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魔導学園ラブロジック!-トキメキはチカラ。-  作者: 花塩樹圭
第一章 魔導科どうか?
7/8

彼はあみお、だそうです

「報告は以上です」

 放課後。とはいえ構内に工事車両が入ることになり、授業は急遽5時間目までとなった。部活も委員会も本日は活動中止、全員が帰宅するようにと、緊急のHRで通達があった。その後、澪は校長室へと赴いた。14時前ということでまだ陽は高く、窓から差し込む光は屋内を照らすLED照明よりも明るく眩しい。

「ご苦労様」

 校長席のデスク横に立っていた文弥がねぎらいの言葉を給う。澪は言われた通り大樹に関わる今日一日を報告した。とはいえ朝の騒動以外には特に報告することもなく――――むしろ教科書がまだ届いていなかったせいで、大樹は今日一日中机の上に伏せて寝ていただけだった。

(まるで犬みたい。大型犬。ハスキー? レトリバー? …そんなにかわいくないか…)

 それしか言うことがなかったので報告そのものは30秒もかからなかった。

「教科書は明日明後日には届くだろう。神代君にはそれまで不便をかけてしまうがね」

「あの、校長先生。神代君の制服は…あのままなんですか?」

「本校は自由な校風が特色だ。制服は設定しているものの、それをどう着るかというのは生徒の自主性に委ねている。だからこそ、化粧にしてもアクセサリーにしても咎めるということはない。それは理解しているね?」

「はい…でも着方は自由でも制服そのものが違うとなると…風紀としてはどう扱っていいものか、困惑しています」

「なるほど…それは道理だな。うん、多少彼のプライバシーに踏み込んでしまうが…神代君は幼い頃にご両親を事故で亡くされていてね」

「え…」

「他に身寄りがなかったから施設に預けられていたそうだ。そうした保護施設は義務教育の期間までとなっている。高校へ進学すればそこからは自立して自分でどうにかしろ、というのがこの国の法律だ。学問を志す者にしてみればいささか厳しい条件なのだが、法である以上は止むを得ない。以前彼が通っていた学校は学ランだったので中学の時の物がそのまま使えたので問題はなかった。だが本校へ入るにあたり制服を、となったのだが、彼曰くそんな金はない、と。それでこちらから制服の供与を申し出たのだが断られてしまったよ。他人に迷惑はかけたくない、とね。彼は…そうだな、とても独立心が強いのだろうな。誰の世話にもなりたくない、そんなところなんだろう」

(あれ? でも私が世話係になるって、喜んでたような…)

「私にとっては、本校の生徒は一人一人が自分の子供みたいなものだ。だから一人一人にできる限りのことはしてあげたいとは思う。もっとも、実の娘に父親らしいことは何一つできていないのだから、本末転倒ではあるんだが」

 背景の窓の明るさが、寂し気に首を垂れる文弥の前景に影を落とす。

「いえ、そんなことは…」

 澪もまた首を垂れた。

「こうしてここまで来てもらって報告をしてもらうのも、できるだけ娘と話ができるようにしたいと思ったからなんだね。報告だけなら電話でもメールでもできるが、人生の中で一番会話をしていないのが自分の娘だった、なんてことじゃ、親として失格だ。それで公用にこじつけて、澪に来てもらっている。そんなところさ」

 文弥の顔には苦笑いが浮かぶ。

「お父様…」

 校長ではない、父としての言葉に澪はハッとし、文弥の顔を見た。

「やぁ、話が湿っぽくなってしまったね。何か聞きたいことはあるかな?」

「あの、神代君の魔導はどうなのでしょうか? AMI値などを教えていただければ」

「ふむ。風紀委員だからその辺を気にするのも道理か。入学前に測定してみたが、計測できなかったよ」

「…はぁ? あ、その、すみません」

 思わず地が出てしまい、慌てて澪は口を手で押さえた。

「計測できなかった、ということは、まさかAMI値は(ゼロ)、ということですか?」

「そういうことになるね」

「『あみお』、ですか…彼」

「おや。そんな言葉が我が娘の口から出るとは心外だね」

「あ、す、すみません!」

 と澪は再び口を押えた。

 「あみお」とはAMIが0のこと。AMI0=AMIO(あみお)、という一種のスラングである。生徒の間で使われた言葉だが、魔力を持たない人々に対する侮辱とも取られかねないので、学内ではこの言葉を使うことを禁じている。とはいえ表向きにはどうであれ、生徒間では未だに使われていたりする。

「でもどうしてAMI(ゼロ)の人が入学できるのですか? 規定では1.1以上でないとダメ、と」

「そうなのだがね。しかし測定装置というものは決められた数値までしか測れない。現在、規定されている最大値はいくつだったかな?」

「5、です」

「ではその5を上回ってしまっていたとしたら?」

「そんな! AMI5(アミーゴ)だって伝説なんですよ? 測れない数値だから最大値を5で設定していると、魔導科の教科書にも載っていて」

「その通りではあるのだがね、世の中何が起こるか分からないぞ? 数値が測れないから数字が出なかった、という可能性もある」

 文弥は楽しげだ。

「科学の基本は常に目の前のことを疑うことから始まる。真壁先生も常々そうおっしゃっていた。だから、測定装置に数字が出ないからって、その人に魔力がないなんて決めつけてはいけない。今の測定装置で測れない力かもしれないんだからね。魔力の有無や大小で差別をするなどというのは愚の骨頂だ。それは肝に銘じておくように」

「はい。心掛けます」

 文弥はすっかり校長としての、教育者の顔に戻っていた。澪もまた一生徒として応える。

「よろしい。もっとも魔導科に編入となれば政府からの助成金が付く。それは彼の生活費に充てられるからAMI値がどうというのは期待値込みで申請しておいたさ」

「なるほど」

「まぁ仲良くやってくれ。お、もうこんな時間か。すまないが私はこれから出掛けなければならないのでね。(すみれ)さんによろしく伝えておいてくれ」

「また内閣府ですか?」

「そんなところだ。魔導の教育部門で重要なポストを任されているからには責任もって行動しないと、推してくれた真壁先生にも申し訳が立たないからね」

「はい。心得ております」

「では本日の報告は承った。明日、また報告に来てくれ」

「はい。承知しました」

 澪は一礼すると、静かに校長室から退出した。



 澪の家は学校のすぐ近く。地図上で言えば確かにその通りだが、広大な学校の敷地+広大な自宅の敷地=通学距離、しかも自宅の門は学校との区別のため離して設置してあるため、その分も足す必要があるので結構な距離を歩くことになる。

「ただいまー。ひぃぃ、疲れたぁ」

 小学校の時は麓まで降りていたのでそれに比べればずいぶんと楽にはなっているのだが。

「おかえりなさい、澪さん」

 玄関に現れたのは白いブラウスに臙脂のリボンタイ、黒いパンツスーツ姿の女性。チラッと澪の頭についているものを見た。

「今日は大変だったようですね」

「ただいま、美影(みかげ)さん。もうお父様から聞いてるんだ。大変だったのよぉ」

 澪が親し気に話しているこの女性、名を白石美影という。文弥の教え子で、彼が教授職に在った頃からその秘書としての仕事に就く。今でも澪の家に住み込みで「校長の秘書」という扱いになっているが、澪が今日一日のことをペラペラと話す様子からしてずいぶんと心を許しているようだ。

「その恰好ということは、これからお仕事ですか?」

「ええ。霧島先生から連絡が入りましたので、これから行って参ります」

「そうなんだ。 …美影さんのお仕事って、何してるの?」

「ええと…その、いろいろ、です」

「そっか。うん、いってらっしゃい」

「はい。あ、菫さんがちょっとお冠のようですよ? お気をつけて」

「え…? ヤバ。私、なんかしちゃったかな」

「ふふふ。それでは」

「はい。気を付けて」

「ありがとうございます」

 美影に挨拶を済ませた澪は、玄関から長い長い廊下を進んでリビングへ。

「ただいまー」

「おかえりなさーい! 澪ちゃーん!」

「こら! 澪様でしょ!」

「えー?」

 リビングには二人のメイド服姿の女の子。「澪ちゃーん!」と気さくに声を掛けたのが桐生(きりゅう)ひより。それを諌めたのがひよりの従妹・かれん。二人とも白鷺家に住み込みで働いていて、昼間はそれぞれ学校へ通う。二人とも魔力がないのでひよりは市立の中学校、かれんは大学の文学部だ。

「かれんさん、いいよそんなの。ね、ひよりちゃん!」

「ほらほらー。澪ちゃんが良いって言うんだからさー。あれー? 澪ちゃん、朝それ着けてたっけ? カチューシャ」

 言われて頭に手をやる澪。魔力測定装置の存在をすっかり忘れていた。

「これは、その、見ないで…」

 と、両手で頭を隠す。

「えー、なんでー? かわいいのにー。小学校のとき思い出すー」

「あーもー、かんべんしてぇ」

「ひより、澪様をからかうもんじゃありません。桐生家は代々白鷺家に仕えているんだから、立場はわきまえないと。 …あ…そうそう大事なことを。あの…おばあちゃんが…菫が澪様のお部屋の前で待っています…私たちも呼ばれてまして…」

「え…部屋の…前?」

 澪の心に不穏な予感。ともかく3人そろって澪の部屋へ。そのドアの前にはメイド服を着た年配女性が仁王立ち。

「あ、の、菫さん。ただいま、です…」

 桐生菫。白鷺家に40年以上仕えるメイド長という立場だがかれんとひよりの祖母でもある。同時に。生来体の弱かった澪の母・詩乃に代わり、澪の身の回りの世話ばかりでなく、「白鷺家長女としての礼儀作法」を躾ける教育係でもある。その教育、なかなか厳しい。澪の普段の礼儀作法や身の振る舞いは、すべて菫の教育の賜物と言えよう。

「おかえりなさいませ、澪様」

 恭しく礼をする菫…だが、長年の付き合いから澪はただならぬ気配を察知していた。

「澪様。差し出がましいこととは思いましたが、お部屋を片付けさせていただきました」

「あ、の、どうもありがとうございます…」

「いえ、お礼など要りません。それ以前に。お部屋の片づけはご自分でなさるよう。私、常日頃から申しておりますよね?」

「…はい」

 背景に「ゴ ゴ ゴ ゴ」とオノマトペが付きそうなプレッシャー。その圧に澪はとてもコンパクトにしゅんと縮こまった。澪の両脇にはかれんとひより。彼女たちもまた然り。

「年頃の女性ともなれば他人に見られては困るようなものもございますでしょう」

「いえ…特には。というより菫さんを他人とは思ってませんので…」

「はぁ…」

 菫は深いため息。

「かれん」

「は、はい!」

「澪様の普段の生活態度には常日頃から気を付けて声を掛けるよう言っておりますよね?」

「はい! すみませんでした!」

 かれんは深々と頭を下げた。

「いいですか。白鷺家というのは戦前より続く名家でありますから、それ相応の所作、言葉遣い、そして生活態度というものがあります。名家の伝統に泥を塗るような真似はお控えください。そもそも澪様は白鷺家の御長女。いずれ白鷺家を継いで」

 始まった。澪の恐れていたこと。菫名物の長説教である。一度始まれば止まらない。いつまで続くか分からない。

 澪はかれんの耳元に顔を寄せ小声で囁く。

「ごめんね、巻き添えにしちゃった」

「いいですよ。慣れてますから」

 それにかれんは笑顔で応える。説教は続くがどこ吹く風の者がいた。

「ひより。聞いていますか?」

「聞いてるよー。部屋が散らかってるくらいいいじゃない。ねぇ? 澪ちゃん」

「澪ちゃんって、アナタ!」

「そうそう。片付けちゃうとどこにしまったか忘れちゃうもんね。すぐ使うものなら出しておいた方が便利だし」

「澪様も!」

「まぁ澪様が良いっていうならいいんじゃないでしょうか?」

「かれんまで! …いいでしょう。今日はとっぷりと絞らなきゃいけないようですねっ!」

「うひぃぃぃ…」

 それから1時間少々。3人は菫の説教を聞き続けたのであった――――



「はぁ…やれやれ。これで菫さんに叱られなくて済むかな」

 澪は自分の部屋片づけ。さすがに菫の説教が効いた…わけでもなく、ただ出ていた物を部屋の端っこに寄せただけ。後ほど再び説教される運命にあることを、まだ彼女は知らない。

〈澪様。夕食の支度が整いました〉

 廊下からかれんが呼ぶ声。

「はーい。今行きまーす」

 階下に降り、食堂へ。10人以上余裕で着けるテーブルへ澪は一人で着席する。

「今お持ちしますね」

「はい。お願いします」

 間もなくかれんとひよりが今夜の食事を配膳する。誰もいない、だだっ広いテーブルに自分の分の皿だけ。ふと見渡せば白い平面がどこまでも続く。見慣れたいつもの景色ではある。が。

「あの、かれんさん。お二人の食事は?」

「澪様の配膳が終わりましたら、奥でひよりといただきますが」

「あの、一緒に食べませんか?」

「そんな! 仕える者が白鷺家のお嬢様と一緒になど」

「いいじゃない。それに…なんだか…今日は一人で食べるのは寂しいなって思って」

 ふと澪の様子に何かを感じたかれん。

「分かりました。それでは失礼して、私たちもご一緒させていだたきます」

「わーい! 澪ちゃんといっしょにごはんだー!」

「こら! ひより!」

「あ、菫さんにも声を掛けてもらえますか? 一緒に、って」

「はい。承知しました」

 かれんは菫を呼びに奥へ下がった。ひよりといえば、食べる気満々ですでに澪の隣に座ってニコニコと楽しそうだ。

「ねぇ、ひよりちゃん。みんなと一緒だと楽しいね」

「そうだね!」

 元気に応えるひより。間もなく「あたなも手伝いなさい!」と叱られることになるのだが。


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