人身御供
弟の名前は優一郎、お兄ちゃんの方は慶一郎です…まぁ、出てきませんが。
カラカラカラ
静かな音をたててふすまが開いた。浮かない顔の弟を見て、俺はすべてを悟った。
俺達が住んでいるのは川の近くのそれなりに栄えた村だ。そして俺はその村の領主の息子として生を受けた。強くて、頭がよくて、他の村に侮られない、立派な跡継ぎを…。だが、人々の期待とは裏腹に俺の身体はあまりにも弱かった。
走れば転んで骨をおる。馬には乗れず、畑仕事をすれば風邪を引く。自分でも、軽く引くほどの身体の弱さだ。その代わり、俺は猛勉強した。誰からも侮られないような、立派な領主になるために。
しかし、現実とは、残酷なものだ。
この前、大きな嵐が来たとき、この村の貿易の要である、大きな橋が壊れた。もう一度橋を作るためには、人身御供がいるだろう。
居なくなっても困らない、むしろ喜ばれる人間一人が。
俺は、もうほとんど動けない。一年前から患っている病弱な身体は この村にとってお荷物以外のなんでもないだろう。これまでは皆「気にしないでください!」と笑い飛ばしてくれたけど、収入の宛がない今はそんな悠長なことも言っていられない。
皆生きるので精一杯なんだ。
むしろ、今まで生かしてもらえたのが、奇跡だったんだ。
そう思うことで、世の中の理不尽さを、今を楽しく健康に生きてる人を、恨みたくなる気持ちを必死で押さえた。
すっ、と静かに襖を閉じた弟が、俺の枕元に座る。いつもは明るくやんちゃな弟が、泣きそうな顔で俺を見た。
「そんな顔、すんなよ。ほら、どうした?」
俺は微笑んで話を促した。少し前までいじめられては俺の元で泣いていた小さな弟だったのに、俺が臥せっている間にずいぶん大きくなったんだなぁ。と思いながら、惜しんでくれる弟に涙が出そうになる。
「先日の嵐により、大橋が崩壊しました。っ貴殿には、新大橋の人柱になってもらいたく…。っ兄上!」
最後まで言えずに泣き出した弟を抱きしめながら、俺は声が震えないように、気を張りながら答えた。
「あい。全ては御心のままに」
まるで、この世の終わりが来てしまったかのように、目を見開いて泣き出した弟に、記憶に残る最後だけでもと、笑いながら話しかけた。
「なぁ、優。俺なぁ思うんだ。民の幸せってのは、平和なことだって。この貿易場を狙う国は沢山ある。だからいつか戦争になることは避けられないだろう。挑発してくる国なんて山ほどいる。だけどな、優。お前は、皆のことを一番に考えろなくちゃなんねぇ。戦争はできるだけ避けろ。挑発もできるだけ聞き流せ。俺、橋のしたでみてるからよ。お前の頑張り見てるから、よ」
柔らかな弟の髪を指ですきながら、嗚咽を繰り返す弟を宥める。大好きな弟。可愛い可愛い俺の自慢の愛しい弟。選ばれたのがコイツじゃなくて、俺で良かった。いつしかぼやけた視界を、そっと、袖の影に隠した。
***
ジャラリ、シャン。
人柱の衣装が風に揺れて音をたてた。石の棺は冷たくて、あのなかに入らないといけないのかと思うとゾッとした。
長ったらしい儀式が終わるといよいよ、俺が埋められることになった。いつもは厳つい顔してばっかりの父さんが、泣きそうな顔をしているのが、なんかちょっとだけ笑えた。
自分から棺に入り、履き物を新品の物に変えてもらう。成人女性と同じ位しかない足首に誰かが息を飲んだ。
最後に見た青空はどんなときより青く高かった。
石の棺が閉まり、息苦しさと暗闇が俺を襲う。
死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない。まだ、生きていたい。
独りに、なったとたんにそんなことを思うのだから俺は案外チッコイヤツだ。必死に弟の大きくなった姿を思い浮かべて未練を消す。
生きていたい。
大丈夫。あいつなら立派な大人になる。
何で俺なんだ。
一人でも民の命が助かるなら。
俺の努力はどうなる!?
もう、未練はない。
静かに水が入ってきた。生暖かい水が頬を伝う。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
俺は、最後に役に立てた。