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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第2章
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第22話『不適な笑み』

 午後二時半。

 俺達は藍川達との待ち合わせ場所に向かう。その場所はテニスの大会会場から徒歩十分ほどにある広場で、休日の昼過ぎである今の時間でも静かなのが特徴。魔女との戦いも想定しているので、できるだけ人が来ないような場所にしたのだ。

 広場にはベンチがあり、そこに結衣達が座っていた。楽しげに話している様子からして、どうやら風戸には松崎から告白されるかも、とは思われていないようだ。

「あっ……」

 俺達の足音に気付いたのか、風戸はこちらの方を向いて、少し驚いた表情を見せる。

「亮太君と佐竹君だ。それに、椎原君もいる……」

 そう呟くと、風戸は優しく微笑んだ。

「佐竹君。勝ったね。おめでとう」

「……ああ、ありがとう。まだトーナメントは続くから、ここで満足しちゃいけない」

「そっか。でも、佐竹君……二人の先輩に虐められてたんだよね。それなのに、あんなに凄いプレーができるなんて。あの二人の先輩さえいなければどうなっていたんだろう、ってちょっと興奮しちゃった」

「……そうか。でも、俺なりのテニスをしてるんじゃないかな」

 どうしたんだろう、佐竹。嬉しそうにはしているけれど、一瞬、言葉に詰まっているように見えた。

「……ま、松崎……」

 佐竹の嬉しそうな笑みが苦笑いへと変わった。

 さっきは告白する勇気が出たとかなり元気そうだったのに、風戸を前にしているからかとても緊張しているようだ。その証拠に体はガクガク震えて、額からは汗が滲み出ている。

「ど、どうかしたの? 亮太君……」

 挙げ句の果てには今から告白する相手である風戸までにも心配される始末。

「……あのさ、美紀。今日、美紀を誘ったのは、佐竹君の応援だけじゃないんだ」

 このままではいけないと思ったのか、結衣の友達の女子が本題を切り出した。

「どういうこと? 佐竹君の応援をするためだけじゃないって……」

 当の本人である風戸は訳が分からず、笑いつつも戸惑っている模様。もう、この状況になったら何としてでも松崎に告白させないと。彼には風戸への恋心があるのだから、あとはそれを言葉にするだけだ。

「ほら、松崎。頑張れ」

「言ってこい」

 そう言って、俺と佐竹で松崎のことを風戸の目の前まで連れて行く。

 ついさっきまでとは違う、どこか真剣で緊張感のある空気。それが風戸にもしっかりと伝わっているようで、松崎が目の前に立っても、一歩も動かずに彼のことを見つめている。

 俺達の役目はこれで終わりだ。今は松崎の告白を見守っていることにしよう。

 しかし、ここから……無言の時間が続く。

 俺と佐竹が風戸の前に無理矢理立たせたからか、松崎の緊張が無くなる気配がなく、なかなか告白まで踏み切ることができない。そんな彼を目の前にしても、風戸は微笑みを絶やさないから本当にいい女の子だな。幼なじみだからなのかな。

「……あ、あのさ。美紀」

「……なあに?」

 風戸はちょっと首をかしげながら、口角を上げる。

 さあ、言うんだ。風戸に抱いている想いを。


「……俺は美紀のことが好きだ。俺と付き合ってください」


 全てはこの一言のために。

 松崎が想いを風戸に言えるように、ここにいる皆が協力してきた。だからこそ、俺達は松崎がここまで辿り着いたことを嬉しく思う。

 そして、同時に緊張感がほとばしる。今の松崎の告白に対する風戸からの返事がどんなものなのか。俺達はその時をただひたすら待つ。

「……ふふっ」

 風戸はにっこりと笑って、可愛らしい笑い声を漏らす。

「亮太君、私のことが好きなんだ。その気持ち、とっても嬉しいよ」

「じゃ、じゃあ――」

「だけどね」

 いつもと違う風戸の声色で、告白が成功しそうだった雰囲気が変わる。さっきまで暖かく感じていた風が、段々と肌寒くなってきた。

「私は亮太君のこと、幼なじみまでにしか考えられないの。ごめんね。それに、私にも好きな人がいるんだよね。私、その人に告白したんだけど、一回振られちゃって。どうしても諦められなくて。その人はね亮太君も、そして、皆も知っている人だよ」

 皆、知っているに決まっている。風戸がある人に告白をして振られたことから生まれた松崎の負の感情を取り除こうとしているのだから。

 そして、皆が俺のことを見た瞬間だった。

「うっ……!」

 突然、体が縛られている感覚に陥る。体に力を入れることができず、立っているのがやっとという状態だ。

「ど、どういうことだ!」

 すぐさまに松崎の方を見るが、彼は今のことでのショックからか跪いてしまっている。この様子からしてアンネが俺のことを金縛りにしているとは思えない。

「つっかまえた」

 結衣の友達の女子が後ろから俺のことをぎゅっと抱きしめる。そのことで一瞬、蹌踉めいてしまうが、彼女が抱きしめる形で俺のことを支えている。

「椎原君、いい匂いがする。ねえ、私にも椎原君を楽しませてくれないと嫌だよ?」

 そう言って、女子は体を擦り合わせてくる。そのことによって、彼女の柔らかな感触とほんのりと甘い匂いを感じる。

「あなた、一体誰なの!」

 エリュは風戸に向かってそう叫んだ。

「気をつけろ、椎原! こいつ、いつもの風戸じゃないぞ!」

 やっぱり、今の風戸は普段の彼女じゃないんだ。忠告は嬉しいけれど、もう金縛りに遭っちまった。

 突然の金縛りに、結衣の友達による突然のハグ。考えられることは一つしかない!

「お前、風戸じゃないな! お前はアンネとは別の魔女だ!」

 エリュの想定していた通り、人間界にはアンネ以外の魔女がいたんだ。そして、その魔女がよりによって風戸に憑依して俺達のことを見張っていたってことか。

 風戸は不適な笑みを浮かべて、

「魔女? 何のことかなぁ。私は彼女と一緒に椎原君を私達の彼氏にしようとしていただけだよ」

「俺に金縛りをかけておいて、何を今更。普通の人間にこんなことができるわけがない。今は風戸の意識が眠り、別の誰かが風戸の体を支配している証拠だろう」

 そして、背後から俺のことを拘束している女子は、風戸に憑依している魔女に洗脳されたんだろう。今さっきの会話からして、彼女は俺に恋心を抱きつつも告白していないから、心の中に留まっている恋心を洗脳に利用されてしまった、というところだろう。

 風戸は可愛らしく、そして、冷たい笑顔を浮かべながら俺の方へ近づいてくる。

「……ねえ、椎原君をちょうだい。椎原君、色々な意味で魅力的だから」

「結弦に何をする気なの!」

 エリュが止めに入ろうとするが、風戸は余裕の笑みを浮かべて、

「……そういえば、見かけない女の子だね。そんなに不機嫌になっちゃって、椎原君に好意でもあるの?」

「は、はあ? そ、そんなわけないでしょ! それでもね、あたしにとって結弦は……」

 あたふたした様子でそう言いながらも、エリュはその場でもじもじしてしまい、結局は黙り込んでしまった。これも魔女の力なのか?

「椎原君、色々な女の子を虜にしてきているみたい。でも、これからは私だけがあなたの虜だし、あなたも私の虜になるんだよ」

「何だって……!」

 風戸の虜になるって、まさか!

「結弦! 目を瞑りなさい! 風戸さんに憑依している魔女はあなたを洗脳しようとしているわ! 彼女の目を見ちゃだめっ!」

「だ、だけど……!」

 目を閉じようとしているけれど、金縛りに遭っている所為か、目を閉じることもできなければ、風戸から視線を離すことができない。

 このまま、俺は……風戸に憑依する魔女に洗脳されてしまうのか?

「予想外だったわ……」

 その瞬間、跪いていた松崎がゆっくりと立ち上がる。ただ、この口調ってことは、意識はアンネだな。


「まさか、振られることでここまでダメージを受けるなんて。言ってくれるじゃないの。エリーゼ・ヴィオレット」

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