盲人用押ボタン付横断歩道での珍事
一人で横断歩道にいたとき、何となく盲人用のボタンを押した。
ボタン押した理由は特に無い。言うならば、押したかったから、だろうか。
左右を確認したが車が来る気配もなく、私はさっさと渡ろうとした。
すると、向かい側の歩道にキャップ帽を被った少年の姿が見えた。
その少年はじっとこっちを見ていた。まるで青信号になるまで渡るんじゃない、と私を見張っているようだった。
少年の前で悪い手本を見せるのも気が引けるので、青信号になるまで待った。
青信号になり、私は横断歩道を渡り始めた。盲人専用の音が鳴っていた。
少年は私の方をまだじっと睨みつけていた。
何だ、あの野郎は。
私がそう思ったとき、その少年はいきなり走りだし、私に向かってきた。
私は足を止めた。少年は私の前でピタッ、と止まると、私を睨んで開口一番に叫んだ。
「見えてんのに押してんじゃねーよ!」
何だ、このガキは。
私は腹が立ち、何か言い返してやろうと口を開いた。
すると、今度はその少年が私に向かって突進してきた。
私はとっさに身を引いて受け身の体勢を取った。
だが、突進の衝撃はなかった。少年は私の体をすり抜けていった。
私はそこで立ち竦んだ。何があったのかさっぱり分からず、振り向いたら歩道には少年の姿はどこにも見えなかった。
私はさっさと横断歩道を渡ることにした。背筋が少し寒くなった。
渡りきって、さっき私がいた側の横断歩道の方を見た。
すると、サングラスをかけた目の不自由そうな男性がゆっくりと横断歩道にやって来た。
点字ブロックの上で下を向いて少しオロオロしていた。私は親切のつもりで盲人用のボタンを押してあげようとした。
だが、さっきの少年がふっと向かい側に現れて先にボタンを押してしまった。そして、あの少年は私の方を向くとドヤ顔をして、さらにアッカンベーまでしてきた。
何を、生意気な幽霊だ。
私は少し腹を立てたが、幽霊に腹を立てても仕方がない。
私はぐっと堪えることにした。
やがて信号が青に変わり、盲人専用の音が流れ始めた。
すると、そのサングラスをかけた男はくるりと回れ右をすると、そのまま横断歩道を渡らずに踵を返してしまった。
「渡んねーのかよ!」
私と幽霊が口を揃えて叫んだ。男性はびっくりしてこっちを向いた。
男性は私の方を向いていた。
私は幽霊のいた方を向いたが、もういなかった。
私は男性に対してその場で頭を下げて、赤面しながらその場を足早に去ることにした。
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