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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第1章
17/86

第16話『洗脳解除-Megumi Ver.-』

 午後十二時半。

 ゆっくり話せる良い場所がある、と灰塚が言ったので、俺達は彼女の後についていく。

 そして、着いた場所は白瀬総合会館の裏側にある公園だった。今日はイベントがあって会館にはたくさん人が来ているのに、ここには人が全然いない。

「ここなら大丈夫そうですね。……それで、何がしたいのですか?」

「……灰塚にかかっている洗脳を解くことだ」

「やっぱりそうですか」

 灰塚の表情が曇る。

「私は今のままでいることが本望なんです」

 本望、という言葉に耳を疑ってしまう。

「どういうことだ? まさか、藍川の過去に関係しているのか? 黄海は藍川の陰口を何度も聞いている。その原因を、幼なじみであるお前は知っているんじゃないのか? それが藍川に負の感情をもたらした……」

 元々、灰塚には真っ向から向かっていくつもりでいた。彼女から藍川が負の感情を抱える原因をストレートに問いただす。

 暫くの間、灰塚は俯いたまま黙っていた。

「……一年前のことです。結衣は……彼氏と親友に裏切られたんですよ」

「裏切られた?」

 どうやら、そこに負の感情の原因があるみたいだな。

「ええ。結衣は当時から言葉が鋭く高圧的な態度なので、彼女を良く思っていない人もいました。でも、優しい面がたくさんあることを知っているので、私は結衣のことを嫌いになったことは一度もありませんでした」

 幼なじみなので、学校以外での藍川の姿をたくさん見てきたのだろう。

「そんな中、結衣は学年で随一の人気を誇る、江黒一樹えぐろかずきという男子生徒に好意を抱いていました。結衣は私以外にも、親友の羽柴玲奈はしばれなに相談をしていました」

「江黒と羽柴、その二人が藍川を……」

 俺がそう言うと、灰塚は一つ頷いた。

「一人では勇気を出して告白が出来ない。そんな結衣に、羽柴さんは自分も一緒にいるから告白を頑張ろうと言いました。そして、結衣は羽柴さんの前で江黒君に告白をし、見事に彼との交際がスタートしました。ですが、それは全て羽柴さんの策略だったんです」

「策略……だって?」

「羽柴さんは親友の顔をして、結衣のことが大嫌いだったんですよ。鋭い言葉に高圧的な態度。嫌う理由はそんなことでした。羽柴さんは自分を傷つけた結衣に仕返しをしたかったみたいです」

 なるほど、段々と負の感情を抱える原因の全貌が見えてきたぞ。

「まさか、その仕返しが江黒っていう男子と付き合うことだったのか?」

「……そうです。羽柴さんも江黒君に好意を抱いていました。そして、ふとしたことで江黒君も彼女に好意を抱いており、両想いであることを知ります。そこで、羽柴さんは考えたんです。江黒君に協力してもらい、結衣の心に深い傷を刻んでしまえと」

「親友が付き合えるように手伝ってくれたのに、本当はその親友こそ彼氏の好きな人だった……となれば、深い傷を負うのは当たり前だな。しかも、親友と両想いで、自分への好意は全然なかったとなれば、その痛みは計り知れないだろう」

「ええ。そして、付き合い始めて一ヶ月が経ったとき、二人は結衣を裏切ったんです。結衣はそのショックで少しの間、不登校になってしまいました。それ以降、二人とは一切会話はしていません」

 酷い裏切りをされたら、そうなるのは当たり前だ。

 リーベが好んで藍川に入り込んだのが分かる。藍川が抱えている負の感情は、相当大きなものだったんだ。しかも、その原因が恋愛や裏切りという、人の心に大きく影響する出来事だ。

 藍川はきっと、今もそのことに苛まれているんだ。それでも、普通に学校生活を送れているのは幼なじみの灰塚がいるからなんだろうな。

「結弦さん」

「なんだ? エリュ」

「リーベがマンションに来たときに言っていたじゃないですか。藍川さんの負の感情を解決することを条件に入り込んだと」

「じゃあ、まさか……解決するっていうことは……」

「おそらく、江黒さんと羽柴さんに対する復讐でしょうね」

 やっぱり、そういうことになるか。仕返しには仕返しを、ということだろう。

「結衣はああ見えても寂しがり屋ですから。一人でいることが怖かった。リーベという魔女に入り込まれ、千尋や陽菜を洗脳したのは、復讐するときに味方としてついていて欲しかったからでしょう。……私を最初に洗脳してくれて良かったのに」

「それは灰塚のことを巻き込みたくないと思ったからだろうし、灰塚は洗脳なんてしなくても自分の味方でいてくれると信じていたからじゃないのか?」

 でも、実際には灰塚は洗脳されている。そこには何か理由があるはずだ。

 そして、灰塚は……涙を流していた。

「私は……結衣のそんな気持ちに対して裏切ってしまったんです。あなたが現れてしまったから」

「俺が……?」

「そう。一年前のことがあってから、結衣は男子を嫌うようになってしまいました。ですが、高校に入学して、あなたと出会ってから結衣は変わりました」

 確かに入学直後にちょっとだけだけど、藍川とも楽しく話した記憶がある。

「結衣はあなたに一目惚れしていたんです。それなのに、私は……結衣からあなたの話を聞かされる度に、あなたのことが好きになってしまったんです」

 灰塚の言う裏切りは俺に対する好意だったのか。

「二人に裏切られた後、私が結衣を支えると決めていたのに。男の子に好意を持たないっていう自信があったのに。あなたさえいなければ……」

「灰塚……」

「結衣は私の気持ちに気付いていました。椎原君に告白してきなよ、って言われて。それで付き合うことができれば、私は幸せだと笑顔で言ってくれました。それで私はあなたに告白して振られましたが、それでも結衣を裏切ったとしか思えなかったんです。私も二人と同じくらい酷いことをしたって……」

 藍川の意中の人が自分も好きになってしまう。結果、振られてしまったけれど、灰塚にとっては好きになったということ自体で、羽柴と同じだと思ってしまうのだろう。

「千尋が告白する前にはもう、結衣の異変には気付いていました。そして、千尋と陽菜も告白後に変わったことも。告白を断られた後、結衣に訊いてみました。あなたは一体誰なのかと。そうしたら、リーベという魔女が入り込んでいることを知りました。そして、私は自分から洗脳して欲しいと申し出たんです。洗脳され、結衣の見方で居続ける。それが私のできる彼女への償いなのですから」

 なるほど、だからさっき……洗脳されていることが本望だと言ったのか。洗脳された状態こそ、藍川を裏切った自分のあるべき姿だと決めたから。

 だけど、それは間違っているように思える。

「それで気持ちがスッキリできるのか?」

「えっ?」

「リーベに洗脳されて、仮に藍川を裏切った二人に復讐することができて、それで灰塚自身は満足なのかって言っているんだよ! 俺は絶対にそうは思えない!」

「できるに決まってるじゃない!」

 灰塚は俺の着ているジャケットを力強く握りしめる。

「結衣の望むことが果たされることが、私の望みなの! その望みが例え、二人に対する復讐であっても……」

 やっぱり、灰塚は洗脳されている。藍川に対する罪悪感を持つ自分自身に。その所為で本来すべきことが見えなくなっている。この洗脳を解くカギはただ一つ。

「灰塚。復讐という望みが叶っても、藍川の心は救えるのか?」

「そ、それは……」

「灰塚の望みは、藍川に笑顔を取り戻してほしいからじゃないか? それは、復讐という方法じゃ絶対に果たせないことだと俺は思う」

 俺がそう言うと、灰塚は急に顔を上げて俺のことを鋭い目つきで見てくる。

「だったらどうすればいいのよ! 私じゃそんなこと……」

「誰がお前一人でって言った? 俺達もいるじゃないか」

 そう、灰塚は藍川のことを一人で抱え込んでしまっていたんだ。だから、俺のことが好きになったという裏切りをしてしまったとき、どうすればいいのか分からず、敢えて本心を空っぽにして藍川への罪悪感で動いていたんだ。その結果、自らリーベの洗脳にかかるということになった。

「俺達は藍川を助けるためにここにいるんだ。灰塚なら藍川が傷ついた原因を知っていると思って、皆でここに来た。助けたい気持ちさえあればそれでいいんだ。だから、俺達と一緒に藍川を助けよう」

 俺がそう言うと、エリュ、直見、桃田、黄海が灰塚を囲むようにして立つ。そして、彼女に笑顔を見せる。

「灰塚や藍川には心強い味方がこんなにいるんだ」

 俺は灰塚の頭を優しく撫でる。

「それに、灰塚は一つも裏切っていないさ。自分の気持ちを伝えるっていうのは全然悪いことじゃないから。藍川もそう思ったと思う。まあ、断った俺が言うのは何だけど……」

「……そうかもしれませんね」

 灰塚は涙を流しながらも、確かな笑みを見せる。

「エリュさんと言いましたか。私にかかっている洗脳を解いてくれませんか?」

「……分かりました!」

 灰塚がエリュの方に振り向くと、エリュは灰塚の首筋を噛む。

 これまでの血の浄化とは違って、灰塚はあまり苦しそうにしていないようだった。それどころか、灰塚は目を閉じたまま笑っていた。

 そして、血の浄化が終わっても灰塚は意識を失うことはなかった。

「自分から洗脳してほしいと言っていたのか、それほど強くありませんでした。それに納得の上で血の浄化を行ったので、意識を失わずに済みました」

 つまり、今回は血の浄化がしやすかったというわけか。拒んでいるようだと、唾液をたくさん注入するから意識を失うんだろうな。

「ありがとう、エリュさん。これで、自分の本心で結衣や一年前のことに向き合えそうな気がします」

 灰塚はにっこりと笑顔を浮かべた。

 これで、全員の洗脳を解くことができた。残るは藍川に入り込んでいるリーベだけだ。藍川を救い、リーベを倒すことは容易ではないことだろうけど。

「……やってくれたわね、椎原結弦。そして、エリュ・H・メラン」

「藍川……」

 俺達の目の前には、制服姿の藍川が立っていた。彼女は強張った顔で俺達のことを見る。

「まさか、恵の洗脳まで解いてしまうなんてね。でも、感謝してるわ。恵を巻き込みたくなかったもの。私がどう言っても、恵は洗脳を解かれることを拒んだだろうから」

「自分の本心と、結衣にはこんなに味方がいることに気付きましたからね。ねえ、結衣。復讐なんて間違ったことはしないで、別の方法で――」

「あの二人は私に卑劣なことをやったのよ! 何もせずに過ごすのはもうこりごり。卑劣なことには卑劣なことで仕返しするのが筋ってものじゃないの?」

 藍川の圧倒的な気迫に、思わず一歩下がってしまう。

 藍川の言うことが間違っていると断言はできない。卑劣なことをした人間には、それが間違いだと知ってもらう必要があるから。だが、仕返しとして卑劣なことをしてしまったら、また次なる卑劣なことを生み出すだけで、永遠に終わらなくなってしまう。

「私は復讐を果たすために、あの二人を殺す。恐怖を味合わせた上でね」

「そんなこと、俺達が絶対にさせないぞ」

「ただの人間の分際で何にもできないわよ。それとも、吸血鬼であるエリュが今すぐにでも止めるのかしら? できないわよね、こんな真っ昼間に。忠告しておくわ。これ以上、介入しないで。そうしないと、痛い目に遭うことになるわ」

 そう言い放って、藍川は俺達の前から立ち去った。

 藍川はもしかしたら、ずっと俺達のことを見張っていたのかもしれない。でも、灰塚の洗脳を解いて欲しかったから、俺達の前に現れなかった。今はもう、復讐するだけならリーベさえいればいいと思っているのかも。

 想像以上に恐ろしいことを考えていることにショックを受けているのか、灰塚は俯いていた。

「藍川が何て言おうと、俺達のやることは変わらないだろ? 藍川を助ける」

「……そうですね、椎原君」

「とりあえず、会場に戻ろう。これからどうしていくかは、イベントが終わってからじっくりと考えよう」

「イベントはまだ終わっていませんしね。まずは同人誌を売り切らないと」

 戻りましょう、と灰塚は元気そうに会場へと戻っていく。

 せっかくイベントに来たんだ。楽しまないと損だよな。それに、灰塚の手伝いができれば何よりである。

 俺達は灰塚と一緒に会場へ戻るのであった。


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