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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第1章
19/86

第18話『ドドメイロ』

 四月二十七日、日曜日。

 午前十時。俺、エリュ、灰塚、直見、桃田、黄海の六人は藍川の家の前に立っていた。ちなみに、エリュは夜モードになっている。

 どうしてここにいるのかと言うと、昨晩……灰塚が藍川に一年前のことを一緒に解決しようと粘り強く交渉し続けた結果、

『明日、復讐するつもりだけど、ついてきてどうなっても知らないからね』

 という返答が来た。そのメールは灰塚から転送されてきたので俺も確認済みである。

 その後、何時くらいに二人の所へ向かいに行くかと訊いたら、午前十時くらいだと返答が来たので、それに間に合うようにして彼女の家にやってきたというわけだ。

 時刻はその午前十時なので、そろそろ藍川が玄関から出てくるはずだ。

「藍川、本当に出てくるかな……」

「結衣は約束をちゃんと守る人ですから、大丈夫だと思います」

 灰塚にそんなことを言われていると、玄関の扉が開き、藍川の姿が見えた。制服姿であるのがちょっと疑問だが。

 俺達の前に立つと、藍川は一つため息をつく。

「……本当に来たのね。恵、椎原結弦、エリュ・H・メランまでは分かるけど、まさか陽菜、恵、真緒まで来るなんて。本当にあなた達はどれだけお人好しなんだか」

「迷惑がかからないようにと、わざと嫌みを言って帰らせるつもりでしょうけど、皆さんそのつもりは全くありませんから」

 核心を突かれたのか、藍川は頬を赤く染めた。結構人情味があるじゃないか。

「ところで、どうして制服姿なんだ?」

 さっき疑問に抱いたことを訊く。

「二人に会いに行くとき、どういう服装がいいのか迷っていたんだけど、赤峰の制服が一番しっくりきたのよ。まあ、赤峰に進学してちゃんとやってるんだ、って証明したいし。それに、二人が進学した高校よりも偏差値全然高いし」

 ニヤリ、と藍川は口角を上げた。

 どうやら、藍川は赤峰高校の生徒であることに誇りを持っているらしい。今の藍川を二人に見せるという意味では、赤峰高校の制服はピッタリじゃないだろうか。

「藍川さん。今はリーベの意識もあるの?」

「……あるわ。でも、リーベに頼んで、二人に会うまでは表には出ないようにしてもらっているけれど」

「そう。だったら、忠告しておくわ。リーベの好きにはさせないわよ。藍川さんを裏切った二人がどんな態度を取ってもね……」

 エリュがそう言うと、藍川は声に出して笑った。いや、嘲笑うという方が正しいか。

「あなたにできるかしらね? エリュ・H・メラン」

「絶対に阻止して見せるわ。二人を殺させはしない」

 エリュと藍川は互いに睨み合っている。今すぐにも戦いが始まってしまいそうな張り詰めた空気だ。

「……口で言うだけなら、誰でも簡単にできるものよ」

 藍川は皮肉っぽくそう言うと、ゆっくりと歩き始めた。

「これから、二人に会いに行くわ。これ以降はあなた達がどうなっても私は責任を取らないから。だって、あなた達は入り込んではいけない領域に踏み込んでしまったのだから。痛い目に遭うかもしれないって、覚悟を決めなさい」

 と、俺達の方に振り返ることなく、藍川は淡々と言った。そんな彼女の後ろ姿はとても寂しそうに見える。

「覚悟はずっと前からついてるよ、藍川。藍川を助けて、リーベを倒す。それが、俺達の選んだことなんだ」

 藍川について行くという選択肢に大きなリスクを伴うことは分かっている。だが、彼女を助けるためには、リスクのない選択肢はないんだ。エリュからそれを教わった。

「だから、俺達はお前について行く。だから、どうなっても、お前に文句を言うつもりは端からないよ」

「……そう。それなら、勝手にしなさい」

 それ以上、藍川は何も言わなかった。

 そして、俺達は藍川の後をついて行くのであった。



 藍川の家を出発してから、十五分ほど経った。藍川は俺達がいることを嫌がるような様子を一つも見せることなく、ただ黙々と歩いている。

 俺達は豊栖駅の前を通りすぎて、林道のようなところに来ていた。観光地という雰囲気は全くなく、地元の人が通るような道だった。街灯などはあまりないので、夜間に歩くのは危険かもしれない。

 土曜日の午前中なので人の姿を見かけると思いきや、俺達の前や後ろで歩く人もいなければ、すれ違う人も全くいなかった。

「私、この一年間……土日になると外に出ていたの。二人のデートを尾行するために」

 復讐を考えるほどだから、尾行を欠かすことはなかったのだろう。

「豊栖駅近くの店でウィンドウショッピング。喫茶店で長時間駄弁る。ゲームセンターに行って遊ぶ。そこまでは、中学生のカップルらしいデートだと思ったわ。でもね、デートでは必ずこの道を歩いていくの」

「……どうしてなんだ?」

 俺がそう訊くと、藍川は急に立ち止まった。

「止まりなさい」

 小声でそう言われたので、俺達も藍川の後ろで立ち止まる。

 この先はちょっとした広場になっている。その先にも道があるので、この広場が休憩所のような役目を果たしているのだろう。

 広場にはベンチのようなものがあった。そして、そこには私服姿の二人の男女がいた。黒髪の男子と、紫色の髪の女子だ。どちらも顔立ちが整っている。

 二人は互いに見つめ合って話し合っていると、突然口づけする。

「まさか、彼等が?」

「そう。あの二人が江黒一樹と羽柴玲奈。ここに来ると、いつもああいうことをするのよ」

「……そうなのか」

 段々と、彼等がデートで必ずここに来る理由が分かってきたぞ。

「キスをすると、彼等はまぐわうのよ。中学生だと当然、ラブホなんて使うことは出来ない。それ以外にも、高い料金を払わなければ二人きりになれる空間なんてそうそうない。そんな中で、彼等はこの場所を見つけたみたい。地元の人もそうそう来ない、不気味な道を通った先にあるこの広間をね」

 やっぱり、そうだったか。

 林道に入ったあたりから不気味な感じはしていた。お金も一切かからず、ほとんど人が来ないこの場所は、藍川の言った行為を行うにはうってつけの場所なのだろう。

「夕方にするときもあれば、今日みたいに午前中からすることもあった。まあ、明るいうちにすることで、スリルも味わえて楽しいんじゃないかしら」

 そういう行為にスリルが必要なのか?

 何にせよ、中学生同士のカップルが行うのは感心しないな。ましてや、明るいうちから屋外で。その行為の重さを彼等は分かっておらず、快楽を求めているだけなんだろう。

「まさか、あの二人がそこまでの行為に及んでいたなんて」 

 知っている人間のことだからか、灰塚もさすがに驚いてしまっているようだ。

「……さすがに堪えたわ。ここで初めてその光景を見たときには。その時はもう既に江黒への好意なんて全くなかったけれど、この二人によって酷い仕打ちを受けたんだなって感じたわ。その時に何時か復讐することを誓った」

 藍川は右手を強く握りしめている。二人に対する憎しみの表れだろう。そんな藍川に全く気付くことなく、羽柴と江黒は今も口づけを続けている。

 今の話で藍川は江黒に未練は全くないということが分かった。まあ、藍川のされたことを考えればそれは当然なのだろうが。

「写真を撮ってネットにばらまくことも考えたけど、それは止めておいたわ。そんなことじゃ私の気は済まないから。名前も高校もこの場所も特定されて、不特定多数の人間から叩かれるのもありだけど、やっぱり私が実際に手を下さないとね」

 確かに、掲示板でもSNSでも、ネット上に彼等の行為を写した写真をアップすれば、彼等は多くの人間から非難され、叩かれるだろう。また、ネット上という特性上、一度アップしてしまったら完全に消すことは極めて困難だ。一生付きまとうことになると言っても過言ではないだろう。

「……今日が、二人に対する最初で最後の審判。二人の態度によっては容赦なく殺す。エリュ・H・メラン、たとえお前が私の前に立ちはだかっても、ね」

「……二人を殺すことだけは絶対にさせないわよ。どんな手段を使っても、ね」

 エリュは藍川に恐れることなく、堂々とした表情で言った。

「さてと、このままあの二人のキスシーンを見ているのも癪だから、そろそろ行こうかしら」

「その前に一言、言わせてもらっていいか、藍川」

 俺は両手で藍川の手を握りしめる。

「俺達は藍川の味方だ。それだけは覚えておいてくれ」

 俺がそう言うと藍川は一人でないことを教えるために灰塚、直見、桃田、黄海、エリュも彼女の手を握る。

 藍川はそれに対して特に何も反応を見せないまま、ゆっくりと立ち上がった。そして、広場へと行き、羽柴と江黒の前に立つ。

「……久しぶりね、羽柴、江黒」

 落ち着いた口調で藍川は話す。

 藍川を前にした羽柴と江黒は冷たい目つきで彼女を見るのであった。


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