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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第1章
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第22話『藍川結衣』

 エリュがリーベを吸血界に連れて行ってから十五分ほど経った頃。リーベが追い出されたことで意識を失っていた藍川がようやく目を覚ました。

「あれ、私……」

「……俺と口づけをしてリーベが追い出されたんだ。その反動で藍川は意識を失っていたんだよ」

「そ、そうだったの……」

 口づけのことを覚えているからか、藍川の顔が赤くなる。

「意識が失っている間に、エリュがリーベを倒したんだ。それで、リーベはエリュに連れられて吸血界の方に行ったよ」

「……そう。寂しいわね、それは……」

 藍川はそう言って、少し俯いた。

 今の言葉からして、リーベは藍川にとって心の支えになっていたんだな。

「エリュに連れて行かれる前に、リーベは藍川に一年前のことについては自分の納得いく形でけりを付けてほしいって言ってた。羽柴と江黒はまだそこにいる」

 エリュとリーベがいなくなってからも、羽柴と江黒は広場から一切逃げようとしなかった。藍川の気持ちに気付いたからだろうか。それとも、単に腰が抜けただけなのか。

「どうだ、二人とは話せそうか?」

 今すぐに決着をつけるかどうか、全ては藍川次第だ。

「……椎原君達が一緒にいてくれるんだよね?」

「ああ、もちろんだ」

「だったら、頑張って言えそう」

 そう言う藍川は凜々しい表情を見せていた。いつも堂々としている彼女の本来の雰囲気が戻った気がした。

 藍川が二人にどんなことを言おうとも、今の彼女なら大丈夫だ。それに、俺達だってついているんだから。藍川が何か言われたらフォローするつもりだ。

 藍川は羽柴と江黒の前に立った。

「あのね、結衣――」

「……謝ってもらう必要はないわ。何を言われても、私はあなた達を許すことはできないから」

 どうやら、今の様子だと羽柴と江黒はさっきまでの藍川を見て、彼女に対する罪悪感が生まれていたようだ。だが、藍川はそれを一刀両断した。

「もう、あなた達とは一切関わるつもりはないわ。あなた達も私と関わろうとしないで」

「結衣……」

「ただ、最後に一つだけお願いがあるの。二人で幸せになって。私を裏切ったんだから、そうなってもらわないと話にならないわ。あの時、私は江黒のことが本当に好きだったんだから。そんな私の気持ちを踏みにじったんだからね。二人の付き合いの始まりには私の裏切りがあるから、きっと思い出す度に辛くなるでしょうね。それは当たり前だってことは今のあなた達なら分かるわよね。それが私からあなた達への復讐。それに負けないような強い二人になりなさい」

 そして、藍川は二人に背を向け、

「……分かったなら、さっさと私の前から消えて。さようなら」

 そう言って、涙を流していた。その涙は今までの苦しみ、悔しさなどを全て流しているように見えた。

 羽柴と江黒はしゅんとした表情をして、何も言わずに広場から去って行った。

 決して謝らなかった二人に対して、藍川は永遠の復讐を下した。二人が藍川に負わせた心の傷は大きなものだ。一言謝るだけではとてもではないが、全てを許せることではなかったと藍川は判断したようだ。

 ――殺されるよりも苦しい想いをさせる。

 藍川は二人のこれからの道を示すような言葉を放ったが、彼女のそんな本心が隠れているのだと感じた。そう考えると、非常に重い幕切れだったが、これが藍川にとって最良のけりの付け方であると信じよう。

 暫くの間、藍川は黙って立っていたが、

「……終わってみると、この一年間があっという間に感じてきたわ」

 静かな声で一言、そう言った。

「ちゃんとけりを付けられたっていうことなんじゃないか?」

「……そうかもしれないわね」

 藍川は涙を拭って、ようやく俺達に笑顔を見せた。藍川の中で、ようやく区切りを付けることができたのだろう。

 すると、灰塚が泣きながら藍川に抱きつく。

「結衣、良かったです。本当に……」

「……色々と心配かけてごめんね、恵。それと、ありがとう」

 灰塚はずっと藍川のことを親友として支えてきたから、藍川が一年前のことにけりを付けられたことにこの上ない喜びを感じているのだろう。

「陽菜と千尋、真緒にも迷惑をかけちゃったわね」

「気にしないでよ」

「だってさ、あたし達……友達じゃない」

「私は自分がやりたいからだし。ちゃんと一年前のことにけりを付けることができて良かったね、結衣ちゃん」

「……うん、ありがとう」

 そう、灰塚だけなく桃田や黄海、直見がいなければリーベを倒すことも、藍川を救うこともできなかっただろう。みんなでここまで来ることができたんだ。

「ねえ、みんな。ちょっとお願いがあるの。椎原君と二人きりで話したいから、みんなはちょっと離れていてくれない……かしら。広場の入り口らへんでいいから」

 藍川がそう言うと、桃田、黄海、直見何かを察したのかニヤニヤしながら、泣いている灰塚を連れて広場の入り口付近まで離れていった。三人は何か変なことを考えているんじゃないだろうか。

 それにしても、二人きりで話したいってどういうことだろう。

「あのベンチに座って話そう?」

「ああ、分かった」

 俺と灰塚はさっきまで彼女の寝ていたベンチに隣同士で座る。

「……あいつら、俺達のことをじっと見てるぞ」

 真正面に入り口があり、灰塚達はそこから俺達のことをじっと見ている。

「このくらい離れていれば別にいいわよ」

「……そうか」

 藍川とちゃんと話すために、彼女の方に顔を向ける。リーベが追い出された状態の彼女と話すときがこんなに早く来るとは思わなかったな。

 藍川は恥ずかしいのか、頬を赤くして俺の方をちらちらと見ている。

「椎原君には迷惑をかけちゃったし、傷つけることもたくさんしちゃったわ。リーベの攻撃で、あなたにとても苦しい想いもさせちゃったし。私の勝手な都合で椎原君を傷つけて、本当にごめんなさい」

 俺に深々と頭を下げた。

 リーベが藍川に入り込んでいると知ってから、俺に対する虐めは彼女の本心ではないということは分かりきっていた。だから、今更彼女に復讐するつもりはない。まあ、リーベの攻撃を受けたときは死も考えたけど。

「一年前のことをちゃんとけりを付けられた。それができて俺は嬉しいよ」

「……ありがとう、椎原君。エリュさんにも伝えないとね」

「そうだな。あいつが帰ってきたら言ってくれ」

 エリュは本当に頑張ってくれたからな。彼女がいなかったら、桃田達の洗脳の解除もリーベを倒すこともできなかっただろうし。

「……私には、リーベは人間界を征服するようには思えなかった」

「確かにリーベはエリュへの復讐が第一の目的だったみたいだし。それに、藍川のことを助けたかったんだと思う」

「……リーベと出会ったのは、入学した直後だったわ。そのときも、一年前のことで悩んでいたから、リーベはそんな私に目を付けたんだと思う」

 確かにある時を境に、藍川の雰囲気が変わっていた。それはやっぱり、リーベが藍川の体に入り込んだからだったんだな。

「もう、二人が謝らなかったら復讐することだけ考えていた。それをリーベに話したら、二人で一緒に解決しようって言われたの。それで、万が一二人が謝らなかったら、私の心と体をリーベにあげて、彼女に殺してもらう約束をしたの」

 羽柴と江黒を殺すことは最初から考えていたのか。

「人間の仲間がいた方がいいってリーベに言われて。それで、千尋と陽菜を洗脳することになったの。丁度、あなたに振られて落ち込んでいたときだったから、その傷を利用してね」

「黄海、桃田の順で洗脳したんだよな」

「ええ。椎原君は女の子を振ることで快感を得るような人だと言ってね。彼女達の洗脳を強めるために、あなたを虐めてしまったの。既にあなたは他の人に虐められていたし」

 なるほど。俺が悪いといいながら俺に対して虐めをしないとなると、二人への洗脳をより強いものにはできないだろう。

「恵だけはこのことに巻き込みたくなかった。だから、洗脳しないって決めていたのに、恵は私や千尋、陽菜の異変に気付いていたみたい。あなたに振られた直後に、私も二人のようにしてくれないかって頼まれたの。だから、軽く洗脳しておいたの」

「エリュも言っていたな。自分から洗脳にかかったからか、あまり強いものじゃなかったって」

「……昨日の同人誌即売会。あなた達が必ず恵の所に行くと思ってた。恵の洗脳が解けるまでずっと隠れて見ていたの」

「自分で解こうとは思わなかったのか?」

「恵が絶対に嫌がると思ったの。でも、どうすれば恵が納得して、洗脳を解いても良いって思ってくれるか考えてみたんだけど、結局思いつかなかったの」

「そうだったのか……」

 やはり、灰塚だけはどうしても巻き込みたくなかったのか。彼女が一番、藍川と親しくしてきた存在だったから。

「灰塚の洗脳を解くとき、彼女は言っていた。俺に好意を抱いたとき、藍川は既に俺に好意を持っていたって。自分から洗脳されようと思ったのは、藍川に対する償いだと」

「……リーベに入り込まれる前から、あなたとは何度も話していたじゃない。その時から気になっていたの。そして、リーベに入り込まれてから、あなたに対して好意を抱いていたことが分かったわ。椎原君を利用して千尋や陽菜を洗脳したのにね」

「灰塚は言っていた。藍川と同じ人を好きになって、先に告白してしまったことはあの二人と変わらないって」

「恵にとって、それは私に対する裏切りだと思ったのね。一年前のことが起こってすぐに、恵は私のことを守るって言ったから。私はそんな風に感じてなかったんだけど、ね」

 藍川はあくまでも灰塚のことを考えて、自分よりも先に告白させたということか。

「……ねえ、椎原君」

「なんだ?」

「……私、あなたに復讐されるべきよね。一年前のことなんて関係ないし、椎原君に何の落ち度はないもの」

 やはり、藍川もそこを気にしているのか。

 これまで、俺に謝ってきた人のほとんどが復讐のことについて訊いてきている。それだけ復讐宣言のインパクトが絶大だったというわけか。

「……別に今更復讐するつもりはないさ。そもそもの原因はあの二人だ。二人には言いたいことも言ったし、何にもやり残したことはないよ」

「……そっか。本当にごめんなさい」

「もう気にするなよ」

 俺の目的は藍川への復讐ではなく、あくまでも彼女を救うこととリーベを倒すことだ。それが達成できた今、藍川にこれまでされてきたことを今更言うつもりはない。

 俺は優しく藍川の頭を撫でる。

「藍川。本当によく頑張ったな」

 それが今、俺が藍川にかけたかった言葉だ。藍川は本当に頑張った。一年前のことで彼女はとても苦しんだ。リーベに入り込まれるなど色々あったが、最後はちゃんと向き合って彼女自身の言葉でけりを付けることができた。それはとても凄いことだと思う。

「ありがとう、椎原君」

 藍川は再び泣き出していた。今の涙はきっと、嬉し涙だろう。

 すると、突然、広場の真ん中でピカッ、と光り……光の中からエリュが姿を現した。黒髪で落ち着いた表情をしているので、これは昼モードだな。

「ただいまです、結弦さん」

「おかえり、エリュ」

「リーベの身柄は人間界でいう警察のような場所に渡しておきました。大人しくなって、吸血界の話に素直に応じるみたいです」

「そうか。ご苦労様」

「そういえば、あの二人がいませんが……」

「藍川が二人とちゃんと話して、ちゃんとけりを付けることができたみたいだ」

「そうなんですか。良かったですね、藍川さん」

 エリュは嬉しそうに笑った。昼モードのエリュの笑顔は本当に柔らかい。

「……あの、エリュさん」

 藍川はベンチから立ち上がって、エリュの目の前まで歩く。

「今回のことで色々と迷惑をかけてごめんなさい。そして、ありがとう」

「そんな……気にしないでください。私は一度決めたことを、結弦さん達と一緒に最後までやり通しただけですから。それよりも、藍川さんがお二人と向き合えて良かったです」

 これで、完全に藍川の件は終わったかな。

 途中、色々とピンチだった場面はあったけれど、このような結果になってとても嬉しく思っている。

「さてと、せっかく外にいるんだから、帰る途中にどこか寄っていくか。ちょうど昼ご飯の時間だし」

 豊栖市に来て一ヶ月ほどなので、駅前を中心に言ってみたい店が実はたくさんある。

「それ良いですね! みんなで行きましょうよ!」

「……そうね。私もお腹空いちゃったし」

「それじゃ、直見達も誘ってみんなで行こうか」

 多い方が食事も楽しいし。

 これから食事に行くことを直見達に言うと、一緒に行きたいと言ってきた。ということで、これから七人で美味しいものを食べに行くことに決まった。

 そして、俺達は決着の場である広場を後にするのであった。


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