第19話『Zero or One?』
職員会議は終わったものの、保護者、テニス協会などへ対応をしなければならなくなったので、午前中の授業は全て自習となった。
そして、昼休み。
「松崎。椎原達がお前と話したいらしい」
佐竹はすぐさまに松崎へそう切り出した。
「椎原が……?」
そう呟いて俺のことを見る松崎の視線はとても鋭く、どこか軽蔑しているようにも見える。今は松崎の意識なのか。
「……梅澤と俺の洗脳をあいつらに解かれたんだ。あとはお前だけだぞ。それに、風戸のことだって知っているんだ」
「余計なこと喋りやがって」
「本当に風戸がいないところだと生意気な態度を取るよな……」
佐竹はやれやれ、といった感じだ。
俺は松崎が風戸と一緒にいる場面を見たことがないから、彼女の前での彼の変わりぶりがどんなものなのか興味はある。
「それに椎原達は風戸のことで協力したいと言っているんだ」
「……佐竹や梅澤に藍川、百歩譲ってもそこの吸血鬼ならまだいいが、椎原だけには協力してほしくねえよ。あんな奴の協力を求めるくらいなら死んだ方がマシだ」
そんなことで死ぬ決意をするとは。俺のことを相当嫌っているんだな。あと、衰弱死を試みた経験がある身として、実際に死のうとするのはとてもきついんだって言ってやりたい気分。
「松崎の気持ちも分かるけれど、考えてみろ。椎原はあの大人しい風戸から告白されたんだぞ。あいつに告白されたいとは思わないのか」
「それは……」
「椎原から告白されるテクニックを学ぶんだ。逆に成功する告白するテクニックも学ぶんだよ。あいつは一度も告白を受け入れたことがない。そんな奴でも付き合ってもらえるような告白の技術をつけるんだよ」
「な、なるほど……」
さすがは佐竹といったところか。頑なに俺に協力してもらうのを嫌がっていた松崎を考えさせるなんて。説得の内容はどうかしているけれど。風戸に告白されるテクニックって何なんだよ。俺は特に何もしていないぞ。
「……分かった。今回だけだぞ」
あっさりと佐竹の説得に乗せられたな!
「じゃあ、ここで話すのは何だから外に出て話そうぜ。テニスコートの近くでいいか?」
「ああ、分かった」
佐竹のおかげで、松崎と話し合う機会を作るという最初の関門を突破できた。あとは風戸に対してどうしたいかという松崎の気持ちを訊ければいい。それに加えてアンネ以外の魔女がいるかどうか。
俺達はさっそく校舎を出て、テニスコートへと向かう。テニスコートには誰もいなかったのでゆっくりと話すことができるだろう。
「ちなみに、エリュ。誰か魔女の視線を感じるか?」
「……いいえ、特に感じませんね。でも、私に気付かれない程度の遠い場所から、私達のことを見ている可能性はあります」
「そうか、分かった」
現時点で誰かの視線を感じれば、アンネ以外の魔女がいることが確定したんだけどな。そう簡単に相手も尻尾を出さないか。
さて、本来の目的に移ろうか。
俺は松崎の前に立つ。すると、元々鋭かった松崎の目つきが更に鋭くなっていく。
「単刀直入に聞こう。松崎、お前は風戸とどんな関係になりたい? 自分の気持ちさえ伝えられれば満足なのか。それとも、彼女と付き合いたいのか……」
「……つ、付き合いたいに決まっているだろ」
風戸のことになると急に普段の強気な態度が消えていくな。そんな彼の態度を見てとりあえず、風戸のことが大好きなことだけは分かった。
「付き合いたいなら、その前に自分の想いを風戸に伝えないとな」
「……そ、それは所謂告白じゃねえか……」
松崎の表情がみるみるうちに赤くなっていく。恋に奥手という彼の性格が如実に表れているな。
「なあ、椎原!」
その瞬間、がっ、と松崎に両肩を掴まれる。
「どうすれば美紀に告白されるんだ! 教えてくれ!」
「俺はただ、普段通りにしていただけだ! それに、風戸と初対面で告白されたから、彼女には何もしていないぞ」
「そ、そうか……でも、椎原の習慣が美紀を惚れさせたのかもしれない! それに、認めたくはないが、俺よりも顔立ちが整っている。そこに惹かれたのか……?」
松崎の奴、風戸から告白されることしか考えてないぞ。
「ちょっと待て。自分から告白する気はないのか?」
「告白できる勇気があったら今まで悩んでねえよ!」
今日一番の罵声を浴びせられた。
けれど、松崎の言うことはごもっともなことで。風戸への好意を口にできず、心に留めてしまっている所為で苦しんでいるんだ。告白できるような性格であれば、今のようには悩んでいないだろう。
「美紀のことは好きだ。でも、告白するのが怖いんだよ、俺は。それに、美紀が椎原に告白してから、何だか俺との距離がちょっとだけ広がったような気がしたんだ」
「俺にはそういう風には見えないけれどな……」
風戸に好意を抱く幼なじみだけが分かるくらいの微々たる変化なのだろう。しかし、その変化のタイミングが俺に告白した後っていうのが気になるな。
「結弦さんに告白してしまったことが気まずかったのでしょうかね」
「……分からねえ。でも、俺に知られて、今の関係が崩れることを恐れているのかもしれない」
「それなら、風戸に告白すれば成功すると思うんだけどな」
「でも、あ、あるだろ! 好意は抱いていなくても、幼なじみという関係は崩したくないっていうことだって!」
「……まあ、そうだな。幼なじみがいなくなるのは寂しいことだろうし」
おそらく、幼なじみという存在は特別なものなのだろう。昔から親密な関係であり、今でも一緒に登校しているくらいだから、そんな人との関係が崩れてしまうことを恐れる。
「俺は怖いんだよ。告白することで美紀と気まずくなって、今までのような幼なじみという関係さえもなくなっちまうかもしれないって……」
「でも、松崎は風戸と付き合いたいんだろう?」
「……ああ」
「それも幼なじみっていう関係を崩すことじゃないか。それに、現に今だって前みたいな感じの距離感じゃなくなってきているんだろう? 昔と同じように、いや、昔以上に風戸と親密な関係になりたいなら、風戸のことが好きだという松崎の想いを伝えることが俺はベストだと思うんだけれど。どうだろう?」
風戸が俺に告白をして距離が開いてしまったのなら、その開いた分を取り戻すのも告白しかないと思うんだ。そして、そこから松崎の願う風戸との恋人関係に繋がっていくんだと思う。
「……なあ、椎原」
「何だ?」
「俺が告白したら、俺は美紀と付き合えるか?」
そう訊く松崎の目つきは真剣そのものだった。そこには俺に対する嫌悪などは全く感じられず、風戸への真っ直ぐな想いが詰まっているように思えた。
「……俺にはどうなるか分からない。人の心に絶対なんてあり得ないからな。でも、自分の想いを素直に伝えることが、風戸と付き合うためには必要なことなんだと思う」
「そう、か……」
「告白は松崎にしかできないけれど、その協力は俺達だってできる。きっと、アンネにもそんなことを言われて憑依されたんじゃないか?」
各々の悩みを解決したいという理由で、アンネは梅澤と佐竹を洗脳したんだ。そんな彼女が松崎に憑依する理由もきっと、彼の悩みの手助けをすることなんだと思う。
「……何でもお見通しなんだな、椎原は」
「皆がいなかったら、ここまで来られなかったよ」
「……そうか」
そして、松崎はふっ、と笑って、
「今はまだ勇気が出ないけれど、あいつに……告白してみるか」




