第五話 一日講習と現在まで(2)
眠い。眠すぎる。やっぱり僕に朝起きろというのは無茶な事だとつくづく思う。眠たい目を擦りながら本部の廊下を早歩き。前には昨日のSP軍人さん。隣にはいつもの人物。向かう場所は講義室。緊急でもないのに朝からよくこんなに動けるものだ。いや、少し緊急か。
朝、本当に起こしにやってきたSP軍人さん。斯く言う僕たちは準備の真っ最中。というか陽射は既に準備が出来ていたのだが、僕が寝ぼけて中々動かなかったため遅れてしまったのだ。始めは陽射に起こされた。でも起きれなかった。それで陽射が無理やり引っ張りテーブル席に座らせた。目の前には朝食が広がっていたが如何せん、寝ぼけて箸すら握れない。というか朝から食べれない。だから飲み物だけ渡されてそれだけ腹に入れ終わったのが迎えに来る10分前。そのあと洗面台まで連れてかれ顔を洗われる。そこからようやく目が覚め始めて着替えにかかったのだ。
「噂では伺っていましたが、まさかこんなに朝が苦手とは思っていませんでした・・・・・・」
「ごめんなさい。夜空は本当に朝起きてくれなくて・・・・・・まぁ朝に限ったことではないんですが・・・・・・」
「・・・・・・」
何だか呆れている二人。そしてただひたすら付いて行く僕。なんで寝起きに活動できるのかが理解できない。睡眠という幸せな時間を中断して何故普通にいられるのだ?
「講義中は目を覚ましてくださいよ? それでは話が進まなそうなんで」
「はい・・・・・・できる限り頑張ります・・・・・・」
眠たいながら、頑張って返事をした。僕も講義はしっかりしたいと思うから。と話しているうちに到着したようだ。SP軍人さんが講義室に入りそのまま付いて行く。みんな敬礼していた。僕たちが入った瞬間少しだけ室内がざわつく。SP軍人さんは教卓に立っていた人の近くまでいった。
「お待ちしておりました。斎藤中佐。後ろのお二方が例の・・・・・・」
「はい。そのお二方です。あとは頼めますか?」
「もちろんであります!」
そんなやり取りをしてSP軍人さんは講義室をあとにした。どうやら斎藤さんという名前だったらしい。と、そんなことをぼんやりと考えていたら急に目が覚めた。何故なら色々な視線がこちらにむいていたからだ。それは軽蔑、侮蔑、尊敬といった視線で歓迎半分とその反対が半分といったところだ。まぁこうなるだろうとは予測できたし、斎藤さんも言っていた。とりあえず始めは講義室の隅で話を聞き、出番になったら呼ばれるというパターンだから、まだ何もないだろう。
「それでは講義を再開する! とその前にお二方、女性・・・・・・ですよね?」
◆一日講師と現在まで(2)
「このようにクリエイトとは神代派と人代派の共同で作られた人工能力者のことで、アドバンに対し有効な攻撃を与えられる数少ない者の一つである」
現在講義中。教卓に立っている先生らしき人の声が室内に響き渡る。名前は武田 和真、少尉だそうだ。講義室は300人程度を収容できるスペースで階段状になっている。このクラスは学力、体力共に優秀だそうだ。ここにいる新米兵たちは200人ぐらいだと聞いた。皆しっかりと講義内容を聞いている。さすがは優秀なクラス。
「クリエイトは大きく分けて二つある。誰か解るやつはいるか?」
「はい!」
「??!」
なんとも素早い挙手と起立。元気がいい。思わず驚いてしまった。しかも手を挙げた人物はまた一段と真面目そうな眼鏡君。まぁここにいるということは体力もあるということか。
「アンダーとオーバーであります!」
「その通りだ。ではどういう括りで分けられているか知っているか?」
「はい! アンダーは属性を3つ以下、オーバーは4つ以上5つ以下を会得している、という区分です!」
「正解だ。座っていいぞ」
「はっ!」
中々迫力のある眼鏡君だった。
「ここまでで何か質問はあるか? まぁ基礎的なことだから無いということで話を進める。実はその二つ以外にもまだ番外と呼ばれているものがある。それはエクストラとオリジンだ。誰かこの二つの事は知っているか?」
「「「・・・・・」」」
誰も手を上げなかった。恐らく知らない奴もいるが知っている奴はしゃべりたくないという雰囲気があった。でもそんなことは気にせず先生は淡々と続ける。
「まずエクストラだ。エクストラは6つ以上の属性が使用できる者の区分だ。お前たちも既に施術を受けて基本属性の火、水、土、雷、風のどれかを持っているだろう。エクストラはそれら全部を持ち合わせ、さらに基本属性の中から派生した属性を持っている者だ」
「「「おぉ・・」」」
それにはここにいるもの全員が驚いたようだ。ということは多少なりとも知っているのはオリジンの方か。
「エクストラはそう簡単になれるものではない。エクストラになれたのは世界で一番最初に施術を受けたファーストと呼ばれる10人とその数年後の間に2人だけしか達していない」
その瞬間教室中に同様が混じった。それもそのはず、能力者最高峰は世界でたったの12人しかたどり着いていないのだから。世界中、いったい何人の人が軍に所属しているかは解らない。でもそれなりに数がいないと人類は守れない。その中からの12人、気が遠くなる話だ。
「もう一つのオリジンはだな・・・・・・まぁ厳密に言えばクリエイトではない。神代からの奇跡を受け継いだ者たち、いわゆる神代派と呼ばれるものの中で、今現在生き残っている者がそれに該当する」
驚きが大多数、もう知ってるよと興味なしが少数、といった雰囲気だ。そこで一人、目があった人物がいた。その目は侮蔑の色が出ている。まるで人間ではないものを見るように。
「オリジンも基本、先に上げた5つの属性をいくつか持っている。だがかなり昔から受け継いだだけあって各々の家系ごとに特別な属性を持つ者もいる。忍術や神道術、呪術に陰陽術、法力などで使われるような基本属性に該当しない属性だ」
オリジンの歴史は長い。生きていく過程で手に入れたさらに特別なもの、それが固有属性と呼ばれる一族だけのものだ。まだ歴史が浅いクリエイトが到底手に入れられないような属性もオリジンは持っている場合がある。ごく少数の話だけど。
「オリジンは現在とても希少な戦力として世界各国で保護されている。過去にアドバンの侵攻で神代派は数をかなり減らしてしまった。もう世界に100人もいない状態だ。そんな貴重な方を今回お呼びしている。月神夜空殿と姫神陽射殿だ。さぁさぁ、お二人共前へ」
とうとう出番が来たようだ。とりあえず席をたち最初に僕が教卓へ行く。話す内容はもう決まっている。去年と同じで行こう。
「どうも。第一艦隊第四小隊所属の月神夜空です。今回お話しようと思うのは力のことです。皆さん既にクリエイトとなられて大きな力を得たと思います。力を手に入れた理由はそれぞれあると思います。自分のため、家族のため、仲間のため、世界のためなど」
とりあえず綺麗事のような言葉の羅列を述べてみた。何だか自分らしくないと思える。
「手に入れた理由というのはとても重要なことです。それがなければ始まりもしないのですから。その過程を既に通過できたあなた達はとても立派です。ですがこの次が問題です。手に入れた力をどういう理由で使うのかということ。恐らくですが大きく二つに分けれると思います。それは敵を倒したいから使うのか、それとも何かを守りたいから使うのかです」
ここからが本音だ。昔、戦う理由を知らなかった僕に教えてくれた大切な人の言葉。
「先に述べた二つ、恐らくいつも強いのは前者の方です。敵を倒したい、その理由は自分の前にある目標、そこに追いつくためにただ前に進み続ける。そんな人が弱い訳がありません。ですが、本当に危機的状況になった時、どうしても進めない時が戦場であるでしょう。そんなときは後者の方が強くなります」
皆静かすぎる。何だか恥ずかしい。
「後者には逃げられない理由がある。何故ならその後ろには守るものがあるから・・・そのために後者は振り向くことが出来ない。故に進めるのは前だけ。前に塞がるものを壊していくしかないでしょう。そのため本当の強さを手に入れられる。その点後者は振り向いても何もいない。だから進んできた道を戻ることができる。塞がってしまった道を諦めることができる」
なんか久しぶりに長くしゃべってしまった。
「どちらが正解かなんてないと思います。でも皆さんに思うことは強くあって欲しい。以上です」
パチパチと小さいながらも拍手があった。ここにいる人たちに伝わったかどうかは解らない。けれど話を聞いて何かを感じてくれればいいと思う。
「えー、ありがとうございました。続いて姫神殿、お願いします」
「いえ、私は夜空と同じことを言いたかったので、もう何も言うことはありません」
「「「えぇ!?」」」
室内が一斉に声で震えた。どうやら陽射の話を楽しみにしていたらしい。皆美人の話すことに興味津々だったというのに・・・・・・講義中もチラチラと陽射を見てた人多かったし。
「そ、そうですか。でも一言何か・・・」
「ありません」
陽射がとても不機嫌だ。理由はわかっている。さっきから席の一番後ろでこちらを見ている者たち。さっき目があった人の周りだ。目を見ればわかる。さっきと変わらない目だ。
「では最後に。今回の講義の内容に対して何か質問はあるか?」
僕は席に戻り武田少尉が教卓に立った。
「はい!」
まただよ眼鏡君。相変わらず元気がいい。
「いくつかよろしいでしょうか?」
「あぁ、構わん。言ってみろ」
いくつもあるのか。どれだけ真面目なのだ。
「一つ! 何故ファーストと呼ばれるものだけ能力が高いのか! 二つ! 何故神代派が世界で100人という数まで減ってしまったのか! であります!」
なんとも眼鏡君は講義内容の矛盾を突いてきた。何故ファースト以外も同じくらいの力を与えることができなかったのかという疑問と神代派の100人という数の少なさは繋がっている。何故ならクリエイトを作ったのは神代派なのだから。
「ん・・・・・・それを説明するにはだな。まず隠された歴史というものを知らねばならない」
隠された歴史。そういえば前に弓斗がそんな題名の本を読んでいた。あの時話そうとしていたことはこの事だったのだろう。
「1985年。その年にある出来事が起こった。世界的内乱だ。各国の神代派と人代派による秘密裏な内戦だ。古より奇跡を使ってきた神代派を人代派は邪魔な存在と判断して処分することを決定したのだ。この内戦は15年もの間続いた。人代派は奇跡を使用できない人間だが文明で培ってきた技術力と数で攻めた。それでも神代派はやはり強く何十倍の戦力の差がありながら、戦況は平行線を辿っていった」
まただ。体の底からなにかが湧き上がるような感覚。憎しみの様な、悲観の様な・・・・・・
「だが話は一変する。2000年のアドバン侵攻により双方停戦することにした。外来から得体の知れないものが攻めてきているのに内輪揉めしている場合ではなかったからな。今度はアドバンに応戦したが、知っての通りアドバンには物理的要因で作られた攻撃では全くダメージを与えられなかった。原因は不明だ。しかし神代派の者は有効なダメージを与えることができた。これは物理法則を無視した現象での攻撃だったからだ。」
自分でも悍ましいと思うほどの負の感情が頭を支配しようとする。駄目だ・・・・・・耐えろ・・・・・・
「そこで人代派と神代派は協力。それぞれ身体学専門の者たちを集め、一般の人間にも即席で能力を与える研究、そして完成。日本のここ、京都で世界から代表として10人の人間が集めら施術を施した。結果は良好でアドバンに有効だと判明した。そう解った途端、人代派はまた神代派を攻撃した。こんな状況下でも消したかったのだろう。施術法は神代派からデータを貰ったため自分たちでできると判断。だから消された」
もうやめてくれ・・・・・・抑えきれそうにない。誰か・・・・・・誰か助けて・・・・・・
「しかし神代派が行った施術は特別なものだった。それは研究に関わった神代派しか出来ない事だったのだ。それによりファーストより数段劣ったクリエイトしか生み出せなくなった。まったく・・・・・・馬鹿な話だ」
視界が無くなってくる。もう何が起こるかわからない。そう思ったとき、微かに見えた武田少尉がとても辛そうな顔をしてこちらを見ているのが解った。何故だか湧き上がってきたものが引いていく。あの目は哀れみの様な、同情の様な、そんな目だった。そしてチャイムが鳴る。
「講義はここまで。次は外で戦闘訓練だ、演習場に来るように。解散!」
その号令と共に新米兵たちが席を立ち散っていく。それにしてもよかった・・・ここで終わってくれて。まだ続いていたら危なかった。そして席を立とうとしたら手を引っ張られまた座らせられた。
「夜空大丈夫だった? ずっと喋りかけてたけど全然反応なくて・・・・・・」
見ると僕の手に跡が残っていた。どうやらずっと陽射が握っていたらしい。本当に・・・・・・いつもすまない・・・・・・
「大丈夫だ。少し危なかったけど。今はもう平気だから」
そういって今度こそ立ち上がる。また感傷に浸ってしまった。いい加減なれないと、これからがキツイと思う。一人しかいない時が必ずあるのだから。
「外、行こっか」
「そうだな」
次は戦闘訓練か、休暇中に体力消耗は避けたいところだが行くしかない。
そして僕たちは講義室を後にした。