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吸血彼女  作者: 桜庭かなめ
第1章
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第11話『黄海千尋』

 さっきの電話の通り、十分ほど経って直見が俺達の所にやってきた。制服姿ってことは家に帰らずにどこかで時間を潰していたのかな。

 直見が来る間にエリュは昼モードに戻っていた。口調の変化に桃田が驚いていたのが面白かったな。

 そして、洗脳が解除された黄海はすやすやと寝息を立てながら眠っている。

「千尋ちゃんの洗脳も解くことができたんだね」

「まあな」

「ということは色仕掛けやったんだ」

「……まあな」

 思い出すだけで冷や汗が出るよ。

 色仕掛け作戦の発案者は桃田と直見だった。俺に告白を断られていようとも、俺への好意は残っているからそこを上手く使おう、という罪悪感が湧き出るような言い方をして。俺がちゃんとその通りにやったから、直見は非常に満足しているようだ。

「陽菜ちゃん、椎原君どうだった?」

「凄く良かったよ。私の時も同じようにして欲しかったくらいだもん」

「そうだったんだ。私もその一部始終を見たかったなぁ」

 という感じで、発案者達は話が盛り上がる。俺も頑張ったんだから、労いの一言くらい言ってくれてもいいんじゃないかと思っている。

「頑張りましたね、結弦さん」

 今の俺の気持ちを察してくれたのか、エリュは笑顔でそう言葉をかけてくれる。色仕掛け作戦に賛成の意を見せていなかったからか、夜モードでは不機嫌な表情のままだったけれど、昼モードに戻ってからは笑顔を見せてくれている。

「エリュもお疲れ様」

 俺はエリュの頭を優しく撫でる。彼女がいなければ、どんなことをしても黄海を洗脳から解放することはできないから。桃田の時も、今回も一番の功労者はエリュだ。

「はうっ。あ、ありがとうございます」

 えへへ、とエリュは柔らかく笑う。

「う、うん……」

 黄海のそんな声が聞こえる。そろそろ起きるかな?

 俺達がベッドの上で横になっている黄海の様子を見ると、注目の的になっている黄海の目がゆっくりと開く。

「こ、ここは……」

「私の部屋だよ、千尋ちゃん」

「そう、なんだ……って、し、椎原君!」

 寝ぼけている感じだったのに、俺のことを見るや否や黄海は飛び起きる。穏やかだった表情も一気に頬が赤くなってどぎまぎしている。

「ど、どうしてここにいるの? それに、椎原君に頬にキスされた感じもするし……」

「あ、それ本当にあったことだよ。私もされたもん」

「えええっ!」

 驚きと共に、まるで漫画のように黄海のツインテールが跳ね上がる。

 そういえば、洗脳された人は解放されてからも記憶は残っているんだったな。

「黄海、それは洗脳を解除するためにやったことだ。厭らしい意味はない」

 それでも罪悪感は残っている。

「……別に椎原君にキスされるのは嫌じゃないからいいけどさ」

「……そうかい」

「それで、どうしてマオと、あたしの知らない女の子がここにいるの?」

 黄海は不思議そうな顔でエリュのことを見ている。

「信じられないとは思うが、彼女はエリュ・H・メランっていう名前の吸血鬼だ。エリュはこの人間界にいる魔女を倒すために吸血世界からやってきたんだ」

「黄海さんは藍川さんに入り込んでいる魔女についさっきまで洗脳されていたんです。それは桃田さんも同じでした。今回はあなたにかかっていた洗脳を解くために、結弦さんと桃田さんに協力して貰ったんです」

 エリュも丁寧に説明しているけど、黄海、目が点になってるぞ。まあ、いきなり吸血鬼とか魔女とか言われても訳分からないか。

「……まあ、藍川に悪い奴が入り込んでいて、ついさっきまで黄海はそいつに良いように操られていた、っていう認識で十分だ。桃田も昨日まで黄海と同じだった」

「そうだったんだ……」

 黄海は二、三度頷いた後、俺のことをじろじろと見てくる。

「……何だか、良い夢を見ている気分だった。椎原君と顔が近くて、頬と額にキスされて。でも、本当のことだったんだよね……」

「あ、ああ……」

 事情を知っている女子だけだからいいけれど、そういう話をされるのは気まずい。

 でも、今の黄海の様子から見て桃田と同じように、俺を虐めたのは本心ではなく、リーベによって洗脳されてしまったからだろう。

「黄海、お前を洗脳から解く前に言っていたけど、藍川は何人かの女子に陰口を叩かれていたんだよな?」

「う、うん。内容とかは覚えてないけれど……」

「止めさせようと思ったら、藍川本人や灰塚に止められちゃったんだよな」

「そうだよ」

「ということは、やっぱり灰塚もその陰口の内容を知っている……か」

 その内容こそ、藍川に負の感情を与えたと考えている。藍川と幼なじみの灰塚が知っているのなら、彼女の口から是非聞きたい。そのためには、どうにかして灰塚にアプローチしていかなければいけない。

「さっきからユイのことを話しているけど、何かあったの? 誰かが入り込んでいるとか」

「藍川に魔女が入り込んでいるんだ。魔女は負の感情を持った人に入り込む。俺達は魔女を倒しつつ、負の感情を取り払って藍川を助けようとしているんだ」

「ああ、それで吸血鬼とか洗脳とか……」

「そうそう。エリュは魔女を倒すためにここにいる。藍川に入り込んだ魔女を倒す前に、洗脳された桃田、黄海、灰塚を助けることにしたんだ」

「なるほどね……」

 ここに来て、ようやく黄海も今の状況が理解できたようだ。

「残っているのは灰塚だけだ。ただ、灰塚は藍川の幼なじみだし、そう簡単に洗脳を解く段階まで行けるかどうか……」

 何せ、リーベが俺達の動きを完全に把握してしまっている。黄海まで洗脳を解いてしまったとなると、リーベから灰塚に俺達を警戒するように忠告されているかもしれない。

「ここは一度、様子を見た方がいいのでしょうか……」

「灰塚は手強そうな気がするんだよな。それに、さっきリーベに出くわしたし……」

「結衣ちゃんに入り込んだ魔女に会ったの?」

「藍川に入り込んだ状態だったけどな」

「それで、何かされたの?」

「いや、ただ……あまり深く関わろうとすると痛い目に遭うって宣告されただけだよ。あと、藍川はリーベに入り込まれることを肯定しているそうだ」

「そうなんだ……」

 直見は意外そうな表情をしていた。

 正直、俺も藍川がリーベの存在を肯定しているのは意外だと思った。負の感情を持つ原因を解決するとは言っていたけど。果たして、リーベの言う原因と黄海の聞いた陰口が同じかどうか。

「話を戻そう。俺は明日、様子を見た方が良いと思っている。今日、リーベも桃田の洗脳が解けたことが分かっていたみたいだ。黄海も戻ったとなると、灰塚自身も気付いて、警戒してしまうかもしれない」

「じゃあ、椎原君。私達はどうすればいいのかな……」

「桃田と黄海はこれまで通りに藍川と灰塚に接して欲しい。そうすることで、灰塚に変に思われずに済むかもしれないし、何か突破口が見つけられるかもしれない。明日は俺も学校に行く」

「でも、それでは灰塚さんに警戒されてしまうのでは?」

 エリュの言うことはもっともだ。俺が姿を現すことで、灰塚は警戒心を抱くかもしれない。下手をすれば、桃田や黄海が洗脳を解かれたことに気付かれる可能性だってある。

「……リスクはあるだろうな。だけど、このままじゃ駄目な気がして。一度、学校に行けたんだから、家で待っているんじゃなくて、自分から動いていかないと。それに、灰塚だとこれまでと同じやり方では上手くいかない気がするから」

 俺が姿を見せることで、灰塚に揺さぶりをかけられるかもしれないし。

「とりあえず、明日は学校で灰塚と藍川の様子を見ることにしよう。灰塚に変に思われないように、桃田と黄海は俺に話しかけないでほしい」

「分かったよ、椎原君」

「そうね。ユズの意見に賛成」

 二人は俺の意見に快諾してくれた。

 というか、黄海。俺のことをユズって呼ぶつもりなんだな。『ユヅ』ではなくて『ユズ』なのか。

「椎原君、私はどうすればいい?」

「直見は俺と桃田、黄海のパイプ役になって欲しい。何か良い情報が手に入れたときに、二人が俺に話したら変に思われるかもしれないし」

「分かった。頑張るよ」

 女子からの信頼が厚い直見だからこそできることだと思っている。俺と藍川達を繋ぐ重要な役目を担ってくれることは有り難いことだ。

「皆さん以外には見えない状態で、私も教室にいますから。何かあったとしても、私が対処したいと思います」

 エリュの心強い言葉により、俺達は互いに頷き合う。

 俺達五人は何かを成し遂げられたわけではない。ただ、一歩一歩、前に進んでいることは確かだと思う。

 まずは灰塚の洗脳を解く。そして、藍川への陰口の内容は何なのか彼女から聞く。リーベと対峙したときにエリュが言ったように、一度決めたことは最後までやり通してみせるさ。


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