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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第1章
22/86

第21話『魔女狩り-Liebe Wollen Ver.-』

 リーベから放たれた青白い光。それは俺の体を貫いた。

 俺はあまりの痛みと、急激な脱力感によって仰向けに倒れてしまう。今も傷口から血が流れているのが分かる。

「結弦!」

 砂埃がなくなってやっと気付いたのか、エリュ達の悲鳴が聞こえる。

 エリュは俺の側に座り、俺の頭を膝に乗せる。

「ばかっ……どうして、あたしなんかのために……」

「……気付いたら、さ」

 ただ、エリュのことが助けたかったから。それだけだ。

 まずい、声を出したら息苦しくなってきた。このままだと確実に失血死だ。

「……でも、エリュを助けられなかった方が……よっぽど辛いよ」

「……何よ、格好付けちゃって。今、すぐに傷を治すから」

「ちょっと待ってくれ。リーベは……」

 俺を治療している間にリーベに攻撃されたらそれこそ終わりだ。

 リーベの様子を確認すると、意外なことにリーベは俺達の方を見てただ呆然と立っている。

「エリュ・H・メランを殺すつもりだったのに、どうして、椎原結弦が……」

 その声はとても震えていた。まさか、俺に攻撃してしまったことにショックを受けているというのか?

「ど、どうしたのかしら? リーベのあんな姿、初めてだけど……」

 どうやら、今のリーベは普段と様子が違うらしい。

「きゃあっ!」

 ここで、また意外なことが続く。灰塚がリーベのことを羽交い締めにしたのだ。リーベはそんな灰塚に抵抗をするものの、力が弱く灰塚の拘束を解くことができない。

「エリュさん! 今のうちに椎原君を治して!」

「……分かった!」

 エリュはそう言うと、俺の着る血だらけのYシャツをめくり、右脇腹の貫かれた部分を数回ほど舐める。

「うっ……!」

 そうか、エリュの唾液は麻酔入りの傷薬になっていたんだっけ。段々と感覚がなくなっているけれど、かなり痛いな。それだけ効いている証拠なんだろうけど。

 正面だけではなく、背中の方の傷口もエリュに舐められる。時間を置かずに舐められているので、二重の痛みが襲ってきて思わず失神してしまいそうだ。

 すぐに痛みも感じなくなったので傷口を見たら、傷口から血が流れていなかった。

「凄いな、エリュは……」

「……全然ダメだよ。だって、何も出来なかったし、結弦にもケガ、させちゃって……」

「……泣くなよ」

 俺はエリュの目からこぼれ落ちそうな涙を手で拭う。

「相手はリーベだけど、姿は藍川なんだ。何も出来ないのは仕方ないよ」

「でも、どうすればいいかよく分からなくて……」

 確かに、藍川の体であることを考えるとむやみに攻撃は出来ない。きっと、リーベは最初からそれを見越していたんだと思う。

「用はリーベを藍川の体から出せば、エリュも普通に戦えるんだよな」

「だけど、藍川さんは自らリーベに心も体も委ねちゃったんだよ! だからもう、あれがリーベそのものなの。それでも、あたしには藍川さんにしか思えなくて……」

「……俺は完全に藍川がリーベに乗っ取られたとは思えないんだ」

「えっ?」

 さっきから抱き続けている違和感の正体、もしかしたらこれかもしれない。

「藍川は心も体もリーベにあげるって言ってたけど、リーベは……完全に乗っ取ることができていないのかもしれない。俺を攻撃してしまったことへのショックの受け方が異常な気がするんだ」

「そうかもしれないけど……」

「もしかしたら、まだ藍川の心は生きているかもしれない。もし、そうだとしたら藍川からリーベを追い出すことが出来るかもしれない」

 藍川の心がまだ生きているとしたら、灰塚に対する抵抗の弱さも納得ができる。それにあの体には藍川結衣という女の子の血が流れている。そのことで灰塚には何もするな、という藍川の本能が働いてリーベの行動を押えているのかもしれない。

「前に言ったけれど、藍川の気持ちを救うことでリーベを追い出したい。それを、俺にやらしてくれないか」

「だけど、あの二人が謝らなかったから、藍川さんはリーベに体も心も委ねたのよ。心を救うって言うけど、何か良い解決法でもあるの?」

「正直言うと、全然ないけれど……でも、何もしないよりはいいと思うんだ。それに、桃田や黄海、灰塚の時もそれぞれ相手に向き合って洗脳を解除することができた。同じように藍川とも向き合いたいんだ」

 何か別の方向から藍川の心を救うことが出来るかもしれない。藍川の心を救うカギは何なのだろうか。

「……分かったわ。やってみようか」

「ありがとう、エリュ。そうとなったら、血の補給薬をくれないか? 多分、出血が酷いせいで体がだるいと思うんだ。何とか歩くくらいまでには回復したいんだ」

「……それは無理よ」

「ど、どういうことだ?」

「吸血鬼には血を失った原因がどんなことでも飲めばすぐに回復するの。でも、人間に対しては吸血鬼が直接絡んでいない場合だと、効果があまりなくて……」

 じゃあ、悪魔であるリーベの攻撃を受けたことで失血した今の俺には、血の補給薬を飲んでもあまり効果はないってことなのか。

「他には何かないのか? 血を補給する方法は……」

「あ、あるにはあるけど、その……」

「痛くても何でもいい。すぐに補給できないか?」

「結弦さえ、良ければだけど……」

 エリュは頬を真っ赤にしていた。その理由は分からないけれど、一刻も早く血を補給して藍川の心を救わなければ。

「エリュのすることなら何でも受け入れるよ。だから、すぐに血を補給できる方法で頼む」

 俺がそう言うと、エリュは一度深呼吸をして、

「……分かった。でも、悪く思わないでね。き、緊急だからね」

 と、言うとゆっくりと唇を重ねてきた。エリュの唇はとても柔らかく、ほんのりと温かい不思議な感覚だ。

 そして、エリュの口から俺の口の中に血が流れ込んでくる。俺はただ、エリュからの血を飲み込んでいくだけだ。

 なるほど、口移しで俺に血を送るってことか。これだと確実に血は送れるけれど、もう少しソフトな方法はなかったのだろうか。口づけされていることと、血が送られていることでドキドキしているけど、エリュはどんな感じなのだろう。

「んっ……」

 血をたくさん流したいのか、エリュは舌を使って俺の口を大きく開けてくる。それに応えるように口を大きく開けると、血の流れてくる量がどっと多くなった。

 吸血鬼の血は人間の血とは違うのか、体のだるさが段々となくなっていく。それどころか普段よりも体が軽くなったような気がする。

「……このくらいでいいかしら」

 唇の周りについた血を舌で舐め取るエリュがとても艶やかに見えた。そして、顔をとても赤くしているのが可愛い。

「ありがとう、エリュ。おかげで元気になったよ」

「……お、お礼はさっさといいから早く藍川さんの所に行きなさい。私は血の補給薬を飲めばすぐに回復するから大丈夫よ」

「……分かった」

 俺はゆっくりと立ち上がり、藍川の方へと歩き出す。

 その様子を見た灰塚は全て俺に任したように藍川への拘束を解いた。

 もしかしたら、藍川の心は完全にリーベに乗っ取られたのかもしれない。でも、一か八か藍川の心が生きていることを信じて、リーベを藍川の体から追い出すぞ。

 俺は藍川の目の前に立つ。

「藍川。二人を殺しても、何の意味もないよ。それこそまた、新たな復讐を生み出すだけになると思う」

「……私の心は満たされるわよ。それだけで十分に意味はあるの」

 やっぱり、藍川の心は生きていたのか。そして、やっぱり今の状態では二人を殺すことが一番か。

「でも、そのために自分の心や体をリーベに委ねるってことは、藍川結衣っていう女の子は死んじゃうってことになるよな。灰塚もそれは嫌だって言ってただろ。藍川がいなくなって悲しむ人がいるんだよ。それは桃田や黄海、直見だってそうだし……エリュや俺も嫌だって思ってる」

 俺がそう言うと、藍川は俺の着るジャケットをぎゅっと掴む。

「そんなことない! だって、こんなに迷惑をかけて……椎原君には酷いことまでして。そんな私はもう、いなくなった方がいいに決まってる……」

 そして、藍川は涙を流し始めた。

「……そんなことないよ。俺は藍川にいなくなって欲しいとは思ってないよ」

「嘘! 嘘だって言って! 私は独りなんだから……」

 藍川は今までのことで、自分がいなくなっても悲しむ人間なんていないと思い込んでしまっているみたいだ。この状態が続けば、リーベに完全に乗っ取られてしまうのは時間の問題だ。

 きっと、今の藍川ではどんなことを言っても納得しないだろう。そんな彼女に独りではないということをすぐに分かってもらえる方法。

 さっきの影響なのだろうか。馬鹿な俺にはこれしか方法が思いつかなかった。

「……!」

 俺は藍川に口づけをした。彼女の唇には確かな温もりがあった。

 その瞬間、藍川が俺のことを抱きしめてきたのが分かった。だから、俺も藍川のことを包み込むように優しく抱きしめる。

 唇を離すと、藍川は恍惚な表情をして俺のことを見つめていた。

「……藍川は独りなんかじゃない。俺達は藍川の側にいる。だから、困って寂しかったら、何時でも俺達に頼ってくれよ」

「……うん」

 そう言って、藍川は一つ頷いた。

 次の瞬間、藍川の体から黒いオーラが出始める。その反動なのか、藍川は意識を失ってしまい俺にもたれかかる。

「う、うううっ……」

 聞き覚えのない女性の呻き声が聞こえてくる。最初こそ微かに聞こえていただけだが、段々とはっきりした声へと変わっていく。

 やがて、藍川から出た黒いオーラは一つになり、人のようなシルエットが出来上がる。そして、そのシルエットからフリル付きの黒いドレス姿の綺麗な女性が出てきた。藍川と同じ藍色の髪で髪型はロングヘアである。

「藍川さんの体から追い出されたのね」

 ということは、この黒いドレス姿の女性がリーベ・ウォーレンの本当の姿なのか。見た目は人間とあまり変わらないんだな。

「……もう少しで完全に乗っ取ることができたのに」

「藍川さんに随分と同情していたみたいだから、二人を殺すまでは完全に乗っ取る気はなかったんじゃないの?」

 リーベを藍川から追い出すことができたのか、エリュは威勢の良い態度を取っている。

「……さっきまで苦戦していたくせに、調子の良いことを言って」

「形勢逆転よ。人間から追い出すことができればこっちのものよ」

「いや、ここにはまだ他の人間がいるわ! そこに入り込めば……」

 リーベは広場を見渡している。

 この広場にいる人間は七人。俺、桃田、黄海、灰塚はエリュの唾液が体の中に入っているため、リーベが入り込んだとしても、思うような力は発揮できないだろう。となると、

「リーベの狙いは直見、羽柴、江黒の三人のうちの誰かだ! 桃田、黄海、灰塚は三人のことをそれぞれ守ってくれ!」

 俺も三人を守りにいくために、もたれかかった藍川をベンチの上に寝かせる。

「私の狙いはもう決まっているよ」

 リーベは直見達の方に向かって走り始める。

「羽柴玲奈! 救いようのないその悪心を利用させてもらうわよ!」

 羽柴狙いだったか!

 三人の中で一番の悪心を抱いているのは羽柴だ。さっきのやりとりで、藍川の体から追い出されたら羽柴に入り込もうって決めていたんだ。

 元々、羽柴の前に立っているのは黄海だったが、直見、桃田、灰塚も加わり、羽柴のことを覆うようにして彼女を守る。

「邪魔者にはとっととどいてもらうわよ!」

 リーベが直見達の方に手を伸ばすと、魔法なのか羽柴のことを守っている四人を吹き飛ばす。

 だが、そのことで生じた隙をエリュは見逃さなかった。エリュは素早くリーベの背後に立つと、リーベのことを羽交い締めにする。

「し、しまったっ! 離せ!」

「そう言われて素直に離すような吸血鬼じゃないことは分かってるでしょ。これ以上、あなたの好きにはさせないわ。これで終わりよ!」

 そう言うと、エリュはリーベの首筋を噛んだ。

「うああっ!」

 リーベは拘束を解くために激しく体を動かすなど必死に抵抗するものの、エリュの噛み付きの所為か徐々にその動きは鈍くなっていく。

「吸血鬼の……くせに……」

 そして、リーベは何も抵抗しなくなった。手が力なく下がっているので、もう抵抗は出来ないだろう。それを確認したエリュはリーベへの拘束を解く。

「このくらいでいいかしらね」

 リーベはその場で倒れ込んだ。唸ってはいるが、立ち上がることはしない。おそらく、エリュの唾液を流し込んだことで、リーベは思うように体に力を入れられないのだろう。

 どうやら、エリュの勝ちのようだな。

「リーベ・ウォーレン。あなたの身柄を拘束するわよ。そして、この後すぐに吸血界に移して、人間界に来る前に言われた上からの命令を中心に話を聞かせてもらうから」

 エリュはそう言うと、こちらの世界でいう手錠のようなものを取り出して、リーベの両手にかけた。

「最後に、藍川さんは眠っているけれど、彼女に伝えておきたいことはある?」

「……あの二人にはまだ何も罰が下っていない。自分の納得のいく形でけりを付けろ、と言っておいて。それができれば私も嬉しいから」

 リーベは元々、一年前のことを解決することを条件に藍川の体に入り込んだからな。藍川を救いたかったという優しい気持ちは本物なんだ。もしかしたら、リーベは完全に藍川の心を乗っ取る気は最初からなかったのかもしれない。

「そう。分かったわ」

「……椎原結弦さえいなければ、こんなことにはならなかったのに。あなたがここまで協力的だったことが、私の最大の誤算だったわ」

 リーベは鋭い目つきだったが、俺のことを見て微かに笑った。

「……それじゃ、吸血界に行ってリーベの身柄を渡してくるから」

 そう言うと、エリュとリーベは消えていった。

 こうして、人間を巻き込んだ吸血鬼と魔女の戦いの一つは終わりを告げるのであった。

 ただ、リーベが言ったようにまだ終わっていないことがある。一年前、人間同士の間で起こった醜い事件。

 藍川が目覚めたら、そのことについて必ずけりを付けよう。


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