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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第1章
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第12話『詮索デイ』

 四月二十五日、金曜日。

 午前八時、俺はエリュと一緒に赤峰高校に向かっている。昨日決めた通り、今日は灰塚と藍川の様子を見る予定で、灰塚の洗脳を解く良い方法を見つけていきたい。

 今日の空模様は快晴なので、エリュは日光対策で黒い日傘を差している。また、周りに生徒がいるので、俺以外には見えないようにしている。どうやら、姿を消していても、日差しの影響は受けるみたいだ。

「結弦さん、怖がられていますね……」

「……そうだな」

 火曜日の昼休みにやった復讐宣言が学校中に広まってしまったのか、俺のことを見るや否や走り去ってしまう生徒が多数。自分の所為なのは分かっているけど、ここまで怖がられると逆に悲しい。

「まあ、全然影響がないよりは良いけど」

 変に絡まれることもなさそうだからいいか。避けられるのも慣れているし。

 そして、本当に誰とも話しかけられることなく、一年三組の教室まで辿り着く。

「はぁ、緊張するな」

 教室の中には直見や桃田、黄海がいるけれど一歩がなかなか踏み出せない。

「行きましょう、結弦さん」

 エリュはそう言うと、笑顔で頷いた。

 そうだ、何も恐れることはないんだ。一度は教室に行くことができたんだから。ここで回れ右をしてしまっては前に進むことはできない。

「よし、行くか」

 俺は勇気を振り絞って、一年三組の教室の中に入っていく。すると、それまで賑やかだった雰囲気が急に沈んでしまう。空気が悪くなるのは一緒だが、火曜日と違うのは明らかに俺のことを恐れている生徒が多いことだ。復讐宣言の影響だろう。

 俺は自分の席に座る。一番後ろにあるので、教室が一望できる。

 俺が視線を向けた先にいる生徒は、俺に目を付けられたと思ったのか背を向ける。どうやら、今から誰かを復讐するんじゃないかと思っているようだ。俺の目当ては藍川と灰塚の二人だけなんだけどな。

 藍川達は俺の方を一度は見たものの、すぐに楽しく会話を再開する。

「さすがに藍川さんと灰塚さんは動じませんね」

「ああ」

 リーベに入り込まれている藍川はもちろんだが、灰塚も怖がっているような表情を全く見せなかったな。藍川のすぐ側にいるからだろうか。

「おはよう、椎原君」

 直見が俺に話しかけてくる。そのことで教室内がざわつく。大丈夫なのかとか、勇気があるなという言葉が聞こえる。本人は全然気にしていないようだが。

「おはよう、直見」

「ちゃんと来ることができたね。もしかしたら来ないかもって思ってたんだよ」

 直見が少し意地悪なことを言うので、そのことでまた教室がざわつく。そんなこと言って大丈夫なのかよとか、さすが直見さんという声も聞こえる。

「教室に入るのをちょっと躊躇しちゃったけどな。何とかね」

「……そっか。頑張ったね」

 直見は嬉しそうな表情を見せてくれる。本当に、俺が虐められている頃からずっと心配してくれていたんだな。

「エリュちゃんがいるのは不思議な感じだね」

 と、直見は小さな声でエリュに話しかける。

 今、一年三組の教室にいる生徒の中でエリュが見えているのは、俺、直見、桃田、黄海、リーベに入り込まれている藍川だけだ。灰塚に見えるかどうかは分からない。

「思ったけど、エリュちゃんがここにいて大丈夫なの? 悪魔が入っているとエリュちゃんのことが見えちゃうんじゃなかったっけ?」

「昨日、マンションの前でリーベに会って、桃田さんの洗脳を解いたことがばれていましたからね。攻撃する構えさえ見せなければ、私がここにいても影響はないと思います」

「そっか……」

 エリュの言うとおり、リーベは桃田と黄海が洗脳から解放されたことを知っている。そのことを受けて灰塚に何か入れ知恵をしていたら、灰塚の洗脳を解くチャンスがかなり減ってしまう。

「今のところ、何も特別なことは聞いてないよ」

「……そうか。俺がいるからって、普段よりも多く藍川達には接しないで欲しい。あくまでも普段通りで頼む。それが大切だから」

「分かった」

 直見は親指を立てる。

 俺も藍川達のことばかり注視しないように気をつけよう。まあ、俺の場合は池上や松崎など、虐めの首謀者やその取り巻き達に対しても注意しないといけないから、そうならないとは思うけれど。

「……あとさ、椎原君」

 直見がそう言うと、彼女に背中を押されるようにして数人の生徒が俺の前に立つ。

 そして、一人の女子生徒が「せーの」と言うと、

『ごめんなさい!』

 と、数人の生徒が一斉に俺に謝ってきたのだ。そのことで、教室の中にいた全員が俺達の方に視線を向けている。

「私、何も言うことができなくて……」

「見て見ぬ振りをした俺達も悪い。だから、好きなように復讐してくれ!」

 数人の生徒はそう言って、頭を下げる。

 彼等はうちのクラスの生徒だが、全員俺への虐めを見て見ぬ振りをした人間だ。それは直見と同じだった。どうやら、見て見ぬ振りをしたことに罪悪感を抱いているようだ。

「……顔を上げてくれ」

 直見に言ったように、俺は見て見ぬ振りをした人間には復讐するつもりは端からないのだ。そんな奴は虐めている奴と同類だと言う人もいるだろうけど、自分から謝ってくれる人は決して同類ではないと思っている。

 謝りに来た数人の生徒はゆっくりと顔を上げる。

「俺は見て見ぬ振りをした人に復讐するつもりはない。むしろ、こうして言いに来てくれたことがとても嬉しい。お前達が虐めに対して何もできなかったことは分かってる。でも、俺に対して何もしなかった。それって、虐めが間違っていることだって分かっている証拠だと思うんだ。よく、何もせずに踏み留まってくれた。ありがとう。だから、もうこの話は終わりだ」

 俺がそう言うと謝った数人の生徒の顔がほころぶ。

 彼等はとても勇ましいと思う。自分のことを振り返り、どうするべきなのかを考えてそれを実行しているのだから。そんな彼等の姿が藍川や灰塚、池上グループや松崎グループの面々などに少しでも良い影響を与えていれば何よりである。

「良かったですね、結弦さん」

「……ああ」

 復讐宣言なんてことをしなければ良かったと思うこともあった。もしかしたら、俺はとんでもない間違いを犯したのかもしれないと不安になることもあった。でも、今の彼等を見て決して間違ったことではなかったのかな、と思えるようになってきた。

「これで少しでも良い方向に流れが変わればいいのですが」

「そうだな」

 魔女だって心を持つ生き物だ。ましてや、リーベは藍川の負の感情を作り上げた原因を解決するとまで言っている。そんな魔女が今の一部始終を見て、何とも思わないということはあり得ないだろう。

 やがて、朝礼のチャイムが鳴り、全員が自分の席に着くのであった。

 


 それから、放課後になるまで、灰塚に怪しまれない程度に藍川達の様子を見ていたが、灰塚は藍川の側から離れることはなかった。これは俺達の動きに感付いている可能性が高い。そう思うのも、桃田や黄海を灰塚が側から離さなかったからだ。

 直見がたまに藍川達と談笑し、話した内容をメールで教えてくれるが、駅周辺にできた新しい店や流行りの漫画のことなど、至って普通のことばかりだった。聴力の優れるエリュが教室にいるから、藍川が普通のことしか話題に挙げなかったのか?

 様子を見るなんて悠長なことをしない方が良かったのだろうか。桃田や黄海の時のようにチャンスを作って、多少強引にでも洗脳を解除した方が堅実だっただろうか。

 そんなことを考えていたら、教室の中には俺、直見、桃田、黄海の四人の生徒しか残っていなかった。そして、直見、桃田、黄海が俺の席を囲むようにして立っている。

「あれ、桃田と黄海は灰塚と一緒に帰らなくていいのか?」

「結衣ちゃんは今日もテニス部の活動があるし、恵ちゃんは何か準備しないといけないからって急いで帰ったよ」

「準備?」

 何の準備なんだ? 気になるな。

「明日用事があるからって言ってたよね、ハル」

「あっ、そうだったね」

「確かに終礼が終わった後、灰塚さんは陽菜さんと千尋さんにそう言っていました。明日のために準備をしないといけないから、と」

 そんなことを話していたのか。考え事をしていたから全く気付かなかった。

「それにしても、マオのところに行こうとしたんだけど、ユイとメグが全然離れなくてさ。話の内容とか全然伝えられなかったよ」

「確かに。いつも千尋ちゃんと二人きりのときもあったんだけど、今日は四六時中結衣ちゃんと恵ちゃんが側にいたよね」

 俺と接触させないためなのか? リーベは二人の洗脳が解けたことを知っているし、何を考えていたのだろうか。

「私ができるだけ藍川さん達の会話を聞いていたのですが、時折、結弦さんへの陰口を言っていました」

「言ってた言ってた! ユイもメグも酷かったよね。特にユイなんてさ、ユズのことをさ、女の子を振って快感を得るような人道から外れた男だって言ってたよ」

 魔女のくせに人道とは面白い。というか、散々な言い方だな。

「それは再び二人を洗脳することを試みていたんでしょうね」

「そうだったの? エリュちゃん。私、何とも思わなかったけれど」

「ええ、洗脳を解くために注入した私の唾液には、再び洗脳にかからないようにする薬も入っているんです。おそらく、二人とも洗脳を解かれて間もないので、リーベの洗脳にも全くはまらなかったんだと思います」

 だから昨日、リーベは俺達を止めようとしなかったのか。洗脳が解かれたら、また洗脳すれば良いから。でも、エリュの唾液の効果までは把握してなかったようだな。

「しかし、その会話は当然灰塚さんも聞いているわけですから、彼女にかかった洗脳がより強いものになってしまった可能性はありますね」

「洗脳にも強さってあるのか?」

「もちろんです。人間側の状況によっても変化はありますし、もちろん魔女による洗脳の仕方によって強さは結構違ってくるんですよ」

 今の話を聞く限り、灰塚の洗脳を解くために一歩前進したかと思ったら、より厳しい状況になってしまったような。

 今のところ、灰塚のことで唯一気になるのは彼女の言っていた明日の準備だ。準備をするほどだから、どこかへ出かける可能性は十分にありそうだ。

「椎原君、女の子達とのお話し中にごめんね」

 俺達は声の主の方に顔を向ける。

 すると、教室前方のドア付近に俺達の担任である、樋口早紀ひぐちさき先生が立っていた。艶やかな黒髪のロングヘアが印象的で、ピンクの可愛いヘアピンを付けているから学生っぽく見える。新米教師で、黒スーツ姿も俺にとっては就活生にしか見えない。ちなみに、担当教科は国語で、俺達のクラスでは現代文と古文を教えている。

「せっかく登校したんだし、今から先生と二人で話をしようよ。椎原君には色々と訊きたいことがあるからね」

 樋口先生は持ち前の可愛らしい笑顔を見せる。

 復讐宣言をしてしまったし、次に登校するときには誰か先生と話さなければならなくなるとは思っていた。

 灰塚のことについて色々と気になることがあるが、しょうがない。ここは先生の言うとおりにした方がいい。

「分かりました」

 俺は席を立ち、エリュ達の方に振り返って、

「みんなは俺の家に行ってくれ。桃田と黄海はメールかなんかで、灰塚に明日の用事について怪しまれないように気をつけて訊いて欲しい。直見は女子テニス部の活動が明日あるかどうか調べておいてくれ」

 樋口先生に聞こえないように小声で用件を伝えておく。

 すると、四人は小さく頷いた。

「じゃあ、行ってくる」

 俺は自分のバッグを持って樋口先生の所に向かう。

「お待たせしました」

「荷物も持ってるね。それじゃ、行こうか。みんなも学校にいる用事がないなら早く帰りなよ」

『はーい』

 みんな、自分のやるべき用事があるからすぐに帰りますよ。あと、俺が逃げないようにブレザーの袖を掴まないでくれませんか。皺になっちゃうので。

 俺は先生について行く……いや、引っ張られる形で、橙色に染まり始めた廊下を歩くのであった。


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