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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第1章
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第13話『樋口早紀』

 先生に袖を引っ張られるというのは相当なインパクトがあるようで。

 校内にはまだ生徒が残っているが、俺の姿を見るやいなや何やらこそこそと話している。何をやらかしたとか、ついに処分が下るのかとかいう声が聞こえる。

 連れて行かれた先は生徒指導室。

 中にはちょっとした机と、その机を挟むようにして椅子が二つ置いてある。この至ってシンプルなところが妙に緊張感を生み出す。これからみっちりとお説教でもされるのか?

「座って、椎原君」

「……はい」

 俺は扉に近い方の椅子に座る。

 先生も向かい側の椅子に座るけど……ち、近いな。俺のことを真剣に見つめてくるので迫力がある。

「さっそくだけど、椎原君は火曜日の昼休みに突然来て、クラスの皆に復讐するようなことを言ったらしいわね」

「それ、誰から聞きました?」

「火曜日の放課後に池上君が言いに来たの。まあ、終礼の時に皆の様子がおかしいと思っていたんだけどね」

「……なるほど」

 やはり、池上が復讐宣言のことを言ったのか。

「火曜日の前にも一週間くらい休んでいたけど、何かあったの?」

「何かあった、ですって? そう言うってことは、先生はクラスに虐めが存在していることを知らないんですね」

「い、いじめ……?」

「そうです。俺は池上、松崎、藍川を中心に半数以上のクラスメイトに虐められました。俺が女子からの告白を断ったりする人道から外れた人間らしいからです。そんな人間を排除するという彼等の傲慢な正義の所為で、俺は嫌がらせを受けてきました」

「そ、そうだったんだ……」

 この様子だと、本当に先生は虐めの存在を知らなかったみたいだ。池上達が先生達に虐めがばれないように上手くやっていたのか。

「火曜日に行ったとき、俺の部屋には百合の花が刺さった花瓶が置かれていました。おそらく、俺をいない者とするためでしょう。先生は気付いていましたか?」

「普段は窓側に置かれていたから、誰かが持ってきたのかなって思ってたわ」

「そうですか」

 まあ、花の一つや二つ飾るのはおかしいことじゃないからな。ただ、百合の花だと華やかさに欠けるけど。

「椎原君。まさか、復讐するって言ったのは虐められていたから?」

「……そうですよ」

 俺がそう言うと、先生はショックを隠せないのか体を震わせ、目には涙を浮かべる。それはまるで怯えた少女のようだった。

「ただ、虐めている人間を傷つけたり、自分の快感のためにするわけではありません」

「だったら、どうして……」

「そんなことだけで彼等は俺を虐めたりしないと信じているからです。彼等には何か、告白を断り続け、図らずとも実力試験で一位を取ってしまった俺を見たことで、憎悪感を抱いてしまう理由があると思うんです」

 まあ、そんな俺を見るだけで嫌がっている人間もいるだろうけど。

「じゃあ、椎原君はその原因を解決するために……」

「ええ。元々は楽しく話せていた生徒ばかりですからね」

「……そっか」

 魔女とかのことは伏せておこう。先生に話せば行動しやすくなるかもしれないけど、直接関わった人以外にはなるべく言わないでおくことにしよう。

 はあっ、と先生深いため息を一つつく。

「全然気づけなくて、何も出来なくて……先生失格だな。椎原君が辛い目に遭ったのに、手をさしのべられなかった。新米教師で未熟だからっていうのは理由にならないよ。本当にごめんなさい」

 先生は俺に向かって頭を深く下げる。今日はよく人から謝られるな。

 別に俺は先生が気付いてくれれば、と思ったことはない。先生が何か言えば虐めが確実になくなるとは限らないし。実際、彼等は先生に気付かれないように俺を虐めてきた。先生が止めろと言っても、別の方法で俺を虐めてくるだけだろう。

「俺は樋口先生が教師として失格だとは思っていません」

「だ、だって……私は椎原君に何も――」

「先生はちゃんとやっています。復讐を宣言してから初めて登校した日に、こうして俺と話してくれたじゃないですか。虐めに気づくことに越したことはないですけど、大切なのは虐めがあると知ってからどう向き合うかだと思います。先生はちゃんと向き合おうとしている。だから、悔しかったり、教師失格だと思えたりするんだと思います」

 世の中には実際に虐めを目撃しても黙認したり、虐めに加担する教師までいる。そんな人間こそ教師失格だし、誰かさんの言葉を借りれば、そんな奴は人道から外れている。

 樋口先生は俺への虐めに真剣に向き合っている。だからこそ、悔しがったり、悩んだりすることができるんだと思う。

「樋口先生は一生懸命やっていると思います」

「……う、うん」

 樋口先生は涙を流してしまう。まさか、生徒指導室で教師を泣かしてしまうとは。生徒指導室じゃなくて教師指導室のような気がしてきた。こんな状況、誰かに見られたら変に誤解されそうだ。

 俺は先生にハンカチを渡す。

「ありがとう」

「復讐宣言のおかげか、今は虐めもありませんし……見て見ぬ振りをしてしまった生徒の何人かは今朝、俺に謝りました。良い方向に進んでいるのは確かです」

「……凄いね、椎原君は」

 ようやく涙が止まったからか、先生はハンカチを返した。

「……俺は凄くないです。周りに支えられて、今日だって学校に行こうと思えたんですから」

「そういえば、教室で直見さん達と一緒にいたものね。彼女達も椎原君の仲間なのかな?」

「……ええ。そんな感じです」

「そっか。そういうクラスメイトがいて私も安心した」

 先生は嬉しそうに笑顔を見せる。

「私もしっかりしないといけないね」

「先生はできるだけ先生らしくいてください。弱い姿を見せてしまえば、虐める側が調子に乗るかもしれませんから」

「そうだね、分かった」

「彼等も自分の立場を守りたいのが当然ですから、先生が注意して見張っていたりすれば好き勝手に出来ないと思います」

 今後のことを先生に指示するなんて。普通は逆だと思うんだけどな。ますます教師指導室に思えてきたぞ。

「そういえば、職員の間では俺のことで話題になっていることはありますか?」

「特にはないわね。椎原君のことで何か言われたこともないし」

「そうですか」

 ということは、池上以外は誰も教師に復讐宣言のことは話していないのか。あいつは本気で俺に何かしらの処分が下せると思ったのか? 甘いことを考える人間だな。しっぺ返しを食らうかもしれないとは思わないのだろうか。

「ねえ、椎原君」

「何ですか?」

「危険なことや無理なことは絶対にしないでね。それに、助けが欲しかったらいつでも先生が味方になるから」

 ぎゅっ、と先生に手を強く握られる。

「分かりました」

 相手が魔女だから先生の力を借りるときが来るかどうか。でも、無理は禁物であることは確かだ。

「今日は椎原君とゆっくり話せて良かった」

「俺もです」

「椎原君が女の子から告白され続けるっていうのは納得できたかな。見た目もかっこいいけれど、話せば優しくてしっかりしているのが分かるから」

「買いかぶりすぎですよ」

 今でこそ藍川達を助けるのが第一に考えているけど、一時期は本当に復讐をしようかと思っていたし。

「同級生だったら私も告白してたかも。なんてね」

 えへへっ、と樋口先生ははにかむ。

 生徒指導室だけれど、放課後で二人きりだから一瞬だけどきっとしたよ。まったく、可愛い冗談を言う先生だな。

 よし、俺もちょっと仕返ししよう。

「先生も可愛いから、異性にもてたんじゃないですか? 同級生だったら、気になっていたかもしれませんね」

 実はちょっと本音も込めて言ったんだけれど、先生は真に受けたのか顔を真っ赤にしてしまう。

「へ、へえ……そうなんだ」

 そう言うと、先生は俺のことをちらちらと見てくる。あと、俺の手を握る力が強くなって若干痛いんだけど。

「でも、私……男の子に告白されたことはないな」

「そうですか。意外ですね」

「そんなことないよ。男の子には全然もてないから」

「……そうですか」

 俺の想像と現実は違うんだな。

 さてと、そろそろ帰りたいところだ。エリュ達を待たせちゃいけないし。

「あの、先生。待たせている人がいるのでそろそろ帰りたいのですが」

「そうなの? ご、ごめんね!」

 そして、先生は俺の手をずっと握っていたことに気づき、慌てて離す。

「じゃあ、俺は帰ります」

「うん、さようなら」

 俺は席を立ち上がり、生徒指導室から出ようとした。

「待って」

 先生にそう言われて振り返ると、先生の顔がすぐ目の前にあった。先生の表情はさっきまでとは打って変わって真剣なものになっている。

「椎原君、勘違いしないでほしいことがあるの」

「何ですか?」

「椎原君のやろうとしている『復讐』。今は虐める人を助けようとしていることが分かるから背中を押すけれど、もし単純に人を傷つけるだけの『復讐』になったら、私はあなたを全力で止めるつもりよ。虐められてその仕返しするからといって、人を傷つけちゃいけないと思うから」

「……分かっています」

 先生の言うことはもっともなことだ。どんな理由であれ、他人を傷つけてはいけない。そんなことをしたら、新たな復讐を生み出すだけだ。

「俺も傷つけるつもりはありません。ただ、気付かずに俺が人を傷つけることになっていたら、俺を止めてください。お願いします」

 俺だってただの高校生だ。虐めた人間に対して、多少なりの恨みや憎しみは抱いている。虐めさえなければ苦しい想いをせずに過ごせたのだから。そんな時間を奪った人間を良く思えるわけがない。その想いに、俺は支配されてしまうかもしれない。

「……分かったわ、椎原君。安心しなさい、その時は担任として止めるから」

 そう言う先生はさっき泣いていたとは思えないような、頼もしい表情を見せる。今の先生なら信じられそうだ。

「……ありがとうございます」

 俺は先生に一礼をして、生徒指導室を後にしたのであった。


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