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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第1章
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第20話『Offense』

「さてと、まずは結衣の約束を果たさないとね」

 リーベの言う藍川との約束。それはもちろん、藍川のことを酷く傷つけた羽柴と江黒を殺害することだ。

「やべえ、やべえよ……」

「結衣、どうしちゃったの……?」

 羽柴と江黒は藍川の心と体を奪ったリーベを前にして、恐怖を抱いているのか全身が震えてしまっている。

「そう。怖がれ、もっと怖がれ! 結衣が傷つけられた分、私がたっぷりとお前らに恐怖を味合わせないとね」

 すぐに殺すのではなくて、恐怖を植え付けてから殺すってことか。

 どうする。俺のような人間が魔女に立ち向かえるとは思えない。ここは二人を逃がすべきなのか?

「リーベ・ウォーレン!」

 エリュはそう叫ぶと、羽柴と江黒の前に立った。

「二人を殺すことだけは絶対にさせないわ! どうしても二人を殺したいのなら、まずはこのあたしを倒しなさい!」

 エリュは二人を守るためにリーベと戦うつもりだ。

 そんなエリュに対して、リーベは高らかに笑う。

「あははっ! これは好都合だ。結衣の約束を果たすために、私の目的を果たすこともできるのだから!」

「……どういうこと?」

「人間界を征服せよ、という上の命令でこの世界にやってきた。でも、そんなことなんてどうでも良かった。私の本当の目的は、人間界で強い体を手に入れて、エリュ・H・メラン……あなたに復讐を果たすことなのよ」

「あたしに復讐ですって?」

「そう! 私は戦争で友人を失った。その中の何人かはあなたの手によって殺されたのよ! まるで吸血界の方が正しいって言っているけど、吸血鬼だって尊い魔女の命を奪っているじゃない!」

「そ、それは……」

 エリュは言葉を詰まらせてしまう。

 リーベの言っていることには一理ある。たとえ戦争でも、誰かの命を奪うことはやってはいけないことだ。戦争という手段を取った時点で、誰が正しいということはないんだ。みんな間違っているんだ。

 今の話で、リーベが藍川の体に入り込み、藍川との約束を果たそうとしている理由が分かった。自分の心を傷つけた相手に復讐したい気持ちが重なったからだ。

「何にも言えないようね。そうよね、私の友人を殺したのは事実なんだから」

「……それは本当に申し訳ないと思っているわ」

「だったら、大人しく殺されなさい」

「……絶対にそれはさせないわ。殺すことなんて間違っているんだから。それに、あなただって魔力のせいで、あたしの友人を殺したじゃない。あたしだって、あなたを殺したいくらいに憎んでるわよ!」

 エリュとリーベは戦争で直接対決したんだったな。互いに大切な存在を失っていたというわけか。そして、互いを恨み続けている。

 リーベはエリュの罵声を浴びても笑い続ける。

「……私は一切殺してないわよ」

「何ですって?」

「私は哀れな吸血鬼に互いに攻撃し合えと魔法をかけただけよ。その結果、多くの吸血鬼が死んじゃったってだけ」

「そんなの屁理屈よ! あんたがそんな魔法さえかけなければ……!」

「それはどっちかしらね? 私に洗脳されてしまうような未熟な吸血鬼が一番悪いんじゃないかしら?」

 まさか、リーベはエリュを洗脳するために、彼女の心の中に眠っている負の感情を引き出そうとしているのか? もし、このまま挑発に乗ったらリーベの思う壺だ。

「エリュ! 落ち着くんだ! 怒りをむき出しにしちゃいけない!」

 俺がそう言うと、エリュの口角が上がった。

「……ありがとう。このままだとリーベに洗脳されるって分かっていたんだけど、どうしても我慢できなくてね……」

「エリュ……」

「あたしも過ちを犯した。だからもう、二度と過ちを繰り返したくないし、過ちをさせたくもない! リーベ、あなたの目的を阻止するわ」

「……そう。それを聞いてますます殺したくなったわ! 二人の前に絶対にお前を殺す! 今更謝っても遅いわよ……」

 そして、吸血鬼と魔女の戦いが始まる。激しくぶつかり合い、互いに攻撃を繰り出していく。到底、俺達人間が介入できる場ではなかった。

「玲奈。逃げようぜ、こんなところにいたら死ぬぞ!」

「そうね。早く逃げなきゃ!」

 エリュが殺されたら確実に殺されることが分かっているのか、羽柴と江黒はこの場から逃げだそうとしている。

 普通なら俺達人間は離れるべきなのだろうが、今は違う。

「二人を逃がすな! みんなは羽柴を取り押さえてくれ!」

 藍川をこんな風にさせたんだ。その責任をここで取ってもらうぞ。

 俺達は駅へと続く林道を封鎖するようにして立つ。

「どけえええっ!」

 江黒は殴りかかる構えを見せて威嚇しているようだが、そんなものは通用しないぞ。

 俺は江黒を背負い投げし、彼を取り押さえる。羽柴も直見達に取り押さえられた。

「……灰塚」

 俺は灰塚と頷き合う。

 そして、俺は江黒の顔を一発殴り、灰塚は羽柴の頬を一発叩いた。ほぼ同時だったため、不協和音になって響き渡った。

「自分達は何も悪いことはしていない? 冗談じゃない! お前らは人一人の心を殺したんだ! 見てみろ。あれがお前らのせいで変わっちまった藍川のなれの果てだ!」

 俺がそう言うと、羽柴も江黒も恐怖のあまりか視線がちらついていた。

「藍川はきっと、お前らのことを信じていたから、一年経った今もお前らの裏切りに苦しんだんだよ。言葉や態度がきつくて、そんなところが嫌になる気持ちは分かる。だけど、そんな彼女に一年前のような報復をする必要はあったのかよ!」

 注意すれば、藍川なら素直に聞いてくれたはずだ。

 でも、羽柴と江黒は、藍川の純粋な気持ちを踏みにじるような行動を取ったんだ。そんなことをする必要があるわけない。

「藍川を裏切って、傷つく彼女の姿を見てお前らはどう思ったんだ。こうなるのは当然だと思ったか? 悪を倒した気分になって快感だったか? 言ってみろ!」

 俺は江黒の胸元を掴む。

「俺は……羽柴の頼みをただ聞いただけで……」

「はぁ? 全部私の所為にするわけ?」

「だって、言うことを聞かないと付き合ってくれないって言ってたじゃないか。それに、そんなことをする必要あったのかよ。元々、俺達は両想いだったんだから」

「だ、だって……!」

「……見苦しいですね」

 灰塚は言い合う二人の前で大きくため息をついた。

「こんなときに罪の擦り付け合いをして、喧嘩ですか。でも、当たり前ですよね。二人が付き合うために、結衣を裏切ったんですから。そんなことで付き合い始めたら、いつかは破綻しますよ。結衣に申し訳ない気持ちがないうちは、二人で幸せになれるわけないじゃないですか」

 灰塚のその一言はとても重く感じられた。

 確かに、羽柴と江黒の始まりには藍川への裏切りがある。江黒はただ羽柴の言うことに従っただけみたいだし。二人の気持ちに食い違いが生まれてしまうだろう。

「私の親友をこんな風にして。最低です。二人のことは絶対に許しません。殺すのはどうかと思いますけど、本当に二人には何らかの形で罰を与えて欲しいですよ」

 それが、灰塚の本音なのだろう。

 灰塚の気持ちも分かるが、それでも罰を下してはいけない。一番良いのは藍川の考えたとおり、二人に誠意を謝ってもらうことなんだ。そのためにはやっぱり、二人に一年前のことに向き合ってもらう必要がある。

「……絶対に逃げるな。そして、自分達の犯したことの重さを思い知るんだ。藍川の苦しみを分かろうとするんだ。もう、今はそれしかできないんだよ。残念だったな、藍川に謝ることができなくて。もし、二人に罰が下ったとしたなら、藍川に謝れないことだ。でも、当たり前だよな。お前らは藍川の与えた最後のチャンスを自ら放棄したんだからな」

 二人が頑なに謝ろうとせず、心ない態度を取ったことで、取り返しのつかない状況になってしまったんだ。

 もう、あとは二人に任せよう。

 エリュとリーベは今も戦っているが、リーベの方が押している状況だ。エリュはリーベの攻撃を回避したり、跳ね返したりしているだけだ。

「そうよね。攻撃できないわよね。私に攻撃するってことは、藍川結衣の体を傷つけるってことだもんね!」

 そう、エリュは攻撃できないのだ。リーベという魔女を相手に戦っているけど、その相手の体は間違いなく藍川結衣なのだから。

「どうすればいいのよ……!」

 このままの状態でも、エリュの体力は削られていくだけで、エリュが負けてしまう。

 何とかエリュに加勢したいところだが、人間である俺達に何かする手立てはあるのだろうか。この状況を逆転できるきっかけだけでもいい。何か良い方法はないだろうか。

『ドカン!』

 そんな音が響き渡った途端、当たりが砂埃に包まれる。砂が目に入ったため、禄に目を開けることが出来ない。

「けほっ、けほっ!」

 エリュの咳払いが聞こえる。ということは、さっきの衝撃音はリーベの攻撃によってもたされたことなのか。

「前が、見えない……!」

 どうやら、エリュもこの土埃の影響をモロに受けてしまっているようだ。

 目をこすり、手で守るようにすることでようやく目を開けることができ、エリュの姿を何とか確認することができた。そして、リーベの姿も。

「エリュ・H・メラン。ここまでよ。最後は本当に呆気ないものね」

 リーベのところで何か青白く光っているぞ。まさか、エリュのことを……!

 エリュは両手で目を覆ってしまっているので、リーベのところにある青白い光に気付いていない。

「エリュ!」

 気付けば、俺はエリュの方に向かって走り出していた。

「死ねえええっ!」

 それは一瞬のことだった。

 俺がエリュを庇った瞬間、リーベから放たれた青白い光は俺の体を貫いていった。右脇腹を中心に針を刺したかのように鋭く激しい痛みが襲う。

 そして、俺は痛み、苦しみ、脱力感の中……その場に倒れてしまうのであった。


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