第4話『男の娘』
放課後。
佐竹のことについては結衣に任せて、俺達は梅澤の洗脳を解くことを集中しよう。だが、アンネがどこで見ているか分からないから、細心の注意を払っていかないと。
エリュはこの放課後のために、一日かけて力を溜めていき、今は夜モードになっている。
「さてと、彼のことを見失わないようにあたし達も行くわよ」
「そうだな」
今、真緒が梅澤と一緒に行動している。前と同じように真緒が人気のないところへ連れて行ったところで、俺とエリュが洗脳を解くという流れだ。そのはずだったのだが、
「……どうして、恵さんまでいるのかしら?」
当初は俺とエリュの二人で真緒と梅澤の後を付けようと思ったのに、いつの間にか恵が一緒に行動を共にしているのだ。校門から出てもそれは変わらない。また、当の本人である恵は意気揚々としている。
「だって、胸躍る展開が待っているかもしれないじゃないの」
「ど、どういうこと?」
エリュはさっぱり分からないようだ。まあ、灰塚が興奮してしまうのも分からなくはないけれど。分かってしまう自分がちょっと悲しいけれど。
「そういえば、どうして梅澤さんが負の心を持っているのか聞いていなかったわね。確か、あなたが直接関わっているのよね?」
「ああ、そうだ」
「あなたが何をしたっていうの? 彼って女の子みたいに可愛いから、まさか彼から告白されて振った……なんてことはさすがにないか」
「……その通りなんだけど」
「……え?」
冗談っぽく笑っていたエリュは一瞬にして、ぽかんとした表情になる。嘘でしょ、って思っているだろうけど、そのまさかなんだよ、エリュ。
「椎原君は梅澤君に告白されたんですよね。それで、見事に振ってしまったんですよね」
「まあ、彼を振ったことは事実だけど……」
「そんな彼にかかった洗脳を解くんですよ。もしかしたら、もしかするかもしれないじゃないですか!」
きゃああっ! と恵は一人で盛り上がっている。というか、そんなに大きな声を出されると梅澤に気付かれるかもしれないので止めてくれませんかね。俺と梅澤を使って好きに想像してくれていいんで。
「……あんた、どれだけの人を振ってるのよ」
エリュは半ば軽蔑するように俺のことを見ている。リーベの時から換算すると今回が五人目だから、エリュがそう言ってしまいたくなる気持ちも分かる。
「女子生徒にはたくさん告白されましたけど、男子生徒からは彼だけです」
「……そうだな。男子から告白されたのは梅澤だけだ」
あまりにも女の子っぽいから、男装した女子生徒だと疑ったときもあった。今、思い出しても、顔も声も雰囲気も女の子そのものだった。彼こそ、男の娘と呼ぶに相応しいじゃないだろうか。
「エリュさん、この後はどうするつもりなんですか?」
「真緒さんに梅澤さんを人気のないところに連れて行ってもらうの。そこに、結弦とあたしが彼の洗脳を解きにいくつもりよ」
「でも、洗脳を解くには彼の持つ負の心の原因を解決しなければなりませんよね」
「洗脳された人のことを考えるならね」
「陽菜や千尋からは洗脳を解かれる前に椎原君に迫られたと聞いています。だから、是非、今回も大胆にお願いします!」
俺の手をぎゅっと握る恵の表情は真剣そのものだった。俺やエリュも真剣なんだけど、そのベクトルは真逆といっても過言ではない。というか、ここまで恵が興味を示すとは。彼女って百合専門じゃなかったのか?
「……どうするかは状況を見て判断するよ」
でも、俺のことが好きな梅澤から洗脳を解くことを考えると、陽菜や千尋の時と同じように彼に迫っていくのがいい方法であることは事実。灰塚のご期待に添うようなことをするのも視野に入れておかないと。
校門を出てから数分ほど経つと、真緒の選んでいるルートがいいのか人が大分少なくなっていた。
「結弦、二人が曲がったわ」
これ以上人気がないと逆にばれてしまうかもしれない、と真緒は思ったのか俺達に洗脳解除のサインとして、物静かな方へと曲がっていく。
俺達は急いで二人の曲がった路地へと向かうと、
「人をつけて回るなんて趣味が悪いよ」
曲がってすぐのところに、俺達の方を向いて立っている梅澤がいた。その後ろには真緒が申し訳なさそうにしている。
「ごめんね、椎原君、エリュちゃん。梅澤君、校門を出たあたりから気付いていたみたい」
なるほど、つまり真緒がこの路地に連れ込んだのではなく、梅澤が俺達をこの場所へ誘ったというわけか。
「一度振られても、好きな人のことは気になるんだよ」
ちょっと恥ずかしそうにしているが、俺達が梅澤の後をつけていたことに対して、特に怒っている様子ではなかった。
「本当は直見さんに一緒に帰ろうと言われたときから怪しいと思っていたけれどね。こんなこと、今日が初めてだったから。それに、今日は普段になく椎原君が僕のことを見てくれていたから」
梅澤の言うとおり、今日は彼にかかっている洗脳を解くから、授業中などに何かと彼のことを見てしまっていたのだ。つまり、この状況に陥ってしまったそもそもの原因は俺にあったってことか。
「すまなかったな、真緒。俺の所為でこんなことになって」
「いいよ。梅澤君に何かされたわけでもないし」
真緒の快活な笑顔を見る限りでは、本当に何もなかったようだ。
そして、俺はすぐに周りを見渡す。それはエリュも同じだった。梅澤が気付いていたということはアンネに憑依された松崎に、俺達が洗脳解除をしようと動き始めたことを知られているかもしれないからだ。もしかしたら、ここに連れて来られたのも彼の命令かもしれないわけだし。
「心配しなくていいよ。僕にとって、このことを松崎君に知られるのは不都合だから」
「不都合ですって? どういうことか説明してもらおうかしら」
強気なエリュは一歩前に出る。
考えてみれば、アンネに洗脳されている身である梅澤が、今の状況をアンネに知られるのが不都合というのはおかしい話である。
梅澤はくすくすと可愛らしく笑う。
「僕は洗脳を解いてほしくて、洗脳にかかったんだ」
笑いながらそう言う梅澤に対して、エリュは怒りを露わにする。
「それなら、アンネの洗脳にかかる必要なんてないじゃない! なのに、どうしてそんなことを……」
エリュの言うとおりだ。今の梅澤の言葉を聞くと、最初からアンネの洗脳にかからなければいいだけのこと。それなのに、どうしてわざとアンネから洗脳されたのか。
「アンネは言っていたんだ。洗脳にかかれば、エリュ・H・メランや椎原君が僕に接触を図ってくるかもしれないって。だから、決めたんだ。彼女の洗脳にかかろうって。僕は二人に洗脳を解いてほしいからね。ただ、だからと言って、ただ単純に洗脳を解かれるわけにはいかないんだ」
そして、今度は梅澤の方が一歩前に出た。ただし、彼の視線の先にあるのはエリュではなくて俺だった。
仄かに赤くなっている頬を見て、俺は彼がどうしてわざと洗脳にかかったのか分かってしまった。そして、俺とエリュに洗脳を解いてもらうことが何故、重要だったのか。
「僕は椎原君と口づけがしたい。してくれないと、いや」




