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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第2章
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第6話『梅澤勇希』

 血の浄化によって意識を失った梅澤は俺の胸の中で眠っている。

「うん……」

 エリュの言うとおり、血の浄化をしてから数分後に梅澤は意識を取り戻す。

「……椎原君?」

 虚ろな表情だった梅澤だったが、今の状況に気付いたのか、目をパッチリ開けると慌てて俺から離れる。

「ぼ、僕……椎原君に抱かれながら寝てたの?」

「ま、まあな」

 意識を失った人間を放っておくにはいかないだろう。

「そう、だったんだ……」

 そう呟くと、梅澤は頬を赤くして俺のことをちらちらと見ている。この様子だと俺への好意を諦めるどころか、更に増しているような。

「梅澤さん、さっそくだけどちょっと話を聞かせてくれるかしら」

「いいけれど、何が訊きたいの?」

「そうね。まずはあなたが洗脳されたときのことを教えてほしいわ」

 アンネは魔女としての目的以外にも、何かあったように見えた。その手がかりを手に入れるために、梅澤を洗脳する際の彼女の様子を知っておきたい、ということか。

「一昨日の放課後だったかな。松崎君が電話で僕のことを教室に呼び出したんだよ」

 一昨日ということは、リーベを倒した翌日か。魔女界はすぐに次の魔女を人間界に送ったことになるな。

「そのとき、僕は駅の方に行っていたんだけど、何だか声がいつもと違う感じだったから、何かあったと思って急いで学校に行ったんだ」

「きっと、リーベが意識を乗っ取っていたのね」

「多分、そうだと思う。教室に行くと松崎君だけがいて。姿は松崎君だったけれど、雰囲気は全く違った。松崎君……ううん、アンネは優しい笑顔をしていた」

「優しい笑顔ですって?」

「うん」

「ちょっと気になるな。そこは」

 洗脳しやすくするために、優しく接するようにしているのか?

「多分、私が椎原君に振られたことを知っていたからだと思う。頑張ったのに振られちゃって残念だ。こんなに可愛い僕のことを振る椎原君は分かってないって。振り続ける椎原君が虐められちゃうのも仕方ないって」

 む、胸が痛くなるな。

「そんな椎原君に復讐しよう。それを果たすためにおまじないをかけてあげる、って。その時に気付いたんだ。松崎君は何か変な奴に乗っ取られて、僕を仲間にしようとしているって」

「でも、あなたは結弦に好意を持っていたんでしょう?」

「うん。さっきも話したとおり、椎原君に振られても好意は消えなかった。胸が苦しいときもあったけれど、復讐したいなんて思わなかった」

「けれど、普段の様子を見ていると、松崎と同じように見えたが」

 俺のことを軽蔑するような目を、彼だってしていた。俺はそんな彼を見て、俺に振られたことを恨んでいると思ったんだ。

「……怖かった。椎原君は悪くないって言ったら、次は自分が虐めのターゲットになるかもしれない。そんな臆病な気持ちから、僕は松崎君に加勢するような態度を取ったんだ。本当にごめんなさい」

 そう言う梅澤の目からは涙がこぼれ落ちていた。

 彼は俺に悪意を抱いていなかったんだ。ただ、自分の本音を出すことで傷つけられることが怖かったんだ。もしかしたら、そういう人間が他にもいるかもしれないな。

「復讐しようって言われたとき、僕はうん、って言えなかった。椎原君にそんなことはできないから。でも、ここでうん、って言わないと自分が椎原君の立場になっちゃうかもしれない。だから、焦った」

 俺を復讐したくないからかかりたくない気持ちと、ここでかからないと次は自分が虐められるかもしれないという気持ちが彼女の心の中にはあった。

「そんなときに思いついたんだ。ここで洗脳にかかれば、椎原君が僕と接してくるのは間違いないって。我が儘を言えば、椎原君は私と口づけをしてくれるかもしれないって」

「それで、アンネの洗脳にかかったというわけか」

 洗脳されれば自分の身を守りつつ、自分の欲求を満たすチャンスが訪れると思ったわけか。そして、彼の思い通りになった。

「梅澤さん、洗脳される際に何か気になることはなかった? 些細なことでいいから」

「……そうだね。洗脳されたら、アンネの態度が変わったんだ。振られることってとても辛いよね、って」

「それは洗脳をより強めるための言葉だったんじゃないの?」

 エリュがそう言うと、梅澤は彼女の言葉を否定するように首を横に振った。

「きっと、違うと思う。あの時のアンネの表情はとても切なそうだった。私のことを同情してくれて、椎原君への恋心を応援しているようにも思えた」

「……そう。確かにそれは気になるわね。洗脳をかけるまでは結弦に復讐しようって言っていたのに……」

 梅澤のことを見て、彼の本心が分かったのかな。それで、洗脳することに成功したから急に同情の言葉をかけるようになったのか。

「あくまでも、これは僕の推測なんだけどね。アンネは僕と同じような経験をしたことがあるんじゃないかと思うんだ。そうじゃないと、あんな風には言えない気がして……」

「アンネは誰かに告白して振られた経験がある、ということね。まあ、魔女界にも男性はいるし、そこには色々な恋愛事情があるのかもね」

 魔女界という名前なのに、そこには男性がいるのか。

「もし、アンネの意中の相手が女性だったら萌える展開になりますね!」

 さすがは恵。魔女といっても女性だからすぐに百合へと持っていく。

 しかし、梅澤の言うとおり彼と同じ経験をしたことがあるなら、アンネの意中の相手は同性である女性となる。一つの可能性としてこれは頭に留めておいた方がいいかな。

「でも、態度を変えたことには必ず何か理由があるはずだよね。あと、リーベの時と同じように、アンネは松崎君に協力するために彼に憑依したかもしれないよ」

「そうだな、真緒」

 リーベの場合、特定の相手に復讐したいという気持ちが一致し、お互いに協力するという目的で結衣に憑依した。今回もアンネと松崎が共感するような何かがあって、アンネは松崎に憑依している可能性が高そうだ。

「なるほどね、分かったわ。あと、佐竹さんのことについて。何か彼の心が傷付いてしまうような心当たりはある?」

「僕は分からないなぁ。ただ、あるときから何だか気持ちが暗くなったかな、とは思ってる」

「それって何時ぐらいから?」

「入学して少し経ったくらいかな。それは今もずっと続いてる」

 ただ、佐竹の身に何かあったことは確かか。今もその状態が続いているということは、彼にとって相当な出来事があったに違いない。

「そういえば、僕がアンネに洗脳される前に、佐竹君には洗脳をかけたみたい。彼と同じようになるだけだって言われたのを思い出した」

「そうなの。どうやら、梅澤さんよりも佐竹さんの方が強い負の心を持っているようね」

「でも、教室では松崎君や佐竹君と一緒にいるときが多いからね。自分の近くにいる人を洗脳していったんじゃないのかな……」

 梅澤の言うとおり、松崎が中心で佐竹、梅澤で一つのグループができていた。普段接している人から洗脳していくのは自然な流れだ。

「佐竹のことはこのくらいでいいんじゃないか。結衣が女子テニス部を通じて佐竹のことを調べてくれているから」

「そうね。梅澤さん、どうもありがとう」

「お礼を言われるほどのことはしてないよ。それに、僕は今回のことを通じて思ったんだ。自分の想いは自分でちゃんと伝えないと駄目なんだっていうことを。ましてや、誰かからの洗脳を利用するなんてね。椎原君達がそれを気付かせてくれた。本当にありがとう」

 そう言う梅澤の笑みは煌めいていて、とても可愛らしかった。きっと、彼は彼なりに前へ進んでいくことができると思う。

「僕は松崎君と佐竹君のことを助けたい。だから、喜んで協力するよ」

「……ありがとう、梅澤」

 梅澤がとても頼もしく見える。

 今日できることはこのくらいかな。結衣には明日、佐竹のことに関しては報告してもらうつもりだから。何か有力な情報が手に入れられれば、洗脳を解除する計画を具体的に立てていくことにしよう。

 気付けば、青かった空が赤くなり始めていたのであった。

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