第15話『ゲリラ』
前田部長と後藤先輩の突然の乱入により、教室の中は混乱した状況になっている。そんな中で二人に対峙しているのは俺達と佐竹達だけだ。
二人は鋭い目つきで佐竹のことを見ている。その所為か、佐竹は怯えてしまい、二人とは目を遭わせないようにしている。
「結弦さん、どうしましょう……」
「……とにかく、エリュは姿を消したまま何もしないでくれ。ここで吸血鬼のお前が姿を現したら、更に混乱した状況になる。だから、エリュは見守っていてくれないか」
二人は魔女から洗脳されているわけではない。それなら、人間だけでこの場を収束させて今回の件を解決できる道があるはずだ。
「佐竹! お前の所為で活動停止になって、大会も辞退しなきゃいけなくなるかもしれないんだぞ!」
「お前は他の奴からテニスを奪うことになるんだ! それが嫌なら、今すぐに今回の話は嘘でしたと言え! それに、あの動画だって――」
「あの動画は紛れもない事実です。俺がこの目で見たことと一緒ですよ」
後藤先輩から動画の件が出たので、俺が対峙しよう。
結衣も前に出ようとしたので、俺だけで何とかするということを目配せで伝えた。
「お前か。動画を撮影した佐竹のクラスメイトっていうのは……」
「そうですよ、前田部長。あなたと後藤先輩が佐竹に対して辛辣な扱いをしているということを聞きましてね。それで実際に様子を見に行ったら、あの動画の光景を見たんですよ」
俺がそう言うと、前田部長が物凄い剣幕で俺の胸元を掴んできた。
「……あの動画を取り下げろ。それか、あれは嘘だったと言え!」
「嘘ですって? それでは、あなたと後藤先輩はどのような理由であんなことをしたのですか。俺が納得するような理由を是非、言ってほしいですね。あなたの言う嘘が本当なら!」
「おい、お前! 部長に対して生意気なことを言ってるんじゃねえ!」
「佐竹にあんなことをして笑っているような人間が何を言っているんです? それに、あの動画に映っている内容が嘘であるなら、どうしてそこまで焦っているんです。それはあなた達の言っている嘘が嘘だからだ」
映っている内容が自分達の起こした不祥事を物語っているから、取り下げろとこんなに焦っているんだ。
「お前があんな動画を撮らなければ、俺達はこんな目には遭わずに済むんだ。お前は知らないんだ。部員が一生懸命にテニスをしているのを。そいつらのことを考えろよ!」
「俺や部長も含めて大会に出ている人間だっているんだ! そこにいる佐竹もな! お前はそういう人間の夢を潰すことになるかもしれないんだぞ!」
「……はあ?」
馬鹿馬鹿しいことを言う奴等だ、本当に。
使っている言葉こそ綺麗かもしれないけれど、二人の心が汚れきっていることが丸わかりなんだよ。部員を大切に思っていることを言いながら、本当は自己弁護しかしていない。醜いな。
「佐竹からテニスを奪っておきながら、今更何を言っているんだ。確かに俺があんな動画を出さなければこんなことにはならなかっただろう。ここに映っているようなことをお前らが一度もしなければ! 佐竹からテニスを奪った人間には、テニスを奪われるような処罰を受けてもらおうか」
自分よりもテニスが上手いからという理由で、佐竹から不当にテニスをすることを奪った。そんな人間にはテニスをさせないという処罰が相応しい。佐竹の味わった傷を二人も味わえばいい。
「ふざけるな……」
前田部長は怒りを抑えることができない。
「お前はテニスをしたことがないから分からないんだ。大会にかける想いがどれだけのものなのか。前田部長はこの大会で最後なんだ! それを潰すことになるんだ。前田部長の高校生活からテニスを奪うことになるんだぞ!」
「……だからどうしたんです。俺には……分かりませんね。そこまでテニスがしたいのであれば、どうして佐竹にあんなことができるんです。あなた達はテニス……いえ、スポーツの本質が分かっていないのでは」
「残酷だな、お前……」
「好きに言ってもらって結構です。それに、あなた達だって残酷でしょう。テニスをすることを奪うなと言ったあなた達が何故、佐竹にテニスの練習をさせなかったのでしょうか。自分達よりも強いから練習をする必要がない? それは負け犬の放つみっともない言い訳ですよ。佐竹から勝つことを諦めた人間の言う捨て台詞だ」
そこから、二人は自分が強くなることの追求を止め、いかに佐竹を強くさせないかということを考えてしまったんだ。
「自分達のことしか考えられず、人を傷つけるような人は部活にいる資格はない。自分達のテニスを潰されたくなかったら、まずは佐竹の気持ちを考えるべきでしたね。それに、何よりも大切なのはテニスを楽しむことではないのでしょうか。そのくらいはテニスをあまりしたことがない俺でも分かります」
テニスを楽しむことが大事なんだ、という結衣の言葉を聞いて、このことだけは絶対に二人に言っておきたかった。それに、二人が佐竹にしたことは彼からテニスを楽しむことを奪うことだったから。
「部外者のくせに、好き勝手なこと言いやがって!」
そう言うと、胸元を掴む前田部長の手が拳となって俺の顔に迫ってくる。
「ここで俺を殴ったら処罰が重くなりますよ。そうなっても文句はありませんよね。いや、言えませんよね。一年三組の全員が証人になる」
脅迫には脅迫だ。ここで俺を殴ったら、彼等の処分は重くなるだろう。仮に男子テニス部のことを否定していても、俺を殴った事実があったらどうなるだろう。彼等の言葉なんて信用されなくなるんじゃないだろうか。
「くそっ……」
前田部長は俺のことを突き飛ばした。
「結弦」
後ろによろめきそうになった俺を結衣が抑える。
「ありがとう、結衣」
「……よく言ったわね」
結衣は俺の耳元でそう囁いた。そんな彼女はとても優しい笑みをしていた。
前田部長と後藤先輩は少しの間黙っていたが、何か思いついたのか前田部長の方が不気味な笑いを見せる。
「あくまでもお前はあの動画を取り下げるつもりはないんだな」
「ええ」
「……でも、それはあくまでもお前個人の判断だ。佐竹の気持ちを考えてのことじゃないだろう」
「何ですって……」
「……思い出したよ。お前は確か、クラスメイトに復讐すると言った一年生だったね。名前は椎原結弦。君は佐竹に個人的な恨みがあって、それで彼のことをストーカーしていたんじゃないのか? 佐竹を助けると言っておきながら、本当は佐竹からテニスをすることを奪おうとしている。それが佐竹にする復讐だったんだな!」
「そうだったのか! 危うく騙されるところだったぜ!」
前田部長と後藤先輩は高らかに笑っている。状況を逆転できたと思って喜んでいるのだろうか。
そして、今の二人の言葉が放たれた瞬間、俺に嫌悪感を抱いているクラスメイトを中心に、俺に対して鋭い視線を送るようになった。どうやら、彼等は二人の言葉を信じているようだ。
「いい加減にしろ! 椎原がそんな理由のためにするわけが……」
「落ち着くんだ……松崎」
まさか、アンネがこんなにも感情的になるなんて。憑依されている松崎は佐竹とは親友同士だから、いてもたってもいられなくなったのか。憑依した人間に依存するとも言うし。アンネは本当に佐竹のことを助けたいんだな。
「……確かに俺は佐竹から虐めを受け、『復讐』をするつもりでいました。しかし、それは彼からテニスを奪うことではありません!」
「どうだろうなぁ! そんな証拠がどこにあるんだ! お前の持っている証拠はむしろ、佐竹からテニスを奪うことに繋がっちまうもんじゃねえのかなぁ!」
くそっ! 後藤先輩め、調子に乗りやがって。さすがに俺も二人に一発くらい殴りたくなってくる。
「それだけは駄目です、結弦さん。それをしてしまったら、あの二人と同じになってしまいます」
エリュは気付かない間に拳になっていた俺の手を、両手で強く握り締めた。
前田部長と後藤先輩がここでどう言おうが、二人に対して何かしらの処罰が下されることは確実だ。でも、このまま彼等を帰らせてしまっては、今後も佐竹のようにあの二人の所為で苦しい想いをする人が出てきてしまうだけだ。
どうすればいい。二人の考えを変えるような一手を打つことができないのか!
「……違います」
その瞬間、教室の空気が変わったように感じた。
「椎原は俺を助けるために動いてくれたんです。俺からテニスを奪うためではありません」
振り返ると、そこには勇ましい表情でこちらを見てくる佐竹がいたのであった。




