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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第1章
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第19話『跡形なき罪悪感』


 一年ぶりに、藍川は羽柴と江黒に向き合っている。

 だが、羽柴と江黒は無表情で藍川のことを見ていた。

「……なあ、玲奈。こいつ、どっかで見た顔だよな」

「そうね。悪い印象しかないけれど……」

 と言って、二人は藍川のことを嘲笑っている。おそらく、藍川のことをいない人間だと思っているんだろう。

 藍川の体が震えているのが見える。一年ぶりで緊張しているのもあるだろうが、今なお続く酷い態度に憎しみを抱いているのだろう。

「あいつら、結衣のことを……!」

 灰塚は何時になくご乱心の模様。

「俺達も出て行くか」

 そして、俺達も広場に行って、藍川の後ろに立つ。

「おっ、灰塚じゃねえか。久しぶりだな」

「久しぶりね、元気してた?」

「私のことを覚えていて、結衣を覚えていないとはどういうことですか!」

 灰塚が怒りをぶつけると、二人は面白そうに笑い始めた。

「冗談だって! お前は相変わらず真面目ちゃんだなぁ」

「覚えているに決まってるよ。まあ、結衣には悪い印象しかないのは本当だけど……」

「そういうあなた達にも悪い印象しかありませんけどね」

 一歩も引くことなく、灰塚は二人に嫌みを漏らす。

「……それで? 今日は何の用なの? 結衣。赤峰高校の制服なんて着て。後ろにいるのは高校のお友達かしら? あっ、茶髪の男の子って結衣の彼氏だったりする? 良かったね、高校で彼氏作れて。上手くいくといいね。私は上手くいかないと思うけど」

 羽柴は若干マシンガントークのように話す。最後の一言が羽柴玲奈という人間の性格の悪さを象徴しているな。

「……彼は私の彼氏じゃないわ」

「やっぱりね。だって、結衣に彼氏ができるなんてあり得ないもん」

 あははっ、と羽柴は笑い飛ばす。ここまで好き勝手に言っているのを見ると、藍川が羽柴と親友だったというのが信じられなくなるな。この二人、一年ぶりに藍川と会って、嫌がるどころか藍川を虐めることを楽しもうとしているんじゃないか?

「茶髪の男の子。ちょっといいですかぁ?」

「何でしょう?」

「この藍川結衣って女の子に告白されても、絶対に断った方がいいですよ。性格とか超がつくほどの最悪な子ですから」

 何言っているんだ? この女は。

 俺に振ってきたわけだし、せっかくだから容赦なく言いくるめてやろうじゃないか。文句ないよな、藍川。

「ああ、一度告白されましたよ。振りましたけどね」

「ああ、そうだったんですか! それで正解――」

「藍川にもう一度告白されたら付き合うかもしれませんが、あなたに告白されても迷うことなく断りますね」

「……えっ?」

 羽柴が初めて曇った表情を見せる。

「だって、そうでしょう。藍川は言葉や性格がきついときもありますが、他の人のことを考えられる優しさがあることを俺は知っています。でも、あなたにはそれが全くない。今日、初めて会っただけでもそれは分かりますよ。良かったですね。自己中のあなたでも彼氏ができて、一年間も付き合っていられるなんて。奇跡という他はないでしょう」

「おい、お前! さっきから玲奈のことを悪く――」

「あなたにも言うことがあるんですよ。江黒一樹」

 俺は江黒を睨み付ける。

「おそらく、羽柴玲奈を救ったことをきっかけに付き合うことになったと考えているんでしょう。そこに藍川結衣という女の子を深く傷つけたにも関わらず。自分達は良いことをしたと勘違いしているみたいですね。まあ、そういう風に思えるひん曲がった神経という意味では二人はお似合いかもしれませんね。きっと、今の相手以外とは付き合えないでしょう。だから、今の相手を大切にしてくださいね。俺からは以上です」

 まあ、思ったことを好き勝手に言っただけだが、少しでも藍川の手助けになっていれば幸いである。ちなみに、言いたいことを言えたのでスッキリしている。

 今、羽柴や江黒はどんな精神状態なんだろうね。きつく言ったから結構傷ついちゃったかな? まあ、傷ついたならそれはそれでいい。二人には藍川が味わったような苦しみを少しでも味わってほしかったから。

 羽柴は何とか笑みを見せている感じだ。

「……類は友を呼ぶ、というのはこういうことを言うのかしらね。結衣にそっくりだわ、その男の子。まあ、彼の場合は笑った顔で平然と話してくれるけど」

「あなた達よりもよっぽどまともよ。そして、私よりもね」

 藍川の声の力強さが元に戻っていた。

「……話を戻そっか。それで、今日は何の用なの? 確か、一年ぶりよね?」

「へえ、最後に私と話したのがどれくらいなのかは朧気にでも覚えていてくれたのね」

「だって、結衣を絶交したタイミングと、一樹君と付き合ったタイミングが同じなんだもん! あれって、中二の終わり頃だったっけ?」

「……笑わせないでくれる?」

「えっ?」

「あなたが私と絶交したタイミングが中二の終わり頃だった? ふざけないで。あなたはもっと前、中二の冬頃にはもう既に私に友情なんて感じていなかったでしょう? だから、隣に座っている江黒を使って私を騙した!」

 確かに、藍川のされたことは相当酷いことだ。それをしようと考えるということは、その当時から羽柴は藍川に友情なんてこれっぽっちもないはずだ。

 矛盾を指摘された羽柴はイライラしているのか、藍川のことを鋭い目つきで睨んでいる。

「私が結衣と絶交したタイミングなんてどうでもいいでしょ? それに、過去のことでいちいち文句付けるなんて最低なんだけど。大切なのは今でしょ? あのことで文句言うつもりならさっさと帰って。別に私達は結衣がどうなっても関係ないし、興味だって全くないんだから。灰塚でもそこの男の子でも良いから、結衣を連れて帰ってくれない?」

「……そのつもりは全くありませんよ、羽柴さん」

「俺もないな」

 もちろん、エリュ、直見、桃田、黄海も同じだ。藍川が一年前のことを納得した形で解決しない限り、俺達はここから離れるつもりはない。それ以前に、藍川本人が絶対に帰ろうとしないだろう。

「……私には唯一つ、あなた達にして欲しいことがあるの。それをしてくれたら、私はすぐに帰るわ」

「何かしら?」

「……一年前のことで私に謝って。それだけでいいから」

 やはり、そうだったのか。藍川はただ、二人に一年前のことで謝って欲しかったんだ。きちんと終わらせたいんだ。二人が謝れば、藍川も納得して、リーベは藍川から出て行くだろう。

 だが、藍川の思うようにはいかなかった。二人は怒った表情をしていて、申し訳なさそうな表情は一つも見せることはない。

「……どうして謝らなきゃいけないわけ?」

「えっ?」

「だってそうでしょう! 私がああいうことをしようと思った理由は、いつもきつい態度を取る結衣が嫌だったからなんだよ。傷つけられたことに傷つけ返すって何がおかしいの? 私の言ってることで何か間違ってる? 当然のことだと思うんだけど。自分のことを棚に上げといて人には謝れって。本当に結衣って最低」

 羽柴は全く謝ろうとしなかった。江黒も彼女の言葉に頷いていたし同じ考えだろう。

「……ふうん。そうなんだ。そういう風に考えてたんだ……」

 藍川がそう言うと、急に冷たい風が吹き抜ける。

「たった一度のチャンスをあげたのに。そっか。所詮、お前らは一年前のことなんて、結衣のことなんてそのくらいにしか考えてなかったんだ!」

 その瞬間、藍川は黒いオーラが纏う。

「止めなさい! リーベ!」

 エリュは藍川の方へ向かおうとするが、藍川が纏う黒いオーラによって吹き飛ばされてしまう。

「お前らがそう考えているなら、容赦なく殺してあげるわ! 傷つけられたことに対して傷つけ返すのは当然のことでしょう? 最低な人間には、最も惨めで苦しい罰を下してやる! それが私の復讐よ! リーベ、もう私の気持ちなんて壊してもいいから。私の体を使って二人を殺して!」

 二人に対する最初で最後の審判。

 その結果、二人への判決は死刑。それも、単なる死刑よりもよっぽど惨めで苦しい罰を二人に下すつもりだ。

 これは……最悪の展開だ。

 二人に全く罪悪感がないことで、藍川はリーベに自分の身も心も委ねてしまおうとしている。きっと、藍川は殺すという最終手段だけはリーベに頼んでおいたんだ。

「待って!」

 灰塚は藍川の手を力強く握りしめる。

「二人のことが許せないのは分かります! 罰を下したい気持ちも分かります! でも、殺すことだけは絶対にしちゃ駄目です!」

「恵……」

「魔女なんかに心を奪われないで! そんなことをしなくたって、解決できる方法が絶対にあるはずだから!」

「……ごめん」

 灰塚の涙の訴えは藍川の気持ちを動かすことはできなかった。

「二人に裏切られた日からずっと、二人に復讐することだけを考えてた。どうすれば二人にとって、一番苦しい想いをさせることができるのか。それが一時も頭から離れることはなかったわ。それでも、赤峰高校に進学して、椎原君に告白できて……ここまで来られたのは恵のおかげよ。ありがとう」

「結衣……」

「二人が謝ってくれれば、何もしない。それは最初から決めてたこと。でもね、あいつらは今、はっきりと言った。自分達は何も悪くない。むしろ、当然のことだって。そう言われたら、殺す以外に復讐をする方法なんてないでしょ?」

「それは間違ってるよ! 絶対に……」

「……昨日も言ったとおり、間違ったことには間違ったことでしか返せないの。もう、取り返しのつかないところまで来ちゃったのよ。痛い目に遭わないうちにここから逃げて」

「いや!」

 藍川の言葉を拒むように、灰塚が藍川の腕にしがみつくが……藍川はそんな彼女を振り払った。振り払われた灰塚を俺が受け止める。

「……恵」

 俺達の方に振り返った藍川の目からは涙が流れていた。そして、穏やかに笑う。

「恵だけは私のことをずっと支えてくれたわね。そんな恵のことが大好き」

「魔女に乗っ取られちゃ駄目だよ! 結衣じゃなくなっちゃ!」

「……もう、私に生きる希望なんてないから。椎原君、恵を連れてここから逃げて。みんなもすぐに、ね」

 藍川から放たれる黒いオーラからは電気が発せられ、俺達人間を近づけなくさせている。もう、打つ手はないというのか?

「さあ、復讐の始まりよ。憎き二人に罰を下す! リーベ、後はあなたに任せたわよ。そして、みんな……さようなら」

 まるで、世界が変わってしまったかのように、晴天だった空が紫色に変わっていく。生色の雲が俺達の上空に集まり、肌寒い風が吹く。その風によって、藍川のみに纏っていた黒いオーラは吹き飛ぶ。

 そして、俺達の前に立っている藍川は……見た目こそ彼女そのものだったが、藍川ではなくなっていたのであった。


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