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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第2章
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第10話『連鎖-前編-』

 佐竹和馬。

 おそらく、彼の心の中には青髪の男子生徒と、焦げ茶色の髪の男子生徒に対する憎悪の感情を抱いているはずだ。

「何だよ、椎原、藍川、それに……吸血鬼さん」

「……やはり、私のことが見えていたのですか」

「ああ。松崎、いや……アンネ様に洗脳をかけてもらってから、な」

 アンネの力によって、佐竹は姿を消したはずのエリュのことが見えている。おそらく、教室にいたときから、俺達が何か動こうとしていることに気付いていただろう。ずっとこっちを見やがって、とも言っていたし。もしかしたら、梅澤の洗脳が解けていることも佐竹は気付いているかもしれない。

「アンネ・ローザのことを様付けするということは、洗脳される際に彼女から何か、あなたにとって利になるようなことでも言われたのですか?」

「……お前達には関係ないだろ。今日の部活の様子を見て、それは分かっているはずだ」

 佐竹の視線が俺達から剃れるということは、エリュの指摘は正しいのだろう。アンネは佐竹にとって都合の良いことを言った。だからこそ、佐竹はアンネの洗脳にかかっているんだと思われる。様付けなのがその証拠だ。

 しかし、アンネに口止めされているのか、本人が言いたくないだけなのか、男子テニス部での件を話すようには見えないな。

 それなら、こっちから攻めていくだけだ。

「……今日の部活の様子を見ていれば、分かるはず、か。そう言うってことは、佐竹の負の心を抱く理由は、青髪の先輩と焦げ茶色の髪の先輩が関わっているということでいいんだな?」

「……!」

 佐竹の目つきがまた一段と鋭くなった。図星、だな。

「二人の先輩はお前に辛辣な態度を取っている。俺達が見ている限りでは、罵詈荘厳を浴びせ、ボール拾いばかりさせて他の生徒がしている本来の活動ができていない。お前はそんな目に遭わせている二人の先輩が許せない。でも、反論できない。今より酷い目に遭うかもしれないし、部活を追放されるかもしれないから」

 部活動の様子を見る限りで分かったことを、佐竹へ一気にぶつける。

 すると、佐竹は一度俯いた後、開き直ったのか、俺達の顔を見て、笑う。

「……無様な奴だと思ったか? こんな俺を見て」

「誰もそんなこと言ってないぞ」

 即座に反論すると、佐竹は急に豹変して、俺の胸ぐらを掴む。

「嘘だろ。自分と同じ目に遭っていい気味だと思ってたんだろ。だから、今日の部活の様子をずっと見てたんだろっ! さあ、笑えよ! 哀れな人間だって罵れ!」

 今まで溜めていた怒りをぶつけるように、俺へ罵声を浴びせる。

「……お前を笑う? ふざけるな。お前なんて笑うほどじゃねえよ。お前は俺に八つ当たりをしているだけだ。それは、あの二人の先輩と同じことをしてるんだよ」

 結衣の話によると、佐竹は気付かない間に二人の先輩に妬まれて、酷い態度を取られている。

 でも、それは俺も同じだ。気付かない間に妬まれてしまい、虐めが起こった。

 虐めが連鎖していたんだ。でも、それはどこかで止めなきゃいけない。

「佐竹もあの二人の先輩も八つ当たりをしているだけだ。いや、お前の方が酷いか。お前はあの二人の先輩が原因の怒りを俺にぶつけたんだからな」

 まあ、どちらが酷いかを比べたところで何の意味もないんだけど。

「……お前が気に入らないんだよ。誰よりも頭が良くて、女にももてて……それでも普通に過ごせていたお前が気に入らなかったんだ! 次々と振っても、周りはお前のことを全然悪く言わない。そんなの、間違ってるだろ!」

 佐竹の必死な演説を聞いて、意外にも笑いが出てきた。あまりにも――。

「……くだらない」

「何だと?」

「俺が復讐宣言したときに言っただろ。お前らは勝手に自分のことを正義のヒーローなんだって過信してるだけなんだよ。人を傷つけて成り立つ正義なんて、そんなの醜いものだとは思わないのか?」

「椎原のくせに、何言ってるんだ……!」

「その強気な態度をあの二人にも見せろよ。お前の正義を示すんだ。あの二人だって自分に間違っていることをしているんだろう? どうしてできないんだ、それが。……ああ、正しいと思っているのか。だから、自分も同じことを俺にしようとしているのか。なるほどな、そうだとは思わなかった」

 佐竹は俺のことを馬鹿にしているのが見え見えだ。普通に話しても本音を引き出すことは難しい。それなら、いっその事、彼を激昂させて本音を吐かせる方がいい。その際にこっちが激昂してしまうことになっても。

「本当はどうなんだよ。どうなのか言ってみろ!」

 彼の本音は何なのか。それは既に分かっている。エリュや結衣も分かっている。でも、本人から口にしないと何の意味もない。

「椎原ごときの言うことなんて……」

「……俺ごときな人間の言葉で狼狽えているのはどこの誰だ。自分の考えが正しいなら、その考えを今一度俺に言ってくれよ。普通に言えるはずだ。でも、実際には言えていない。それはどうしてだろう」

 それはきっと、自分の考えが間違っていることが分かっているからだ。でも、それを口に出すと自分の間違いを認めてしまうことになる。認めたくないんだ、彼は。だから、狼狽えているんだ。

「自分の想いや考えは言葉にしないと分からない。口に出さないと、きっと今の状況は変わらない。お前の言葉を受け止める存在はここにいるんだ。まずは一つ、ここで勇気を出してみないか」

 エリュと結衣のことを見ると、二人は真剣な表情をして静かに頷いた。

 自分の想いを言葉に出すことの大切さ。それをエリュ達に教わった。それができたからこそ、今の俺があると思うんだ。自分の心に閉じ込めていたら、きっと今も苦しい想いをしながら引き籠もっていたに違いない。

 もう、八つ当たりという連鎖はここで終わりだ。その代わりに、この状況に立ち向かうということを連鎖させる。

「俺は、俺は……!」

 そう言うと、俺の胸元を掴む佐竹の手が緩んだ。そして、怒りの感情が抜けていくように、彼の表情が力のないものになっていく。


「俺はお前に八つ当たりをしていたんだ。前田部長と後藤先輩から酷い扱いを受けたことで生まれた怒りを、誰かにぶつけたいがために……」


 佐竹はその場で膝立ちの体勢に崩れ、俯く。

 ようやく、佐竹にかかった洗脳を解除するための一歩を踏み出せたような気がしたのであった。

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