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追放された男

帝都ガイロス。

 そこは、多くのギルドと冒険者が集まる、王国最大の都市だった。


 巨大な石壁に囲まれた城下は、朝から晩まで人の声が絶えない。

 商人が叫び、貴族の馬車が通り、酔った冒険者が武勇伝を語る。

 剣も魔法も、夢も野心も、ここではすべてが金と名声に変わる。


 強い者は上へ行く。

 弱い者は落ちる。


 それだけのことを、ここでは誰も残酷だとは言わない。

 実力が足りなければ切られる。

 結果が出なければ見向きもされない。

 むしろ、それを当然の秩序として受け入れている。


 情より結果。

 過程より成果。


 それが帝都ガイロスの空気だった。


 そんな帝都でも、ひときわ名の売れたS級パーティがある。


 ――《天龍の羽》。


 若く、華やかで、そして強い。

 帝都の冒険者にとって、それは一つの理想だった。


 剣士のセリス。

 プリーストのイゼルナ。

 バフ専門キャスターにして作戦参謀のカティアナ。

 斥候のラミア。

 キャスターのリーゼロッテ。


 誰を切り取っても、絵になる。

 誰を前に出しても、客がつく。

 《天龍の羽》は、ただ強いだけのパーティではなかった。


 表彰歴。

 スポンサー。

 人気。

 話題性。


 彼女たちが街を歩けば、人々が振り向く。

 依頼を達成すれば、その日のうちに酒場で噂になる。

 冒険者であると同時に、帝都の“顔”でもある。


 だからこそ、その拠点もまた豪奢だった。


 会議室の壁には褒章と盾が飾られている。

 棚には贈答品や、スポンサーから届いた高級酒の瓶。

 ひとりひとりに個別の部屋があり、共用空間も洗練されている。

 若い実力者たちが、成功という光の中で暮らしていることが一目でわかる場所だった。


 そして今、その《天龍の羽》の一室で、一人の男が切り捨てられようとしていた。


 男の名は、エルツー。


 二十歳。

 黒髪は男にしては少し長めで、顔立ちは悪くない。

 だが、目尻の垂れた優しい顔つきと細身の体つきのせいで、精悍さよりも大人しさが先に立つ。

 少なくとも、帝都最上位のS級パーティに所属しているような男には見えない。


 実際、彼はこの空間にあまり似合っていなかった。


 派手な武器もない。

 目立つ装飾もない。

 英雄譚になりそうなオーラもない。


 天龍の羽の面々が舞台の上の役者なら、エルツーは裏方だった。

 戦闘の中心に立つことは少ない。

 補助、連絡、準備、段取り。

 前に出るより、後ろで全体を整えることの方が多かった。


 それが悪いわけではない。

 だが、このパーティの中では、どうしても地味だった。


 会議室の空気は静かで、冷たかった。


 セリスは短く頷いた。

 長い銀髪が揺れ、淡く光る蒼い瞳がエルツーを真っ直ぐに見る。

 彼女は十九歳。若い。

 だが、その視線には年齢以上の硬さがあった。


 責任を背負っている人間の目だと、エルツーは思った。


「……了解した。では正式に通達する」


 セリスは手元の羊皮紙をわずかに持ち上げる。

 声音は静かで、妙に整っていた。

 感情を抑えているというより、最初から感情を挟む余地を作っていない声だった。


「エルツー。本日をもって《天龍の羽》の編成から除外する。これは私個人の判断ではなく、パーティ全体の総意だ」


 その言葉は、会議室にまっすぐ落ちた。


 隣でカティアナが静かに言葉を継ぐ。

 桃色の髪は柔らかな色合いなのに、言っていることは冷徹だった。

 作戦参謀らしく、何より理屈を優先している。


「現在の依頼難易度、想定される戦闘環境、そして編成バランスを総合的に評価した結果です。感情で決めたわけではありません」


 彼女は机上の資料を指先で揃えながら続ける。


「現状の《天龍の羽》が受ける任務帯に対して、あなたの適性は薄い。今後も同行を続けた場合、全体効率は下がります」


 あくまで冷静。

 あくまで合理的。

 そこに慰めの余地はない。


 イゼルナは椅子に腰かけたまま、ふわりと首を傾げた。

 金色の髪が灯りを受けてやさしく揺れる。


「まあ……しょうがないわよねぇ」


 おっとりした口調だった。

 だが、その言葉の中身は決してやさしくない。


「だって、向いてないものは向いてないものぉ。頑張ることは大事だけど、頑張れば何でも届くってわけでもないでしょうし」


 柔らかい声音が、逆に現実をやわらかく断ってくる。

 刃物よりも、布で首を締められるような息苦しさがあった。


 濃紺の長い髪を揺らしたリーゼロッテは、しばらく黙ってエルツーを見ていた。

 やがて小さく息を吐く。


「……座る?」


 少し意外な言葉だった。


 エルツーが目を瞬かせるより先に、リーゼロッテは自分で小さく肩をすくめる。


「いえ、今さらか」


 その言い方は乾いている。

 それでも、彼女なりに少しは気を回したのだろうとわかった。


「とにかく、支給品の整理だけは忘れないで。後で困るのは、たぶんあなたなんだから」


 完全に突き放しているわけではない。

 だが、止めようとはしていない。


 ラミアは壁際に立ったまま、短い黒髪の奥から灰色の瞳を向けていた。

 表情は薄い。

 感情の起伏もほとんど見えない。


「……妥当」


 ぽつりと、それだけ言う。


 必要なことしか言わない。

 必要以上の感情も見せない。

 それがラミアという女だった。


 セリスは静かに羊皮紙を机に置き、立ち上がる。

 背筋は真っ直ぐで、表情に揺らぎはない。


「支給品の返却と最終精算は明日までに行う。それまでに拠点への出入りは可能だ」


 彼女は一歩、エルツーの方へ近づき――そして立ち止まる。


 近くで見ると、本当に綺麗な顔だと思う。

 整っていて、若くて、強い。

 帝都の誰もが憧れるような剣士。


 その彼女が、ほんの少しだけ目を伏せた。


「今まで、ありがとう。……それだけは言っておく」


 姉が弟に言い聞かせるような口調に聞こえた。

 だが、その声音もまた、最後まで硬いままだった。


 誰も引き留めない。

 誰も怒鳴らない。

 誰も、この結論を覆そうとしない。


 ただ静かに、彼の居場所だけが切り離されていく。


 エルツーはしばらく黙っていた。


 怒ることはできた。

 反論することもできた。

 ここまで必死に食らいついてきたのだと訴えることもできた。


 だが、そうしなかった。


 それをしたところで、この場の誰の判断も変わらないとわかっていたからだ。


 結局、こういう時に一番残酷なのは感情ではなく理屈だ。

 怒りや憎しみなら、ぶつけ返しようもある。

 けれど「戦力として足りない」という結論は、どうしようもなく正しい顔をして目の前に立つ。


 それが一番、きつかった。


 自分が強くないことは知っていた。

 このパーティの中で、自分だけが浮いていることも知っていた。

 実力差も、見た目の華も、全部ずっと前からわかっていた。


 それでも、ここにいたかった。


 ここまで来るのに、どれだけかかったと思っている。

 どれだけ必死に裏方をこなし、役に立つ場所を探し、足を引っ張らないように息を殺してきたと思っている。


 だが、その全部を言葉にしたところで、たぶんもう遅い。


 だからエルツーは、ただ小さく息を吐いた。


「……そうですか」


 それだけ言う。


 セリスの目が、ほんのわずかに細くなった気がした。

 けれど、それ以上は何もない。


「わかりました」


 受け入れるように。

 諦めるように。

 あるいは、最初からそうするしかないと知っていたように。


 その瞬間だった。


 ふいに、エルツーの視界の端に何かが映った。


 ふわり、と。


 誰も立っていない空間に、小さな影が浮かんでいた。


 最初は光のいたずらかと思った。

 会議室のランプが反射したのか、目が疲れているのか、その程度のものだと。


 けれど、それは消えなかった。


 少女のようにも見える、小さな存在だった。

 ちゃんと服を着ている。

 淡い色の髪と、ベタなくらい妖精らしい羽。

 見た目だけなら可愛らしい。

 だが、その可愛らしさが逆にこの場に似合わなすぎた。


 誰も反応しない。

 誰も見ていない。


 それだけで、今見えているものが自分にしか見えていないのだとわかった。


 そして、その妖精は面白そうに笑った。


「ひどいね。なかまはずれにしようとしてる」


 エルツーは、ほんのわずかに目を見開いた。


 幻覚。

 疲労。

 追放の衝撃で、頭でもおかしくなったのか。


 そう疑うには、その声は妙に鮮明だった。


 妖精はエルツーの肩の高さまで近づいてくる。

 くるくると宙を回りながら、楽しそうに囁いた。


「どうするの?」


 会議室の空気は相変わらず冷たい。

 セリスたちには、その存在がまるで見えていない。


 それどころか――妙だった。


 この妖精は、まるで最初からそこにいたように自然なのに、逆に言えば、今この場のどんな流れにも属していない。

 この世界の空気から、ほんのわずかに浮いている。

 そんな違和感があった。


 エルツーは数秒だけ黙った。


 返す相手を間違えれば、自分はさらに惨めになる。

 だから、誰にも気づかれないように、ほんの少しだけ唇を動かした。


「……誰?」


 妖精は嬉しそうに目を細めた。


「やっと見えたんだ」


 その返答に、背筋がわずかに冷える。


 だが同時に、どうしようもなく終わったはずのこの瞬間に、奇妙な“続き”が差し込まれた気もした。


 妖精は、にこりと笑った。


「ぼくはアムラ」


 少女の見た目に似合わない、軽い“ぼく”という一人称。

 そのちぐはぐさが、かえって人ならざるものらしかった。


 そして、秘密を打ち明けるような声で言う。


「君、ここから面白くなるよ」


 その言葉は励ましには聞こえなかった。

 救いにも聞こえない。

 もっと勝手で、もっと異物めいた響きだった。


 エルツーは、その意味をまだ知らない。


 追放された。

 居場所を失った。

 終わったはずだった。


 それでも。


 その瞬間、彼の物語だけは、ようやく始まりかけていた。

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