…笑顔をありがとう…
ぼくは、いつも同じ景色を見ていた。
そろそろこの景色を見ることもなくなる…。
ぼくの余命はよくて一ヶ月。
そう診断され20日が過ぎた…。
もうほとんど体が動かない。声も出せない。
でも、ぼくには一つだけ楽しみがあった。
「ケイちゃん元気?」
ケイとはぼくの名前だ。
ぼくは唯一動く首を、少しだけ動かした。
ぼくと同じくらいの女の子が、目の前に現れた。
この子のことをぼくは知らない。
10日前から、毎日来てくれるようになった。
その子は、ただ一方的に話すだけだか、ぼくにはそれが嬉しかった。
「あのね。私、将来看護婦さんになりたいんだ。それでね、みんなを笑顔にしたいの。」
「ケイちゃんは何になりたいの?」
「消防士とかかな?」
ぼくは話しを聴いているだけで、嬉しかった。
「あら?また来てくれたんだね。毎日ありがとうね。」
ぼくのお母さんがお見舞いに来た。
「おばさん、じゃあまた」と言って女の子は帰っていった。
「あの子いつも来てくれるわね。」
「あの子が来てくれるようになって、あなたも変わったわ。笑顔が増えた。」
母さんはそう言いながら、ぼくの頭を撫でた。
「あなたが退院したら、あの子にお礼言わないとね。」
そう言って母さんは帰っていった。
次の日…ぼくはこの世を去った…
両親の泣き叫ぶ声の横で…
ぼくは、生んでくれた母に、育ててくれた父に感謝している。
そして、ぼくに笑顔をくれたあの子に…
「いままでありがとう。」
ケイは笑顔でこの世を去った…。
ケイの死から一週間、母は毎日病院を訪れていた。
ケイを担当していた看護婦が声をかけてくれた。
「ケイくんの奥様…このたびは…。」
「いえ、ありがとうございました。…あの、ケイと同じくらいの女の子来てませんか?」
「?!…その子が何か…。」
「毎日、ケイのお見舞いに来てくれたんです。ケイが笑顔でいられたのも、あの子のお陰なんです。でも…お礼も言ってなくて…」
そう言うと、看護婦は考えこんだ。
そして「あの、奥様…実はですね…」
看護婦は全てを話した。
一年前、女の子が亡くなったこと。
看護婦になって、みんなを笑顔にしたいと夢を語っていたこと。
ケイと同じような歳の子が、何人も救われていたこと。
包み隠さず、何もかも話した。
それを聞いた母はその場に泣き崩れた。
次の日、両親はその女の子の家を訪れた。
「どちら様ですか?」
30代くらいの女性が現れた。
「実は家の子が亡くなりまして…」
それだけ言うと、その女性は何かに気づいたらしく「中へどうぞ…」と言って下さった。
中に入ると、その女性と旦那と思われる男性が座っていた。
花がたくさん飾られ、そこには女の子の写真が置かれていた。
ケイの両親も座り、事情を説明すると、女の子の父親は「そうですか…。」と答えた。
「実は…貴女方のように、家に訪れて来て下さる方が何人もいましてね。」と、女の子の母親が答えた。
「あの子はまた、救いましたか。」と女の子の父親は下を向いたまま、何回も頷いた。
そして、女の子の母親は、娘の過去を語りだした。
「あの子は、私がお腹を痛めて産んだ子なんです。私達夫婦で一生懸命育ててきました。
毎日の成長が嬉しくて、嬉しくて。
そんな中…あの子に異変が起きたのは、小学校5年生のときでした。
いきなり倒れましてね。
医者にはもう永くはないと…。
結局、あの子には最後まで病気のことを言うことはできませんでした。
私はそのときに、ふと、将来の夢を聞いたんです。
その質問にあの子は、私は看護婦になるんだって、私みたいな人を笑顔にするんだって言ってましてね。
本人が一番つらいはずなのに、一言も口にはしないんですよ。いつも笑顔で…。
そして…そのままミカは…。」
女性は涙を浮かべた。
「私は思うんです。あの子は…夢を叶えたんじゃないかと。立派に、看護婦としての仕事をやっているんじゃないかと…。」
旦那も涙を浮かべていた。
その話しに、ケイの母が答えた。
「あの女の子はミカちゃんと言うんですね。
ほんとに素晴らしいお子さんですね。ケイの笑顔を取り戻してくれたのですから…。
本当に…本当に…ありがとうございました…。」
ケイの両親が頭を下げた。
「はぁ~、また入院か~。」
シュウは入退院を繰り返していた。
しかし、苦ではない。
シュウには楽しみがあったからだ。
足音が聞こえる。
「シュウちゃん元気?私はね~…」
病院にはいつも、女の子の声と子供の笑顔が広がっていた。