第25話『魔女狩り-Elise Violett Ver.-』
松崎とアンネから放たれた告白は、目の前にいる女の子を揺れ動かしている。その証拠に、彼女から放たれている紫色のオーラが乱れ始めた。
「アンネが私のことが好き、って……」
「エリーゼが私のことを攻撃した理由は分かってる。風戸美紀っていう女の子に負の心を抱かせることと、私に対する復讐なんだよね!」
「……!」
エリーゼは目を見開いた。
それにしても、どういうことなんだ? アンネがエリーゼに対して復讐をしたっていうのは。まさか、さっきの閃光はエリーゼを殺すために放ったのか?
「どういうことなの? あたしならともかく、アンネに対する復讐って……」
「……あなたと同じ。エリュ・H・メラン。あの戦争で、私も……エリーゼの大切な魔女を殺しちゃったの。もちろん、殺したくて殺したわけじゃない。吸血鬼を殺そうと放った攻撃が外れて、エリーゼの親友に当たってしまった」
それで、エリーゼの親友が亡くなってしまったわけか。それじゃ、アンネがエリーゼに恨まれていると思っても仕方ないか。
「……何時からエリーゼのことが好きなんだ?」
「戦争の前から。例のことがあっても、エリーゼに対する好意は消えなかった。エリーゼに復讐されても仕方ないって思った。でも、今は違う。エリーゼの隣にいたい。エリーゼのことで苦しんだり、辛い想いをしたりしても構わない!」
「ふざけないで!」
そう言って首を振るエリーゼの眼からは、依然として涙が溢れ出している。
「私にそんな優しい言葉をかけないで! どうすればいいのか分からなくなっちゃうじゃない! 私だって、アンネのことが好きなのに、親友を殺された恨みがずっと消えなくて、この苦しみから解き放たれたくて、殺そうと思ったのに……!」
エリーゼもアンネと同じ想いを抱いていたんだ。だからこそ、さっきの閃光がアンネの急所を外す結果になったのかもしれないな。
「アンネのことを殺しかけた私に優しくしないで! こんなのもういやっ! もう、みんあ私の前からいなくなってよ!」
エリーゼがそう叫ぶと、彼女から紫色のオーラが激しく放出される。
俺でも分かる。彼女から負の感情が出ていて、それが大きな力に変わっていると。このままでは人間界はエリーゼから放たれるオーラで包み込まれる!
「お前達! いるんでしょう! まずはエリュ・H・メラン、椎原結弦を殺しなさい! 他にも殺したい人間がいれば自由に殺しなさい!」
お前達、ってあの女子以外にもまさか、エリーゼに洗脳された人間がいるっていうのか!
「何をするんだ! 離せっ!」
気付けば、佐竹が……後藤先輩に羽交い締めにされていた。そして、すぐ目の前にはナイフを持った前田部長が立っていた。彼等がエリーゼに洗脳されたというのか。まあ、男子テニス部から追放された彼等からは、魔女が目を付けるほどの負の感情は常に湧き出しているか。
「お前が学校に言わなければ、俺と部長はこんな目に遭わなかったんだぞ!」
「……何を言うかと思えば。そもそも、お二人が俺にあんなことをしなければ良かっただけのことじゃないですか?」
佐竹は早々に平静を取り戻し、前田部長と後藤先輩に対して反論する。
「部長! さっさとこいつを殺ってください! そうしたら、次はお前だからな! 椎原!」
しかし、今の佐竹の言葉は火に油を注ぐ結果になってしまい、前田部長と後藤先輩の殺気を更に増幅させる事態に。このままだと本当に佐竹が殺されるぞ!
「佐竹を殺したら今度は学校だけの処分じゃ済まされませんよ。もし、佐竹を傷つけるようなことをしたら、容赦なくお前達を警察に突き出してやる」
「そ、そんなこと、俺達は……」
前田部長が動揺した! 今だっ!
俺はすぐさまに前田部長の所に走って行き、ナイフの持っている右手を強く掴む。必死に抵抗する部長のことを力尽くで押さえ込んでいく。
「松崎!」
「ああ、任せろ!」
そして、松崎も走り出し、前田部長の頭を思い切り蹴り飛ばした。俺は松崎部長の持っているナイフを奪って欲しかっただけだったんだけどな。
何にせよ、今のクリーンヒットにより前田部長はうつぶせに倒れ、その結果、彼の手からナイフが落ちた。
「部長! ったく、お前ら――」
「あなたにはあたしから蹴りを喰らわせてあげるわ」
そう言ったときには既に後藤先輩の頭を蹴る体勢に入っており、次の瞬間、エリュは彼の頭を思い切り蹴り飛ばした。
それによって、後藤先輩は気を失って、仰向けに倒れた。
「こんな奴等でも洗脳は解かないといけないのよね、まったく……」
エリュは面倒臭そうに前田部長と後藤先輩にかかった洗脳を解いた。その際に二人の手を噛んだのだが、噛み方がかなり雑だった。
「さあ、あなたの洗脳した人間はいなくなったわよ。もう観念して、アンネのように憑依した風戸さんの体からさっさと出なさい!」
「嫌よ! この体から出たら、私のことを殺すつもりでしょ!」
「そんなことしないわ! 現にアンネだって殺していないし、変に抵抗しない限りはあなたに危害を加えるつもりはないから」
あくまでも、俺達は魔女を倒すのが目的であって、決して殺すわけではない。それをエリーゼにも分かって欲しいけれど、吸血鬼とはかつて殺し合う関係だったから、なかなか分かってくれないのかもしれない。
「エリーゼ! あなたの目的は私に復讐することだけでしょう? それなら、風戸美紀を巻き込むのはやめて!」
「私の目的、はっ……!」
エリーゼを包み込んでいるオーラがまた揺らぎ始めた。そういえば、さっきもアンネが目的のことを話したら、彼女からオーラが乱れていたな。
「……私は魔女としての使命を、果たすために……!」
「そんなことをしたら、また吸血界との戦争が始まるだけよ! そうしたら、エリーゼはまた大切な存在を失うことになるかもしれない! もう、こんなことは辞めようよ、エリーゼ! エリーゼの苦しみは私が受け止めるから」
「だから止めてよ! どうして、あなたに酷いことをした私にそんなに優しい言葉をかけてくれるの? 私の苦しみを受け止めるなんて。そんなことを言われたら、あなたのことがより一層好きになって、一度でもあなたを殺そうと攻撃したことが、とても罪深くなっちゃうじゃない……」
エリーゼはきっと……目的を果たそうか迷っているんだ。自分の大切なものを奪ったアンネを殺害するかどうか。アンネに対する恋心がエリーゼを完全に迷わせている。
「あっ……そ、そんなっ……」
エリーゼが声を漏らすと、彼女から放たれるオーラが段々と薄くなっていく。何が起こったというんだ?
「あなたは私のそんな気持ちを……端から感じ取っていたの? そんなっ、必死に抑えていたのに、気付かれていたなんて……!」
独り言とは違う。誰かに話しかけているんだ。今の言葉からして、アンネでもなければ、エリュや俺達でもなさそうだ。
「……もしかしたら、風戸さんかもしれない。あたし達から見えないところで彼女が説得しているのかもしれないわ」
じゃあ、エリーゼが苦しそうにしているのも、風戸によるものなのか。松崎の告白が風戸に届いて、負の感情がなくなり始めているのかも。
「もう、だめっ……!」
すると、風戸の体が紫色の光に包み込まれ、その光はやがて二つに分裂した。光がなくなると、そこには風戸と紫色のセミロングヘアが印象的な女の子がいた。紫色の髪の子がエリーゼ・ヴィオレットの本当の姿なのか。結構可愛らしい女の子だ。
「美紀!」
松崎はすぐさまに風戸の元へ駆け寄り、エリーゼから守るようにして風戸のことを抱きしめた。その気持ちに答えるように、風戸が松崎のことを抱きしめる。
「多分、松崎さんの告白によって風戸さんの負の感情がなくなっていき、エリーゼにとって居心地の悪い場所になったのね。それに、憑依されている風戸さんから、こんなことはもうすべきじゃないと言われたんだと思うわ」
「まさか、仲間の魔女と憑依されている人間によって追い出されるとはな……」
「……魔女にも心がある、ってことなのよ。さてと、私は風戸さんにちょっとした処置をしてこようかしら」
魔女に再び憑依されないようにするための処置かな。エリュは風戸のところに向かった。
エリーゼは息苦しそうにしている。
「私は魔女なの。あの戦争の復讐を果たすの。だから、私は……!」
そして、彼女は鋭い視線を俺に向けた。
「この中で一番負の感情を持っている人間はあなた。知ってるわよ、あなた……クラスで虐められて、復讐しようとしているのよね。その復讐心、私と共有しましょ。傷つけた者に制裁を一緒に下しましょう!」
エリーゼは……俺に憑依しようとしているのか!
「私に憑依させてくれるなら、命だけは助けてあげる! いいや、死なせない! あなたからはとんでもなく黒い感情が湧き出ているんだから!」
そう言った次の瞬間、エリーゼは姿を消した。
そして、とんでもなく冷たい風を感じた。
「そうはさせないわ!」
風戸の処置を終えたエリュは、エリーゼの憑依を阻止しようと俺のところに戻ろうとする。でも、エリュは間に合わない気がする。
くそ、どうすればエリーゼの憑依から逃れられるんだ!
「もう、止めようよ」
気付けば、アンネがエリーゼの腕を掴んでいた。
「離して! 離してよ! あなたを傷つけた私はあなたを好きになる資格はない! そんな私にはもう、魔女としての名目を果たす以外はないの! だから――」
「いい加減にして!」
――パシン!
アンネはエリーゼの頬を叩いた。そして、エリーゼのことを包み込むように抱きしめた。そんなアンナの眼からは涙が流れていた。
「私はもう、これ以上エリーゼが苦しんで欲しくないの。エリーゼを苛ませる苦しみって、吸血鬼に復讐しないとなくならないものなの? そうじゃないなら、もう……こんなことは止めようよ。私がエリーゼの側にいるから」
アンネの優しい言葉が心に刺さっているのか、エリーゼの体が小刻みに震える。
「……う、うううっ……」
そして、彼女は声に出して泣き始めた。戦争で大切な存在を失ってからの悲しみを流し出すように。そんな彼女の頭をアンネは優しく撫でる。
そんな光景を見て、人も、吸血鬼も、魔女も……感情を持っている同じ生き物であるという当たり前のことに気付かされるのであった。




