろう?」

「……俺はただ、吸血鬼に協力しているだけさ。魔女に憑依されたり、洗脳されたりしている人間が、たまたま俺を虐める奴だった……それが多いだけだよ」

 それに、エリーゼに言われただろう? 俺にはとんでもなく黒い感情が湧き出ているって。おそらく、それは自分を虐める人間に対して復讐したい、という心だろう。

「……でもさ、苦しんでいる人間がいて、そいつを見放すことは……虐めることと同じくらいに酷いと思うんだ。自分で解決できなくても、どうして苦しんでいるのか……耳を傾けたいとは思っている」

 不安な気持ちを誰にも言えない時間が続くと、それこそ負の感情が増えていってしまう。それは経験しているからよく分かる。

 解決もできないのに聞くんじゃない。それこそ一番酷いんじゃないか。そう思う人もいるかもしれないけれど、不安な気持ちを内に秘めていては周りの人間には分かって欲しいことを分かってもらえないと思う。

「それでも、なかなか言えないことってあるんだよな……」

 どうしても言えない。言う勇気が出ないということだってあるし。この点に関しては本当に難しいことだと思う。

「椎原は本当に強い奴だよ。他の奴の理由は分からないけれど、お前を虐めた奴は本当に弱いなぁ、って思う。もちろん、俺も含めて」

「……自分の弱さを認められるのは、結構強いことの証だと思うけれど。過ちを犯したときに自分のことを戒めて、前に進もうとするか。それが重要なんじゃないか」

 松崎は今回の出来事を通して、強くなった。自分の犯した過ちに気付き、二度としてはいけないと胸に刻んだ。今まで言えなかった気持ちを言葉に乗せることができた。それが分かったとき、俺は彼のことを許したんだけれど、敢えてそれは口にしないでおこう。

「……なあ、椎原」

「ん?」

「本当にありがとう。皆にもありがとう。皆のおかげで今があるっていうか。多分、今回のことがなかったら、俺は椎原を憎み続けて、美紀とは付き合えなかっただろう。本当にありがとう」

 そして、松崎は満面の笑みを俺達に見せた。その笑顔はまだ虐めも何もなかった……入学直後のときと同じものだった。そんな彼の横で風戸も笑う。

 ようやく、今回のことにも終止符が打てそうだな。

「じゃあ、そろそろ帰るか」

 二人の人間と、二人の魔女。とても長い回り道を経てやっと想いが重なったこの場所から、ゆっくりと去って行くのであった。

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