プロローグ『血』
今日も陽が沈んでゆく。
といっても、俺には昼とか夜とか全く関係なくて。目が覚めて、家の中で何もせずにぼーっとして、眠くなったらすぐに寝る。毎日、それだけ。
何も食べることもしなければ、飲むこともしない。
そうすれば、いつかは死ぬことができるでしょう?
起きて陽の光を浴びてしまうとがっかりする。ああ、今日も死ねなかったんだって。まだ、生きているんだと。
こんな風に死にたいと強く願っているのに、ナイフとかで自傷したり、ロープで首を吊ったりする勇気はなかなか出ない。そんな臆病な人間だから、学校で虐められて、耐えられなくなってこんな風になったんだ。
だから、俺は何もしないことに決めた。飲食さえも、何もかも。
こんな生活を数日続けていると、さすがに体力も無くなってくる。三十分くらい前に目が覚めたけれど、もう眠くなってきた。
俺はベッドに身を投げ、仰向けになる。
カーテンの隙間から差し込む光がとても眩しい。早く完全に陽が沈んでくれないだろうか。
そんなことを考えながら、目を閉じようとしたときだった。
――ドサッ。
そんな音と共に、何か重いものが腹部にのしかかる。
何があったんだ、と体を上げると、見たこともない少女が俺の上に乗っかっていた。黒いミニワンピースとマントという出で立ちが、この少女の奇妙さを象徴しているようだった。少女は不機嫌そうな表情をしている。
「……君は?」
俺は掠れた声で少女に問いかける。
「あなたの血を吸いに来たわ。名乗るのはその後」
少女は不機嫌そうな表情のまま、淡々とそう言った。
血を吸うということに何の意味があるのかは全く分からなかった。けれど、俺は久しぶりに心が軽くなり、胸が躍る。
「何を笑っている?」
「……だって、これで死ねるじゃないか。俺の血を吸えるだけ吸って、俺のことを殺してくれないか」
そう、血が無くなれば生きていけない。この子に俺の持っている全ての血を吸わせれば、俺は失血死することができる。自分で自分を殺すことができないんだから、これはちょうど良い機会だ。最後にこの子のために血を全て捧げようじゃないか。
「さあ、遠慮無く俺の血を吸全部吸ってくれよ」
「……それは出来ないわね」
「どうして?」
「それはね――」
少女がそう言った次の瞬間、俺の首筋に痛みがほとばしる。だが、その痛みで眠気が覚めることはない。
俺から何かが抜かれていくのが分かる。そっか、彼女は今、俺の血を吸っているところなんだな。この気持ち悪い感覚と共に、俺の意識が段々と薄れてくる。
全部吸えないって言いながら、遠慮無く吸ってるじゃないか。ゴクゴクと飲む音がちゃんと聞こえてる。
だけど、そんな痛みも、音も、少女から感じる温もりも。
何かに飲み込まれていくような感覚を最後に、全て感じられなくなった。
俺は死ねたのだろうか。女の子に血を吸われて死ねたのなら、この上ない喜びだ。