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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第2章
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第18話『道筋』

 松崎の負の感情を無くす鍵。それは、彼の幼なじみである風戸美紀への好意。

 彼女に対して想いを一度も伝えたことのない今、負の感情を無くすには松崎が風戸に告白するのが一番手っ取り早い。

 ただ、そこには懸念が二つほどあった。

 一つは松崎が風戸に対して告白できるかどうか。恋愛には奥手だという彼が、告白まで辿り着けるかどうか。

 もう一つは松崎が告白できたとしても、風戸の答えによっては彼の負の感情を増幅させることになるのではないかという点だ。

 俺の知っている限りでは風戸が誰かと付き合っているということは一切聞いていない。だから、告白する価値は十分にあると思う。

「風戸さんに松崎さんへの想いを聞いてみるのもいいと思うのですがどうでしょう?」

「そうだなぁ……」

 教室に戻っても、職員会議が長引いているので引き続き、自習という名の自由時間になっている。その間、俺、エリュ、結衣、佐竹は松崎と風戸の二人のことについてどうしていくか考えていた。

「佐竹、松崎と風戸って普段はどんな感じなんだ?」

「学校では別々のクラスだからあまり会わないみたいだけど、二人の家が結構近いから毎日一緒に学校へ来ているみたいだ」

 まざに幼なじみ、という感じだな。一緒に登校してきているということは、二人の仲は普通にいいってことか。ただし、それは幼なじみとしてだけれど。

「ということは、やっぱり松崎の奥手な性格によって、風戸に一歩踏み込めないって感じか」

「それも一つあるだろうが、風戸も大人しい感じの女子だ。もしかしたら、風戸も松崎のことが好きだけど、幼なじみよりも進展した関係へと踏み出す勇気がないかもしれない」

「両想いの可能性もあるのね……」

 お互いに相手への好意が伝えられていないだけならいいんだけれど。

 佐竹の言うとおり、風戸は昼モードのエリュに似たお淑やかな女子生徒だ。俺に告白してくれたときも、精一杯の想いをやっと口に出せたという感じだった。実は両想いでした、という可能性は十分にあり得る。

「松崎が風戸への恋心を抱いているのは確かだ。でも、その逆はどうか分からない。エリュの言うとおり、松崎が告白するよりも前に、風戸に彼への気持ちを聞くというのはありだと思う」

 一番恐ろしいのは、風戸は松崎と恋人として付き合う気が全くないのに、それを知らずに松崎が彼女に告白してしまうことだ。もし、そうなったら今よりも負の感情が増幅し、最悪のパターンになりかねない。

「考え得る最悪な流れにしないためですね、結弦さん」

「ああ。風戸が松崎に好意を抱いていなかったとしても、松崎の持っている負の感情を無くす方法はあるはずだ」

「でも、松崎君は風戸さんに好意を抱いているからこそ、彼女のことを振った結弦に怒りを抱いているのよ。それなのに、風戸さんが松崎君に好意を持っていなかったら、彼から負の感情を取り除いて、アンネの憑依を解くなんてこと無理な気がするんだけれど」

 確かに結衣の言うとおりだ。松崎は風戸に恋心を抱いていて、そこから負の感情も生まれてしまっているんだ。もし、風戸が松崎に好意を抱いていなかったら、松崎に負の感情を取り除く方法が無に等しくなってしまう。

 結衣の指摘に言葉が出ない。風戸に松崎の気持ちを訊くくらいなら、そんなことはせずにどんな結果になろうとも松崎に告白させた方がいいのだろうか。

「……まずはあいつの気持ちを聞かない限り動けないと思うけど」

 俺達が悩んでいる中、佐竹は冷静な表情をして言った。

「椎原達は松崎が風戸に告白して、二人が付き合うようにならないと何もかもが駄目なように聞こえる。あくまでも俺達がすべきことは、あいつの負の感情を取り除いてアンネを彼から追い出すことだろう?」

「……そう、だな」

 松崎が幼なじみの風戸のことに好意を抱いている。そして、そんな意中の相手から俺は告白をされ、振ってしまった。そのことによって、松崎が負の感情を抱いた。

 いつの間にか、俺は松崎が風戸と付き合わないと負の感情が消えず、むしろ増幅させてしまう結果になると思い込んでいたんだ。恐らく、風戸を介して松崎に負の感情を抱かせてしまった罪悪感があるからだと思う。

「佐竹さんの言うとおりですね。まずは松崎さん本人がどうしたいのかを知ることがいいかもしれません」

「そうね。風戸さんに想いを伝えたいのか。付き合いたいのか。それとも、また別の理由なのか。それを知ることで、アンネの憑依を解く道筋が付くと思うわ」

「ああ。そうだな。松崎から話を聞くことで一度、考え直した方がいいだろう」

 そうだ、俺達は……アンネを松崎から追い出し、彼女を倒すことだ。

「……結弦さん」

 突然、俺の名を呼ぶエリュの顔はとても真剣だった。

「松崎さんに負の感情を抱かせてしまったかもしれませんけれど、そのことに対して罪悪感を抱く必要はないんですよ」

「……ありがとう」

 エリュがそう言ってくれるのは有り難いけれど、リーベの件や今回の件を通して、俺は周りの人間を傷つけていると痛感している。俺があんな目に遭うのは当然かもしれないと思ってしまうほどだ。

「……結弦さんは傷つけるために、想いを伝えてくれた人を振ったわけではないのでしょう?」

「もちろんさ」

「それなら、結弦さんは何も悪くありません。例え、結弦さんが振ったことで負の感情を抱いてしまうことになっても。結弦さんはもっと堂々としていてください」

 エリュの優しい言葉が心に染み渡ってくる。彼女がいなかったら、今頃、俺はどうなっていたのか。何度もそれを思う。

「罪悪感を深く抱くと魔女に憑依されるかもしれません。それに、何だか不安なんです」

「どういうことだ?」

「……昨日、皆さんと一緒にテニスコートから校舎に行く際、誰かの視線を感じたと言いましたよね。当初はアンネの視線かと思っていたのですが、何だかそれは違うような気がしまして」

「違うってことは、アンネ以外の魔女が俺達の姿を見ていた可能性があるってことか」

「ええ。そう考えるのが自然でしょう。アンネは佐竹さんを助けたがっていました。でも、私の感じた視線はちょっと怖かったんです」

「だから、その視線はアンネのものじゃないと」

「……ええ」

 仮にアンネの他に魔女がいたとしたら、そいつはアンネの仲間であることもあり得る。そうなると、アンネと同じように誰かに憑依している可能性は十分にある。

「でも、もしアンネ以外の魔女がいるとしたら、エリュさんがとっくに気付いているんじゃない?」

 鋭いな。アンネの場合、魔女が近くにいるとエリュが言ってから、松崎に憑依したアンネと出会ったのだ。もし、他にも魔女がいれば、アンネの時と同様に魔女がいると気付いてもおかしくないはず。

「気付けないこともありますよ、結衣さん。あまり強くない悪心を持っている魔女や、あとは物理的な距離があると気付けないという単純な理由もありますね」

「じゃあ、強い悪心は持っているけれど、エリュさんに気付かれない程度に離れた距離から私達を見ているということもあり得るのね」

「ええ。そして、あの時だけ視線という形で私が気付いた、ということも考えられます」

 なるほど、だからエリュは俺に罪悪感をあまり深く抱くなと言ったのか。俺達の気付かないところに魔女がいるかもしれないし、その魔女に憑依される危険があるから。

「洗脳されるときに、アンネ以外の魔女がいるような話は聞かなかったな」

「そうですか。まあ、私達に洗脳が解かれるかもしれないことも考えて言わないだけかもしれませんが」

「アンネは梅崎や佐竹を救うために洗脳したわけだからな」

 俺達に洗脳が解かれる可能性の大きい人間に、自分達の手の内を明かすようなことはしないってことか。

「まずは昼休みにでも、松崎さんに風戸さんのことについて話を聞きましょう。そして、アンネの他にも魔女がいるかどうかも」

「ああ、そうしよう」

 松崎のことさえ解決できれば今回の件も終わるはずなのだが、そう簡単にはいかないような気がしてならなかった。

 空を見ると、雲の切れ間から青空が覗いているものの、雲は今朝に比べてずっと黒くなっているのであった。

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