プロローグ『シメイ』
第2章
「リーベ・ウォーレンがやられたですって?」
その事実は私に衝撃を走らせる。きっと、そうなるのは私だけじゃないはず。
リーベ・ウォーレン。彼女と直接会ったことはないし、一緒に組んで吸血鬼と戦ったこともないけれど、彼女の凄さはよく知っている。彼女ほどの功績を残した魔女はそうそういない。エースと呼ばれるに相応しい彼女がまさか、吸血鬼にやられるなんて。
「リーベは人間界で殺されたということ?」
「ううん、殺されずに吸血界に連行されたみたいだよ」
「……まさか、彼女は吸血鬼に説得されたってわけ? それとも、人間に……」
「そうらしいよ。主に人間の男の子に心を動かされたみたい」
魔女とはその名の通り女性だから、男に心を奪われる気持ちは分かるけれど、まさかあのリーベが人間の男に説得されてしまうなんて。
「……魔女の名が廃れるわね。本当に情けない。吸血鬼と直接対決をして負けるならまだしも、人間の言葉に屈するなんて」
私なら絶対にそういうことはない。あの戦争で私の大切な仲間を奪った吸血鬼は絶対に殺すし、それを邪魔するような人間も容赦なく殺す。
「リーベは甘かったんじゃないかしら」
「噂によれば、今、人間界にいる吸血鬼に個人的な恨みを持っていて、その吸血鬼を殺したかっただけらしいよ」
「その吸血鬼って誰なの?」
「エリュ・H・メラン。ほら、あの戦争でかなりやっかいだった吸血鬼だよ。覚えてない……かな」
「えりゅ、はいま、めらん……」
その名前を聞いた瞬間、あの戦争の記憶が鮮明に蘇ってくる。
エリュ・H・メラン……赤い髪をした気の強そうな吸血鬼か。確かに彼女は私達を追い込んでいった。指折りのやっかいな女。
あぁ、息苦しくなる。吐きたくなる。
――この辛さはどうすれば消えるんだろう。
そんなことを考えていたとき、私に人間界に行き、エリュ・H・メランの殺害を命じられた。また、彼女に協力する人間の男、椎原結弦の殺害を。そして、そのまま人間界征服への第一歩を踏み出すことを。
あの戦争で私は一つ、とても大切なものの失った。
そこで生まれた恨み辛みを、今こそ晴らすよ。
あなたを殺すことで。
「あははっ……」
私の笑い声がか細く、悲しく響き渡るのであった。




