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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第2章
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第17話『佐竹和馬』

「うっ……」

 エリュの言うとおり、洗脳を解除してから数分ほどで佐竹は意識を取り戻した。すんなりと終わったからか、洗脳解除によって特に気分が悪くなっている様子は見られない。

「……あんまり変わらないんだな」

「それはあなたがちゃんと負の感情を抱える原因を解決したからですよ。まあ、アンネの洗脳が弱かったこともありますが」

「……そう、か。俺を洗脳するときには結構興味津々そうだったんだけどな」

「恐らく、あの二人の先輩への怒りが相当なものだったからでしょう。洗脳するにはうってつけの人材だと思います」

「確かに、初めてテニスの練習を拒まれたときから怒りの感情はあったな。恨んでいたと言ってもいい」

 恨んでいた、か。アンネなどの魔女にとっては大好物の言葉だろう。そして、アンネはそんな彼の感情を男子テニス部の練習を見てひしひしと感じたんだろうな。

「それで、アンネに言われたんだよな。前田部長と後藤先輩のことを殺しましょう、って」

「ああ。俺の手で復讐をしよう。私はその手伝いを喜んでするって言われた」

「そう言われたとき、普段の松崎とは違うと思わなかったのか? 話し方もそうだろうし、松崎なら絶対にそんなことを言わないとか……」

「違和感はもちろんあったさ。でも、当時の俺はあの二人に対する怒りばっかりで、松崎の声で『殺そう』って言われたら、それもいいかなって思ったんだよな。それはとんでもないことは分かっていたけれど、あの二人に何とかして復讐したい気持ちの方が勝っちまったんだ」

 なるほど。話し方の違和感やとんでもない内容を言っていても、その声が松崎のものだから、佐竹はアンネの思う壺になってしまったんだ。そして、彼女に洗脳された。

「でも、アンネは佐竹さんにあの二人を殺させたくないようでした」

「……今思うとそれも納得だった。洗脳されてからも、特に二人の殺害について話すことは一度もなかった。ただ、アンネに洗脳されてから、あの二人に何をされても『いつか絶対に復讐してやる』っていう気持ちばかりで、辛く思わなくなったな」

「もしかしたら、アンネは佐竹に辛い感情を抱かせたくなかったのかもな。まあ、その代わりに恨みの感情を強くするのは何とも言いがたいけれど」

 しかし、洗脳をすることで辛い想いをさせないようにする、という一点に関しては梅澤の時と共通している。

「思うんだけどさ、アンネってそんなに悪い魔女なのか? 俺はそんな風にはあまり思えないんだけど」

 佐竹の言うとおり、アンネはあまり悪い存在には思えない。俺が前田部長と後藤先輩に責められているときも、アンネは二人に対して怒りの感情を露わにしていた。

「……佐竹君の意見に同意ね」

 俺の横で結衣がはっきりとした口調で言った。

「私、リーベっていう魔女に憑依されているから分かるの。魔女も人間や吸血鬼と同じように悩んだ心を持っているの。もしかしたら、アンネは何か悩みを持っていて、自分と同じように悩みを抱えた人を助けたくなったんじゃないかしら。ただ、その方法が洗脳っていう方法しかなかっただけで……」

 アンネは何かしらの悩みを持っている、か。人間界の征服、エリュと俺の殺害という魔女としての目的以外に何かあるとするなら、彼女自身の悩みをこの人間界で解決しようとしている、というのは結構ありそうな話だ。

「確かにリーベも私を殺害しようとしたのは、戦争で彼女の友人達を私に殺されたという個人的な理由でした。それに、リーベも結衣さんを助けようとしていましたもんね」

「そう、だから……もしかしたら、アンネは松崎君のことも助けようとしているかもしれない。だって、洗脳した梅澤君と佐竹君だって、結局は二人のことを助けようとしたからじゃないの」

 結衣が意見を言うと、エリュは優しげな笑みを浮かべた。

「そうですね。助けようとした例が二つあるんですから、アンネは松崎さんを助けようとしていると考えていいでしょう」

 話の流れから、佐竹が目を覚ましたら絶対に訊きたかったことを今、訊いてみよう。

「そこでだ、佐竹。松崎が何か負の感情を抱えるきっかけに心当たりはないか? ささいなことでもいいからさ」

「……ああ、一つだけあるな」

 そう言うと、佐竹は何故か苦笑いをした。親友が負の感情を抱くきっかけを訊いているのにどうしてそんな表情になるのか。もしかして、その理由はみんな大したことではないと納得してしまうほどのものなのか?

「……お前にあるんだよ、椎原」

「お、俺だって?」

「でも、結弦さんは松崎さんが負の感情を抱かせるようなことをした覚えはないと言っていましたよね?」

「もちろんだ」

 高校入学以降の記憶を必死に辿っているけれど、松崎に負の感情を抱かせるようなことをした覚えはない。あるとすれば、復讐宣言をする直前、俺の机の上に置かれていた花瓶の水を彼の頭にかけて、花瓶に刺さった百合の花を彼のブレザーのポケットに無理矢理突っ込んだことくらいか。

「そういえば、復讐宣言の直前に彼の頭に水をかけて、ブレザーのポケットに百合の花を差していたわよね。もしかして、あれが原因じゃない?」

「ま、まさかな……」

 しかし、それ以前に松崎は俺のことを虐めていた。もし、彼が負の感情を抱く理由と、俺を虐めた理由が同じだとしたら、花瓶の件ではないことは確実だ。そうなると、その理由とはいったい何なのか。

「風戸美紀。その名前は覚えているだろう?」

「……ああ、覚えているよ」

 風戸美紀かざとみき。確か、隣のクラスの女子生徒だ。黒くて艶やかなセミロングの髪が印象深くて、雰囲気は今のモードのエリュに似ている。俺がどうしてここまで覚えているかという、と――。

「……あっ、もしかして……」

「どうやら、その表情は推測できたみたいだな。お前、風戸のことを振っただろ。彼女、松崎の幼なじみなんだよ。松崎は風戸のことが好きなんだよ。そんな彼女はお前に告白して見事に振られた」

「……それじゃ、俺に嫌悪感を抱いても仕方ないな」

 なるほど、それで松崎は負の感情を抱いたというわけか。そして、直接的ではないものの風戸美紀を通して俺がその原因を作ってしまったと。

『はあっ……』

 エリュと結衣のため息が見事にシンクロする。

「本当に、結弦さんはどれだけ自分を好いてくれる人を振るんでしょうか……」

「まあ、まだ誰とも付き合っていないのは嬉しいけれど、ここまで多いとさすがにちょっと……」

 二人とも優しい口調で言ってはくれているけれど、俺のことをちょっと軽蔑したような目つきで見ている。その視線には呆れも混じっているように思えた。

「……それで、松崎さんは風戸さんという女子生徒さんを今でも好きなのでしょうか」

「もちろん。だからこそ、椎原に怒っているんじゃないのか?」

「……なるほど」

 エリュと結衣は納得した表情をして頷いている。これ、明らかに俺が悪者になってるな。まあ、実際に風戸を振ったのは事実だし、そのことで松崎の心を傷つけてしまったのなら本当に申し訳なく思う。

「そうなると、松崎の負の感情を解決する方法は、風戸に自分の想いを伝えることかな」

「そうだな。あいつ、普段は強気だけど、恋愛に関しては奥手だから……告白は今まで一度もしたことはない。まあ、風戸と付き合えるようになれば一番だけど」

「それが一番いい形だろうけど、今の話を聞くと告白することさえも大きな壁になっているように思えるな」

「もしかしたら、アンネは松崎さんの恋の応援をするために、彼に憑依したのかもしれませんね」

 リーベの例もあるから、その可能性は高そうだ。

「でも、これでアンネの憑依を解く鍵が見つかったわね」

「松崎の想いを風戸に伝えること、か……」

 告白すること自体でもハードルが高そうだ。そして、その結果次第では今よりも更に大きな負の感情を抱いてしまう可能性もある。

 恋心だからこそ慎重に考えていかないとな。まあ、俺はそんなことを言えるような身分じゃないけれど。

「ありがとうございます、佐竹さん。この後の方向性が掴めました」

「散々迷惑をかけたんだ。このくらいはお安いご用さ。何か協力してほしいことがあったら言ってくれ」

「ありがとう、佐竹」

「気にするな」

 そう言うと佐竹は爽やかに笑う。それは俺の記憶にある屈託の無い笑顔だった。

 それから程なくして、俺達は教室に戻るのであった。

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