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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第2章
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第26話『風戸美紀』

 アンネ・ローザとエリーゼ・ヴィオレット。

 二人は親友同士であり、密かにお互いに恋心を抱いていた。しかし、吸血鬼との戦争の際にアンネがエリーゼの大切な存在を殺してしまい、アンネは罪悪感、エリーゼは恨みを抱いてしまった。しかし、恋心は持ち続けていた。

 今回、彼女達が人間界へ侵攻した本当の目的は、これからお互いのことをどうしていくかを定めることだったんじゃないかと思う。紆余曲折を経て、二人は和解をして、恋愛関係を築く道を選んだわけか。

「エリーゼ、さん……」

 風戸はようやく泣き止んだエリーゼの側に駆け寄った。

「……みっともないところを見せちゃったわね、美紀」

 自嘲するようにエリーゼは笑った。

「アンネが私に恋心を抱いていることは知っていた。でも、私はどうすればいいのか分からなかった。そんな中、アンネと一緒に人間界に行くことが決まって。人間界の征服が上手くいくように、誰かに憑依しなくちゃいけなくて迷っていたときだった。アンネが松崎亮太に憑依したことを聞いて、風戸美紀に憑依しようと考えたの」

「……私の気持ちが分かっていたから、ですか?」

 確認するように風戸が問うと、エリーゼは一つ頷いた。

「あなたに憑依すれば、同じ所に想いが向かうからね。それに、私は自分の恋心に気付かれないように必死に隠していたけれど、心のどこかで……あなたに助けて欲しかったのかも。恋心と復讐心が葛藤するこの気持ちをどう整理して、これからアンネとどう付き合っていけばいいのか。私がずっと悩んでいた事に対する答えのヒントを、あなたから求めていたんでしょうね」

「……私と同じだ」

 そう言ってくすくす笑う風戸。彼女のそんな反応にエリーゼは目を丸くした。

「エリーゼさんに憑依されるとき、私……思ったんです。エリーゼさんなら、私がこれから亮太君とどうやって付き合っていけばいいのか。その答えを見つけるきっかけをもたらしてくれるんじゃないかって」

「美紀……」

「私も、亮太君に恋心を抱いても、直接その気持ちを言える勇気が無かった。だから、椎原君に告白することで、亮太君に嫉妬して欲しかった。そうすれば、亮太君が私に告白してくれるかもしれない。そんな絵空事を想い描いていた」

 なるほど、風戸の告白にはそんな意図が隠れていたのか。俺が振ったから良かったものの、仮に俺と付き合うことになったらどうするつもりでいたのか。そんなことは考えてなくて、俺から振られるっていう絶対の自信があったのかな。

「でも、実際には椎原君に告白して振られても、結果は亮太君が椎原君のことを悪く思うだけで、私に告白してくれることはなかった。当たり前だよね、自分の我が儘のために、椎原君を利用したんだもん。ましてや、それが椎原君に対する虐めの原因の一つになってしまった。本当にごめんなさい、椎原君」

 風戸は俺に対して深く頭を下げた。

 風戸の負の感情の原因は俺に振られたことに対するショックだと思っていたけど、全然違ったんだ。松崎との距離が縮められなかったことと、虐めの原因を作ってしまった事に対する俺への罪悪感。

「俺からも謝らせてくれ。実際に椎原を虐めたのは俺なんだから。椎原、本当にすまなかった。本当に、すまなかった……」

 松崎は風戸の横で彼女と同じように深く頭を下げた。

 虐められたことには腹が立つし、それこそ復讐をしたいと思ったことも事実だ。ましてや、松崎からの虐めの背景には、風戸が彼と付き合いたくて俺を利用した背景があるんだから。本当に俺は散々な目に遭ったと思うよ。

「……全ての虐めをお前から受けたわけじゃない。でも、虐めが原因で自殺まで考え、試みようとする奴だっているんだ。それは本当に苦しいことだ。それで、虐めの原因を突き止めたら、松崎に嫉妬して欲しいから俺を利用しただって? 腹立たしいったらありゃしない。詫びの一つで解決できると思ったら大間違いだ」

 割に合わない、本当に。考えが甘すぎる。

「……ここまで俺を巻き込んだんだ。松崎と風戸が付き合って、上手くいってくれなきゃ割に合わない。別れるようなことがあったら、絶対に許さないんだからな」

 本当に考えが甘すぎる……自分が。酷いことをされたのに原因が分かったら、二人が付き合って幸せになれればそれでいいと思ってしまうなんて。

 顔を上げた松崎と風戸はしっかりと頷いていた。

「……何だか安心した」

「アンネもそう思う? 私も同じ気持ち」

「憑依していないのに、こんなに安心した気持ちになれるなんて。私達はあの二人と憑依する、されるの関係を越えていたのかしらね」

「……そうかもね。私達も二人のことを見習わないと。……ど、どんなことがあっても私の側にいてくれるんでしょ? だったら、私と……付き合ってください」

「……うん!」

 アンネは本当に嬉しそうにエリーゼのことを抱きしめた。どうやら、松崎と風戸の姿を見て一歩を踏み出していく勇気が持てたらしい。

「じゃあ、そろそろアンネとエリーゼを吸血界へ連行しようかしら」

「待ってください! エリュさん!」

「……なに? 風戸さん」

「アンネとエリーゼは吸血界に連行された後に、どうなってしまうんですか? 亮太君を傷つけてしまいましたし、皆さんにも危険な目に遭わせてしまったから、やはり重い罪に問われてしまうんですか?」

「……彼女達にも色々あって、その中には私達、吸血鬼が関わっていることもある。それでも、何も関係ない人間達のいる世界を征服しようとして、特にエリーゼは松崎さんを死の淵まで追いやった。そのことにはちゃんと償ってもらわないとね」

 エリュは迷いなく風戸にそう説明した。悪いことをした者にはそれ相応の罪を償ってもらうのは当然のこと。

「でも、それが悪いと思っているのが分かれば、我々吸血鬼は彼女達に酷い制裁を下そうとは考えていないわ。既に連行されたリーベ・ウォーレンだって、今は魔女界との平和的解決を目指して協力してもらっているからね。彼女達はリーベと同じ役目を果たしてもらうことになるわ」

「そう、なんですか……」

 風戸はほっと胸を撫で下ろしていた。

 あくまでも、吸血界サイドは魔女界とは平和的解決を第一にしているということか。今は魔女達が人間界の征服を試みているから、場合によっては戦っているというだけで。

「エリーゼさん、その……ありがとうございました」

 風戸がお礼を言うと、エリーゼは照れくさそうに笑った。

「……私はただ、あなたに憑依していただけよ。椎原結弦の言うとおり、松崎亮太と幸せになりなさい。私はアンネと幸せになるから」

「……はい」

「何時か、また会えるといいわね。そのときはあなたと顔を合わせてゆっくりと」

「……楽しみにしていますね」

 風戸とエリーゼは互いの顔を見て笑い合った。

「あなたは風戸美紀をしっかりと守りなさいよね。あと、椎原君にしたようなことはもう二度としないこと。そんなことしてたら、風戸さんは守れないんだから」

「今回のことでそれはつくづく思ったよ。アンネ、お前もエリーゼのこと守ってやれよ」

「もちろん」

 松崎とアンネはさっぱりとした感じだ。

 人間と魔女がこうして仲良く話している姿を見ていると、魔女は決して悪い存在ではないのだと改めて思う。エリュから戦争の話を聞いているから、どうしても悪いイメージばかり抱いてしまうけれど。魔女にも喜怒哀楽があって、誰かを思いやる気持ちもある。いずれは吸血鬼と魔女がこうして笑い合えれば、と願う。

「さあ、そろそろ行きましょう。あたしに掴まって」

 そして、松崎と風戸はアンネやエリーゼとのしばしの別れを惜しんだ。また何時か会おうと再会を約束して。

 アンネとエリーゼはエリュの放つ白い光に包み込まれた。その光が消えると、二人の姿はなくなっていたのであった。そのことに一抹の寂しさを覚えた。

「これで終わったか……」

 今回は二人の魔女を相手にしなくてはいけなかったから、リーベの時とは別の大変さがあったな。何はともかく、最後は笑顔で終わることができてよかった。

 あと、近くで意識を失っている前田部長や後藤先輩への対処も必要だけれど、エリーゼに洗脳されていたので今回のことについては不問にしておこう。

「……いや、まだ終わってないぜ、椎原」

「佐竹君の言う通りね。まだ、やっていないことがあるじゃない」

 藍川と佐竹はそう言うと、微笑みながら松崎と風戸の方を見る。

「……なるほど、そういうことか」

 それに気付いた瞬間、俺は風戸と目が合う。

「……頑張れ、風戸」

 風戸にかける言葉はこれしかないだろう。

 風戸は何かを決意したように頷いて、松崎の目の前に立つ。

 一連の出来事を通してもなお、未だにやっていないことが一つだけある。それは――。


「亮太君のことが好きです。私と付き合ってください」

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