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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第2章
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第5話『洗脳解除-Yuki Ver.-』

 ――俺と口づけがしたい。

 そのために、梅澤はアンネの洗脳にかかったんだ。俺に振られても、俺に対する好意は消えることなく、むしろ濃くなっていった。

 アンネはきっと彼の気持ちを分かっていたんだ。だからこそ、エリュの殺害や人間界の征服以外に何か目的があるような態度を見せた。そして、俺達が動き始めているにも関わらずアンネの気配が全く感じられないんだ。

「ねえ、僕と口づけしてくれる?」

 梅澤は俺のすぐ目の前まで近づくと、上目遣いで俺のことを見てくる。

「駄目に決まってるじゃない!」

 エリュは顔を真っ赤にして、慌てた様子で俺と梅澤に割り込む。

「口づけなんて絶対にだめっ! 男の子同士でそんな、口づけなんて……!」

「別にいいじゃないですか。世の中にはボーイズラブというジャンルがあるくらいなんです! 今、私は確信しました。ボーイズラブが薔薇と呼ばれる理由が! 男子同士の愛情はこんなに美しいのですから! どうぞ、私達の前で熱い口づけを!」

 反対するエリュに対して、恵は今の状況を見て物凄く興奮しているご様子。というか、今の熱弁を聞かされると、アンネよりも恵の方が洗脳が上手そうな気がする。

 さすがに今の恵には梅澤も苦笑い。

「灰塚さんってこんなにも熱い人だったんだね。学校ではいつも落ち着いているから驚いたよ」

 俺でさえも薔薇に目覚めた恵に驚いているんだから、梅澤の驚き具合は半端ないと思う。

「というか、どうしてエリュさんは二人の口づけに反対なんですか? 男の子同士だから気持ち悪いとか思ったりしてます?」

「べ、別にそんなこと……」

「二人は男の子ですが、梅澤君は女性同然の可愛さなんですから。それとも、可愛い梅澤君と口づけしようとしているのが嫌なんですか? もしかして、椎原君のことが好きだったりします?」

「そんなことないわよ! そんなこと……」

 エリュは真っ向から否定し、俺と目を合わせないようにしている。エリュに恋愛感情を持っているわけじゃないけど、ここまでバッサリと言われると悲しくなってくるな。あんな反応をするからもしかして、と思っていたから尚更。

「エリュちゃんや恵ちゃんのことは気にしなくていいんじゃないかな。大切なのは椎原君が梅澤君と口づけしてもいいかどうか。それだけじゃない?」

 真緒の言うその言葉が真理であった。

 梅澤は俺と口づけがしたいと思っている。そんな中で本当に大切なのは、周りがどう思っているとかではなく、俺自身が梅澤と口づけをしてもいいかどうかということ。

「椎原君はどう思ってるのかな。梅澤君と口づけをしてもいい?」

「……俺自身は別に構わないけど」

 それに、彼への洗脳が解けるのなら、口づけをすること自体は厭わない。ただ、

「梅澤は今まで口づけをしたことがあるのか?」

「ないけど」

 やっぱり、そうだよな。それだと一つ、懸念が生まれてしまう。

「……俺は梅澤と付き合うつもりはない。そんな俺と初めての口づけをする。口づけ自体だって大切なことなのに、たった一回しかない口づけを俺としていいのか?」

 叶うことのない恋なのに、俺はそんな彼と口づけしてしまっていいのかどうか。口づけしてしまったが故に負の心が生まれてしまうのではないか、ということ。

「俺は梅澤を傷つけたくないんだよ。口づけをすることで梅澤が苦しむなら、俺はお前と口づけはしない」

 口づけをしたいから洗脳にかかった。それは、口づけさえすれば心が満たされる、と梅澤は主張している。

 ただ、人間の心はそこまで単純なことじゃなくて、口づけをすることで思わぬ展開になるかもしれない。彼を苦しめるようなことを俺はしたくなかったのだ。

「……僕は君と口づけをしたら、君のことを諦めるつもりでいるよ。椎原君の言うとおり、それでも、僕は胸が苦しい想いをすることがあるかもしれない。だって、君はこんなにも可愛い女の子達といつも一緒にいるんだからね。嫉妬、しちゃうかもしれない」

「それなら……」

「それでも、君と一度も口づけのできないことの苦しさの方がよっぽど辛いよ。この辛い想いから僕は解き放たれたいんだ。君のことが好きだから」

 梅澤は切なそうに笑った。そんな彼の目が潤んでいた。

 そんな彼を見て、俺は今まである勘違いをしていたことに気付いた。洗脳を解いたり、魔女を追い出せば負の心は完全に消すことができるということ。

 でも、本当は違う。人の心に絶対という概念は全くなくて。俺とエリュが今までやってきたことは、負の心から脱しようとするきっかけの一つを与えたに過ぎないんだ。あとはもう本人次第。

 梅澤は俺と口づけをすることで、彼の心を締め付ける俺への好意から脱しようとしているんだ。そのきっかけになれるのなら、俺は――。

「分かった。口づけをしよう」

「……うん」

 俺が梅澤の両肩を掴むと、彼はゆっくりと目を閉じて口づけをしてくるのを待っている。俺からして欲しいのかな。

「こうしてみると、梅澤は可愛い奴だな」

「あうっ」

 可愛いと言われて反応してしまうあたりが女子っぽい。

「口づけをする前に一つだけお願いがある」

「何かな」

「俺達に協力をして欲しい。佐竹の洗脳解除とアンネを松崎から追い出すことに」

 仲間は一人でも多い方がいいからな。

「……分かった。協力するよ」

「ありがとう」

 そして、俺は梅澤と口づけをする。

 数秒ほど唇を重ねるだけだけれど、彼の柔らかさや温もり、匂いが唇からはっきりと感じた。それはエリュや結衣のような、女の子特有のものに似ている。

 唇を離すと、そこには顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうに笑った梅澤がいた。

「……ありがとう、椎原君。これで僕も諦めがつくよ」

 そう言うと、梅澤の目からは涙が流れた。それは俺と口づけできたことへの嬉しさなのか。それとも、恋を諦めることへの悔しさなのか。

 そして、周りを気にしないように心がけていたが、俺はエリュ、恵、真緒の三人がどんな反応をしているのか気になってしまっていた。

 真緒はいつもと同じく微笑んでおり、恵は興奮気味、エリュは何か考えが変わったのか爽やかな笑顔を見せていた。

「……結弦と口づけしたんだから、洗脳を解除してもいいわよね?」

「うん。僕の我が儘に付き合わせちゃってごめんね」

「別にいいわよ。素直に洗脳を解かさせてくれれば」

「……ありがとう」

 確かに、今回の梅澤に関しては俺と口づけをしたい、苦しい想いから解き放たれたいという気持ちから生まれた彼の我が儘だった。

 アンネはそんな彼の気持ちを汲み取って、彼に洗脳をかけたのかもしれない。彼を助けたいという純粋な心があるのかもしれない。

「じゃあ、これから洗脳を解除するわ。ちょっと痛いけれど、我慢してね」

「うん。……あっ」

 エリュは梅澤の首筋を噛み、唾液を流し込むことで血の浄化を行なっていく。

 そのことにより梅澤はエリュにもたれかかる形に。そんな彼の体を俺が支える。

「わざとかかったこともあって、それほど流し込まなくても浄化できたわ。数分もすれば目がされると思う」

「そうか、良かった。エリュ、お疲れ様」

「結弦もね。あなたのおかげで彼の洗脳が解けたわ。彼が目を覚ましたら、松崎さんや佐竹さんの事について話を聞いていきましょう」

「そうだな」

 わざとかかった洗脳でも、梅澤から洗脳を解除できたことは確かな一歩だ。

 俺達の仲間になった梅澤の眠った顔がとても可愛らしく見えるのであった。

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