エピローグ『友達』
四月二十八日、月曜日。
午前八時。俺はエリュと一緒に赤峰高校に登校した。ちなみに、今朝は俺の方が早く起きたので、初めてエリュに朝食を振る舞った。
一年三組の教室に向けて廊下を歩いているが、依然として俺のことを軽蔑の目で見る生徒が多い。しかし、少しだけ前よりは少なくなった気もする。
「結衣さん達を救っただけではあまり変わりませんね」
「まあ、復讐宣言をしたことで俺を避ける生徒もいるようだし……」
「前途多難、というところでしょうか」
「そうだな」
クラス内のことでもまだまだ解決すべき課題は残っているから。まずは自分に近い生徒をどうにかしないといけない。
「復讐宣言をしてしまったんだ。その責任はちゃんと取らないと」
「そうですね。何もしなければ、また結弦さんに嫌なことをするかもしれませんし」
エリュの言うとおりだ。何もしなければ、再び調子に乗ってくる人間が出てくるだろう。そんなことは絶対にさせない。
そんなこんなで教室の前に辿り着く。再び登校し始めてから、どうしても一度は教室に入るのを躊躇ってしまうな。まだ心のどこかに臆病な気持ちが残っているんだろう。
「おはよう。何立ち止まってるのよ」
声の主の方に顔を向けると、そこには藍川が立っていた。テニス部の朝練に参加していたからなのか、彼女からほのかに汗の匂いが。
「おはよう、藍川。まだ、ちょっと教室に入ることに躊躇いがあって……」
「……そっか。でも、今日からは私がいるから大丈夫よ」
「……そうだな」
藍川の笑顔はとても頼もしく見えた。今回のことを通して、俺は心強い味方を得ることができたようだ。
「あ、あのさ……」
「うん? どうした?」
藍川は何時になく頬を赤くしながらもじもじとしている。
「……私のこと、結衣って名前で呼んでくれない? 私もその……結弦って呼ぶから。だって、私達……もう、友達でしょ?」
友達、か。その言葉、久しぶりに聞いたな。虐められていたこともあったからか、やけに新鮮に感じる。
「分かったよ、結衣」
「……あ、ああありがと。ゆ、結弦」
こんなしどろもどろの結衣は見たことない。こういう彼女の姿を見られるのも、一年前のことにけりを付けることができたからなのかな。
「ね、ねえ。結弦」
「うん?」
「私達、昨日……キスしたわよね。それに、羽柴に言ってたじゃない。羽柴に告白されても絶対に付き合わないけど、私に告白されたら付き合うかもしれないって……」
「確かに言ったな」
「それって、私にもまだチャンスがあるってこと、だよね……」
「……言葉通りの意味だとそうなるわな」
俺がそう言うと、結衣は喜んで小さくガッツポーズをした。
「いたたっ!」
エリュに脇腹をつねられたぞ。ちょうど、リーベに攻撃で怪我をしたところだ。
「……結弦さんは私のパートナーなんです」
エリュは頬を膨らまし、不機嫌な表情を見せる。昼モードのエリュが怒るところは初めて見たな。結構可愛い。
エリュは俺の血を定期的に摂らないと人間界で生きられないからな。そういう意味では彼女にとって唯一無二のパートナーか。
「……まあいいわ。結弦、まずは友達として仲良くしましょう」
「ああ、分かった。よろしく」
俺がそう言うと、結衣が手を出してきたので握手をする。
「あれ、結衣ちゃん来てたの」
「ユズとエリーもいる!」
「二人で握手なんかして何かあったのかな?」
教室の中から桃田と黄海、直見が出てきた。エリーというのはエリュのことか。
結衣は顔を赤くして慌てて手を引っ込める。
「ほ、ほら……これまで色々あったじゃない。だから、これからよろしくってことよ!」
だったら何故、慌てて手を引っ込める必要があるのか。まあいいか。
「……あら、こんなところで集まってどうかしたんですか?」
登校してきた灰塚が不思議そうな表情をして俺達のことを見ている。
「結弦がまだ、教室に入ることに躊躇っちゃうんだって」
「そうなんですか。……ところで、結衣。椎原君のこと、名前で呼ぶようになったんですね」
「……べ、別にいいじゃない。結弦だって私のことを名前で呼んでるし」
「ふふふっ、そうですか。まあ、そういうことにしておきましょう」
恥ずかしそうにしている結衣のことを微笑ましく見る灰塚。おそらく、灰塚にはお見通しなのだろう。
「結衣のことだけ名前で呼ぶのは不公平なので、私達のことも名前で呼んでくれませんか?」
「俺は別に構わないけど。恵、陽菜、千尋、真緒」
それぞれの顔を見ながら、下の名前で呼んだ。
構わないと言いながらも、こうして名前を言ってみるとちょっと気恥ずかしいな。
「結弦さん、そろそろ朝礼が始まるのでは?」
「そうだな。じゃあ、皆で教室に入るか」
俺がそう言うと結衣、恵、陽菜、千尋、真緒は笑顔で頷く。俺はもう独りじゃないんだ。それも全てエリュと出会ったからなんだよな。
「どうしたんですか? そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしいです」
「……何でもないよ」
さてと、そろそろ教室に入るとしますか。
「行こうか」
そして、俺達は教室の中に入る。
そこにはまるで俺達のことを待ち構えているように、池上と松崎を中心としたメンバーが集まってこちらを見ていた。それは、まだまだ俺達が立ち向かわなければならないことがあるということを象徴している。
「藍川達を手の内に収めるとは、なかなかやるな、椎原」
「……俺はただ彼女達と向き合っただけさ、池上」
池上は笑みを浮かべ、まだまだ余裕という感じだ。それに対して松崎は随分とお怒りのようだが。
「おい、藍川。お前だって俺達と同じ立場だったじゃねえか。お前だって先頭に立ってたのによ。掌返しとはみっともねえ。俺達を裏切ったな?」
「そんなことで脅せると思ったら大間違いよ。それに、間違ったことを止めることの何がおかしいのかしら。今でも自分達のやっていることが正しいと思ってる? そうだとしたら、本当に滑稽な話ね。みっともないのはあなた達の方よ」
さすがは結衣だ。松崎を黙らせてしまった。
ここは改めてちゃんと言わないと駄目なようだ。
「何が理由かは知らないが、お前達の好きにはさせない。今まで俺にやってきたことの報復は必ず受けてもらうからな」
俺の宣言した「復讐」はまだまだ果たせていないから。
だが、これからは独りで立ち向かうのではない。エリュや結衣達など心強い仲間が俺にはたくさんいるんだ。
仮に今、この状況の背後に新たな魔女がいたとしても絶対に負けない。
第1章 終わり
第2章に続く。




