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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第1章
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第14話『あした』

 午後五時。

 俺はエリュ達の待つ自分の家に帰る。いつもとは違う上品な香りが漂っているが一体何があったのか。

 リビングに行くと、エリュ達四人はテレビ近くのテーブルを囲み、紅茶を飲みながらガールズトークをしていた。吸血鬼でも、女の子だからかエリュも楽しそうに話している。なるほど、良い香りの正体は紅茶だったんだな。

「ただいま」

「あっ、おかえりなさい。結弦さん。結弦さんの分の紅茶を淹れてきますね」

「ああ、ありがとう」

 ソファーに座って体を休めようとすると、黄海が隣に座ってきた。紅茶の香りが混ざった彼女の匂いが昨日の出来事を鮮明に思い出させる。

「ユズ。メグにメールで訊いてみたけど、やっぱり明日出かけるみたいだよ?」

「そうか。どこに行くかは分かった?」

「うん。これ、見てみて」

 と、黄海に彼女のスマートフォンを渡される。ご丁寧に、画面には黄海からの返信メールが映っている。


『明日は同人誌即売会にサークル参加するんです。サークル名はパイオンといいます。初めてで緊張していますが、とても楽しみにしています。

 もし行くのであれば、絶対に陽菜と一緒に来てください。その方が私もとても嬉しいですから。あと、入場するときにパンフレットが必要なのでお金がかかります。

 場所についてはURLを添付しますので、そこから確認してください』


 という本文の後に、その同人誌即売会の公式サイトに繋がるらしいアドレスが貼付されている。とりあえず、アクセスしてみるか。

「『しろつゆ』オンリーイベント、か……」

 題名をちらっと聞いたことがあるくらいで、内容はよく分からない。

 ファンの誰かが描いた絵には制服姿の女性キャラクターが数人ほど描かれている。

 参加サークル一覧のページを見ると、灰塚の言うとおり『パイオン』というサークルが参加するようだ。ちなみに、代表者は『メグ』となっている。恵だからか。

 ということは、この作品の同人誌を明日開催するこのイベントで販売するのか。というか、絵とか描けるんだな。そういうイメージが全くなかった。

「イベント開催時間は午前十一時から午後二時半までか」

 俺達は一般参加者という立場で参加することになる。灰塚と接触できそうなのはこの三時間半だけか。

「直見、女子テニス部の練習があるかどうかは分かったか?」

「うん。明日は午前中だけあるみたいだよ」

「午前中か……」

 午前の部活が終わるのは、学校の決まりで午後十二時半らしい。

 会場までのアクセスを調べると、家からだと電車を使って約一時間の所にある。高校の方が駅まで少し近いけど、ほとんど同じくらいだと考えて良いだろう。

「結弦さん、紅茶をどうぞ。角砂糖とか入れますか?」

「じゃあ、一個入れてくれる?」

「はい」

 エリュは角砂糖を一個入れてスプーンでかき混ぜる。ここまでされると、エリュがメイドのように見えてきた。吸血鬼メイド。エリュのような可愛い女の子がやれば、結構人気が出そうな気がする。

 エリュの淹れてくれた温かい紅茶を一口飲む。

「うん、美味しい」

「良かったです」

 今日は三日ぶりに学校に行って疲れているので、角砂糖のストレートな甘みで癒やされる。口当たりに良い絶妙な紅茶の温度が良いなぁ。

「明日のイベント開催の時間が洗脳を解くチャンスだと考えていますか?」

「ああ。藍川のことを考えると、午後一時くらいまでには終わらせたいところだ」

 部活が終わるのは午後十二時三十分。学校からイベント会場までは約一時間。午後一時くらいには灰塚と接触しないと間に合わない。

「でも、残っているのは恵ちゃんだけだよ? 陽菜ちゃんも千尋ちゃんも洗脳を解かれちゃっているから、結衣ちゃんも警戒しているんじゃないかな」

 直見の考えはなかなか鋭かった。

 そう、リーベは桃田と黄海が洗脳から解放されたことを知っている。しかも、再び洗脳を試みたものの失敗してしまっている。きっと、焦っているはずだ。

「じゃあ、結衣ちゃんは部活には行かないで、恵ちゃんを守るためにイベントの方に参加するのかなぁ……」

 桃田の言う可能性は否定できない。洗脳されているのが灰塚だけだとしたら、彼女を必死に守ろうとするかもしれない。

「再度の洗脳に失敗したリーベは、灰塚さんにかかった洗脳が解かれないように彼女を守ろうとするかもしれませんね」

「だったら、イベントの場所も分かったことだし、俺とエリュ、直見は灰塚の洗脳を解いて、桃田と黄海は藍川を会場まで行かせないようにする、という感じで二手に分かれた方がいいんじゃないか?」

 桃田と黄海がリーベの洗脳にかからないのは今日のことで既に分かっている。二人が豊栖に残って、藍川の足を止める方が堅実じゃないだろうか。

 だが、エリュは俺の考えに頷くことはしなかった。

「……いえ、五人でイベントに行きましょう」

「どうしてだ?」

「だって、灰塚さんが陽菜さんと千尋さんに来て欲しいって言ったんですよ。その通りにしたいじゃないですか」

「そんな理由で……」

「それに、そんな灰塚さんの気持ちを藍川さんが潰してしまうとは思えません。少なくとも、同人誌即売会が開催されている間は、藍川さんは何もしてこないと思いますよ」

「でも、それは俺達が何もしなければ……じゃないのか?」

 俺がそう言うと、エリュは口を噤んだ。

 そう、俺達が灰塚に対して何もしなければ、リーベだって何もしないはずだ。それは俺にだって分かっている。

 だが、灰塚の参加するイベントが終わるまで、俺達が何をしようとも絶対にしないだろうか。いくら、自分を受け入れた藍川の気持ちを知っていても、幼なじみである灰塚への思いやりでリーベは動いてくれるのだろうか。

「……私は藍川さんの灰塚さんへの思いを信じたいです」

「どうして?」

「灰塚さんを最後に洗脳したからです。考えてみてください。もし、自分がリーベの立場だったら、最初に誰を洗脳すると思いますか? 私なら、真っ先に灰塚さんに洗脳します。幼なじみですし、そんな人が自分の言うことに賛同してくれれば心強いと思うんです。だけど、リーベはそうしなかった」

「最初に洗脳されたのって、あたしだよね……」

 そう、リーベは俺に告白を断られた順番通りに洗脳したんだ。三人の中で灰塚は最後だった。

「きっと、藍川さんは灰塚さんを巻き込みたくないと思ったんです」

 仮にそうだとしたら、どうして灰塚はリーベに洗脳されたんだ? 俺に告白を断られたからか? 洗脳された理由が分からない。

「もし、エリュの言うとおりだったら、さっきの言葉と矛盾する。灰塚を巻き込みたくないなら、彼女にかかった洗脳を解くことを防ごうとする意味がないだろ」

 まさか、洗脳することで灰塚を守ることができるとでも言いたいのか? 訳が分からなくなってきたぞ。

 直見、桃田、黄海もこの話の状況が把握できていないようだった。

 エリュはまるで答えが分かっているように、やんわりと笑みを浮かべていた。

「……結局は心のことですから、複雑な事情があるかもしれませんね」

 心のこと、か。

 魔女が実際に入り込むことも、洗脳することも人の抱える負の感情を利用することでできることだ。感情を扱う以上、予測もしていないことや普通では考えられないことが起こるのかもしれない。

「リーベが何かしてくるときには、私が全力で対処したいと思います。五人全員で明日はイベントに参加しましょう。それでもいいですか?」

 エリュの提案にすぐに返事が出来なかった。それは直見、桃田、黄海も同じだった。

 暫くの間、静寂の時が流れる。

 エリュは一切、笑みを絶やすことはなかった。藍川のことを信じているからだろうか。

「……あたしは良いと思うよ」

「千尋さん……」

「だって、メグは来て欲しいって言ってたんだもん。ユイがそれを知っているかは分からないけど、メグの気持ちを壊すような女の子じゃないって思ってる」

「……私も千尋ちゃんと同じ。それに、恵ちゃんは千尋ちゃんが来るなら私にも来て欲しいって言ってた。だから、素直にその思いに応えたい」

 二人のそんな答えに対して、直見は口角を上げる。

「私は部外者みたいな立ち位置だけど、二人の気持ちを反対する気は全くないよ」

 直見もエリュの意見に賛成のようだ。

 俺も……反対はできない。こちらの都合で、桃田と黄海に来て欲しいという灰塚の気持ちを潰すことはできない。そんなことをするくらいなら、リスクがあろうとも五人全員でイベントに参加した方が正しい方向に向かっていくんじゃないか、と思えるようになってきた。

 みんなの視線が俺に集まる。まるで、全ての決定権が俺にあるように。

 俺の、答えは――。

「……分かった。明日は五人全員でイベントに参加しよう」

 桃田と黄海がいることで、洗脳が解くチャンスが増えるかもしれないし。

「結弦さん、ありがとうございます」

「……五人で灰塚の洗脳を解こう。事情はどうであれ、洗脳っていうのは誰かに感情を支配されることだ。そんなことが許されるわけがない」

 感情こそ最も自由であるべきものだと思っているから。

 それに、灰塚が洗脳された理由。俺に振られたことだけじゃない気がする。エリュに言われてから、無性に気になってきた。

「複雑な事情があるのかもな……」

 もしかしたら、その複雑な事情が、藍川が抱える負の感情の原因に繋がっているのかもしれない。

 そして、俺達は明日の予定について具体的に話し合うのであった。


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